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ドリフェスでTrickstarと対戦したユニットは、生徒会副会長率いる紅月だった。
紅月は名実ともに学院の実力者で、前評判ではぽっと出の新生ユニットが敵うはずもないと思われていた。伝統芸能を重んじる和風のユニットで、安定したパフォーマンスが売りである。リーダーを務める蓮巳敬人はその艶やかな舞いと歌で観客を魅了する。ユニットの二番手を務める鬼龍紅郎はその体格を生かして力強いパフォーマンスで人を惹きつけ、そして二年生ながらユニットに所属している神崎颯馬は、そのしなやかな剣舞で観客を沸かせる。そんな隙のない紅月を打倒するべく、零は一つの作戦を立てた。
生徒会が作り上げたシステムを利用するのだ。
ドリフェスの参加ユニットの中にUNDEADと葵兄弟のユニット2winkを紛れ込ませる。そして、多少手荒でも紅月の前にUNDEADが演目を始める。予想外のことが起こるとその対応に追われ、人は思考力を奪われる。敬人と長い付き合い出会った零はそこを見越して不意打ちともいえる作戦を立てた。そして紅月に対バン形式でのライブ対決を申し込む。観客はUNDEADのパフォーマンスに湧き、収拾がつかなくなっている状態だ。ことを収めるために紅月もその対決を受けざるを得ない。だがこれこそが零の罠である。
生徒会が主催するドリフェス、S1は全体の得票数で争われる。通常は1つのユニットが全体の観客から点数をつけれられる。だが対バン形式で同時に2つのユニットが舞台に上がるということは、全体の客を2つのユニットで取り合うことになる。単独でライブを行ったユニットは、当然対バン形式で演目を行ったユニットより得票数が多くなる。
零が立てた、UNDEADを囮とした作戦。2winkの前口上。そしてTrickstarのパフォーマンス。すべてがうまくかみ合ったことで、ドリフェスはTrickstarの勝利となった。会場の観衆だけでなく、一部の一般生徒からも支持されたことで学院の風紀は変わろうとしている。
であるのだが。
めでたく革命の一歩が成った日の夜。晃牙は家に戻り、愛犬レオンの夜の散歩をしていた。季節は春だがまだ夜風は冷たい。だが今はライブで火照った体を冷ますためにはちょうど良かった。
自分の先を行くレオンの背中を見ながら、今日のライブを振り返る晃牙。歌も、踊りも手を抜いたつもりはない。観客も紅月と同等か、それ以上に湧いていたように思う。観客席にいる彼女もまた。惹きつけることができたように思った。だがやはりTrickstarが出てくると彼女の表情はそちらに惹きつけられてしまった。自分が楽曲を担当したアイドル。もちろんそちらに目が向くのは当たり前。わかっているけれど、それがなぜか悔しいものに思えたのだ。
求めていたライブができたはずなのに、どこか足りなさを感じるのだ。
「ッおい、待てレオン!」
少し呆けていた晃牙は急にレオンが走り出したことで前につんのめるように走り出す。レオンは公園のブランコ近くまで来ると、立ち止まり晃牙を見上げた。近頃近くにいることが多くなって匂いでも移ったのだろうか。それも考え物だとがしがしと頭をかくと、ブランコに座ってわき目も降らずに音符を振る彼女に声をかけた。
「…帰ったんじゃなかったのかよ」
「…あ、こんばんは」
「ンなとこで作曲してんじゃねーよ」
「なんか…筆が乗っちゃって…」
彼女、なまえは手を止めて声をかけてきた晃牙を見て苦笑した。ライブが終わって、Trickstarと喜び合っていた彼女を見たきり、おそらくもうすでに帰っているだろうと思った彼女は、そのあと家に帰りもせずここで作曲していたと。
「いやあアイディアがあふれて止まんなくてさ!」
「寒ィだろ、風邪ひくぞ…別に心配していってるわけじゃね〜けどよ」
「はいはい。
あ、この子が噂のレオンくんだね」
なまえは話題をそらすように足元でなまえのにおいをかいでいたレオンに目をやる。触ってもいい?と晃牙に聞くとレオンに聞けという。賢いコーギーであるレオンはなまえの手のにおいを嗅ぐと手にすり寄るように頭を寄せた。見た目より少し硬めの毛をわしわしと撫でてやるとレオンも気持ちよさそうに目を細めた。
「Trickstarの連中はどうしたんだよ」
「最初送ってくれるって言ってたんだけど、みんなへとへとだったしさ」
お父さんが迎えに来てくれるって嘘ついちゃって、ふらふらっとここで作曲してた。
そう言うなまえに呆れた様子で晃牙はため息をついた。普段から落ち着きがなくて女らしさがないとはいえ、夜道を一人というのは危険だ。
「…家どこだよ」
「え、送ってくれるの?べつに大丈夫…」
「レオンの散歩のついでだよ!おとなしくついてこい」
「…ありがと」
先にと歩いて行ってしまう晃牙にそっちじゃないんだけど、と言って笑うなまえ。てめーがちんたらしてるからだろ!と声を荒げて怒る晃牙。なまえはブランコから立ち上がるとこっちだと晃牙の手を引いた。その手は少し冷たくなっていてどれだけここにいたのだろうと晃牙は思った。なまえの視線は足元を嗅いでいるレオンに向いていて、晃牙の思案する表情を見ていない。
「なんかあったか?」
「…べつに、なんにも!
これからいろいろ変わりそうで楽しみだなって思って!」
そう言うなまえの表情は、まだ何か思っていることがある様子だった。晃牙はそれに気付いていたが、あえて言葉を返さずにそうだな、と返してレオンのリードを引いた。なまえは先に歩き出した晃牙の背中を見て、唇をかんだ。
「(…ごめん、うそついた)」
なまえは、ドリフェスの後スバルたちと帰路についていた。その時にこの公園に立ち寄っていた。その時、ある男と会っていた。月夜に、絹のような金髪が映える、儚い天使のような男と。
天祥院英智、学院の頂点に立つトップアイドルであり、生徒会長。Trickstarの倒すべき相手であった。英智の顔を知っていた北斗となまえは表情を硬くした。彼はいずれ自分たちの前に立ちふさがるだろう。だが、それを思わせない子供のような無邪気な笑みに、なぜか気圧されてしまう。
「君が作ってたんだね、Trickstarの曲」
その青色の瞳に射抜かれたなまえは、表情をこわばらせた。出会ったことはない、だが彼のことを恨んだこともあった。そんな相手が、目の前にいる。
「僕らの曲も作ってほしいな、また」
挑発ともとれるその言葉に、なまえは息をのんだ。また、と言うのか。過去の出来事が脳裏を過り、なまえは息を荒くする。いやだ、ぜったいに、曲なんて、あんなきょく、もう。
「わ、たしは…」
ぎゅっと目を閉じると、瞼の裏に今日のライブが焼き付いていた。大丈夫だ、あの時とはちがうのだ。そう自分に言い聞かせて、なまえは目を開けて目の前の英智を見据えた。
「作りたい曲を、歌ってほしい人のためにつくります」
それだけ。そうはっきりと言ったなまえに英智は微笑み返すとそれじゃあね、と背を向けて立ち去った。
勝利の余韻すらない。まだ倒すべき相手がいる。だが彼の笑みが、彼の存在そのものが、自分たちにとって最大の脅威であると改めて自覚させられてしまった。
わたし、嫌な予感がするんだ。
そう言葉にすることもなく、胸のざわめきを消し飛ばすように、なまえは晃牙の背中を追った。