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絶対王者である生徒会勢力が負けた。
音楽科にも昨日のドリフェスは中継されていて、その余波はアイドル科よりも大きかったかもしれない。音楽科は演奏と作曲の二つのコースに分かれているが、特に作曲コースは生徒会への依存度が高い。生徒会のユニットの曲を作ることができれば自分の評価も上がる。作る曲がどんぐりの背比べ状態だったのだ。
そんな音楽科の揺るぎない絶対王政に、ひびが入った。
アイドル科の権力構造が変われば今までの曲は評価されなくなってしまう。学院生活を平穏に過ごすためにはどうすればいいのか。そんな話題で持ちきりだった。特に音楽科の異端児であったなまえを見る視線は様々だった。生徒会の統治の甘い汁を啜るものからは冷ややかな目で。今の評価されない音楽科の状態を好まないものもいたが、どう声をかけていいのかわからない様子で戸惑いの視線を向けられていた。
なまえは授業を終え、生暖かい視線から逃げるように空の練習室に入って一息ついた。嫌な予感が現実になる前に、曲を仕上げたいのだ。大まかなメロディラインはTrickstarのライブを見たときには完成していた。あとは肉付けして、歌詞をつけて完成。
リュックからパソコンを取り出して電源をつけようとすると練習室の扉が開いた。そこにはやけに眉間にしわを寄せて、イラついた表情をした男が立っていた。音楽科の生徒らしく、楽譜を片手に持っていた。見知らぬ男に声をかけようとしたなまえだったが間髪入れずに強い口調でその男は言葉をぶつけてきた。
「お前が作ったって?
あのTrickstar?とかいうやつらの」
「そう、だけど」
「本気で作曲家になるつもりか」
その男は呟くと気に入らない様子で練習室の壁を殴った。全く身に覚えのない怒りをぶつけられていて、なまえは戸惑った。自分が何かしたのだろうか。夢ノ咲に入ってから、作曲コースの人間からは遠巻きに見られていたし、演奏コースの、それもピアノ専攻の人間はなぜか近寄ってこない。身に覚えがなかったなまえは疑問を口にしようとする。
「あの、あなた…」
「お前だって、そのユニットだって潰されるぞ」
「な、ちょっと!」
「お前が勝手に動き回って迷惑してるんだよ!」
その男は強い言葉でなまえを非難すると荒々しくドアを閉めて練習室を出て行った。
なまえはその男を追わずに、じっとぶつけられた言葉を受けて手を握りしめた。現状を変えたかったのは、評価されない世界を変えたかったのは、全部自分の独りよがりだったのだろうか。
大きく頭を横に振って嫌な気持ちを振り払う。頬を左右から叩いて息を吸い込んだ。今は求めてくれる人のために、作りたい曲を作ろう。そう思ってピアノに向かい合うとポケットに入れていたスマホが震えた。
「…あんず?」
昨日のドリフェスの疲れを取るためにTrickstarは休養日のはずだ。スマホを握りしめる手が汗ばむ。なまえにはその着信音が悲鳴のように聞こえた。ぎゅっと、スマホを握りしめて通話を始める。嫌な予感が、現実になっていないことを祈りながら。だがあんずが発した言葉はその祈りをあっけなく散らしてしまった。
「なまえ、どうしよう
Trickstarが、解散させられる」
いつも使っている道は大回りな上に時間がかかる。なまえは練習室に荷物を放り出してアイドル科への侵入経路を進んだ。最短で進入できる経路はいわゆる獣道で、壁を超えて、生垣を掻き分けて進んだ。
あんず曰く、放課後に生徒会室に来いという敬人からの連絡があったそうだ。彼女1人で敵の只中に出向かせる訳にもいかず、Trickstar全員で向かった。生徒会室には昨日戦った敬人の他に会計の姫宮桃李、彼のお付きの伏見弓弦、そして生徒会長である天祥院英智がいた。
英智は早速Trickstarを解散させ、彼らの功績に見合った報酬を払うとともに既存ユニットへの配属変えをする、と言ったのだ。
スバルと北斗は英智がリーダーを務めるfineに。真緒は敬人の紅月に。そして真は彼の昔のモデル仲間だった瀬名泉が所属するknightsに。最初は断固として断る、と言っていた彼らだけれど、回答を待ってもらうよう掛け合った。それに対する英智の返答は”これから出演するB1のドリフェスを見てから決めろ”、だった。
なまえがドリフェスの会場にたどり着いた頃には、対戦相手の演目は終了していた。荒い息を整えてステージを見ると、そこには真昼間に似つかわしくない漆黒の衣装を着た晃牙たちが立っていた。
「(大神と、アドニスくんだけ…?)」
観客の様子を見ると満足いくパフォーマンスが出来なかったのだろう。不完全燃焼といった様子で、晃牙は眉間にしわを寄せて観客を見た。観衆より少し離れたところにいたなまえは目立ったのだろう、すぐに気付くとバツが悪い様子で視線を外してステージから去って行った。
「…大神」
あの時と同じだ。
そうなまえは心の中で呟いた。過去、fineが、生徒会が行ってきた粛清と同じだ。他のユニットを圧倒的な力で倒し頂点に立つ。歯向かうものにも容赦はしない。晃牙は、UNDEADは見せしめにされた。Trickstarに、プロデューサーに、一般生徒に。生徒会は絶対王者であると、その実力を見せつけるのだ。それが今までの生徒会の、統治の方法だった。
「かっこ悪いよね、負けちゃって」
なまえは聞こえた声に振り返る。金髪の彼は本来大神とともにステージに立っているべき人だった。UNDEADの二枚看板、薫は髪をかきあげて気だるげに笑った。
「ワンちゃんが勝手に勝負受けちゃった見たいなんだ
朔間さんも本調子じゃないし、俺もパスしちゃった。」
そう悪びれる薫になまえはそうなんですか、と短く返した。二枚看板が欠けたUNDEADには、もともと勝機はなかったのかもしれない。恐らく昨日のTrickstarのライブに火をつけられた晃牙が生徒会からの挑戦を受けてしまったのだろう。安易に想像できたなまえはため息をついた。
「君たちが戦おうとしている敵って結構大っきくて、厄介だよ」
大丈夫?
そう薫は目で訴えてくる。なまえはその鈍い金の目を見つめ返すとニッっと笑った。覚悟ならとうにできている。音楽科を飛び出してここにきた時から。
「絶対、負けないです」
生徒会がなにをしてきても、絶対に負けない、諦めない。そう言って笑った。勝気な表情のなまえに薫は困ったように眉を下げて笑った。どうやらTrickstarのライブだけでなく、負け試合になった今回のライブも、なまえに火をつけてしまったようだった。
「あいつも絶対そうですよ」
なまえはそう言ってもう誰もいなくなったステージに目をやった。絶対に這い上がってくる。あいつだって諦めない。なまえはそうでしょう、と薫に向けて笑いかけた。薫はそうかもね、と言って笑いかえす。
「(あーあ、アイドル科に花が咲いたと思ったのになあ)」
男しかいないアイドル科にやってきた女子。少し目をつけていたというのに、と薫はため息をつく。全く恋愛沙汰に関心がない上、手を出そうとするとユニットの後輩が睨みつけてくる。それになまえの方も彼を信頼しているようだし。
「(なんだか手を出すのも野暮って感じだよね)」
薫は肩を竦めてため息をついた。なまえはそんな様子の彼に首を傾げながらステージに上がってきたfineのメンバーを見た。彼らは最大の敵で、以前のfineを操っていた英智が所属している。解散しろ、と言ってきたのもTrickstarに揺さぶりをかけるためなんだろう。
「でも、みんなのことは、心配です」
自分たちの将来をかけて、ここで戦っていた。英智の条件を呑むかどうか、これからの自分の未来を含めて考えなくてはいけない。いくら仲間だからと言って、彼ら自身の将来に口を出すわけにはいかないのだ。
なまえは隣に立っていた羽風に礼をして、ステージに背中を向けた。やらなくてはいけないことがまだあるのだ。自分の思いを伝えるために、なまえは走り出した。