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「ますます警備厳しくなってる気がするんですけど」
「それは仕方ねえな」
「ここまで入ってくるのも一苦労ですよ‼」
学院を自由に行き来できるわけではないなまえ。生徒会に見つかれば侵入者として処分を受けてしまう。よくて反省文、悪くて停学。なまえは命からがら生徒の出入りが少ない武道場に駆け込んだ。
なまえは橙色のリュックを下ろして武道場の床に座り込んだ。労いの言葉をかける紅郎も武道場で繕い物をしていて、布が床に広がっていた。赤色のチェックの布地はなまえも見たことのある生地で、今はそれを小さめのジャケットに仕立てていた。視線を辿るとあんずが同じ生地を使ってパンツを縫っているところだった。
「ごめんね、あんずに任せることになっちゃって」
おずおずとなまえが謝罪の言葉を伝えると、あんずは大丈夫と返して微笑み返した。
解散を言い渡された時に、スバル以外の3人は各々悩んだ様子を見せていた。皆悩んでいるのだ。考えたくはなかったがメンバーが抜けてしまう可能性もあった。DDDはユニット単位での出場が必須条件。最悪の場合一人のメンバーでは出場できない。
「一人でなければ、DDDに出られるぞい」
「…だったら、私が」
どうしたら、Trickstarにとって最善なのか。零に相談していたあんずはその提案にすぐ答えた。マスクでもして、一緒に舞台に立てばTrickstarとしてまた舞台に立つチャンスが生まれる。きっとあの場で英智の提案を蹴ったスバルは、一人でもTrickstarに残るだろう。あんずはそう信じていた。零や紅郎のアドバイスを受けて、すぐにアイドル衣装の縫製を始めたのだ。
「…」
その時、なまえは零の言葉を受けて何か言いたげにしていたが、口を噤んで俯いてしまった。その手は白くなるほどぎゅっと握られていた。いつもなら、真っ先に自分もやると言いそうなのに。あんずはなまえの曇った表情を見てそっときつく握り込まれた手に自分の手を添えた。
「一緒に、今できることをしよう」
あんずはそう言って笑った。なまえは顔を上げると不安そうな表情を少し崩して笑った。
翌日からあんずはTrickstarの衣装を縫ってもらっていた紅郎の武道場に入り、なまえはあんずと考えた歌詞を振った曲を持ってアイドル科を走り回った。
「それで、曲は渡せたのか?」
「ウッキーはすぐ見つかったんですけど、北斗と真緒がまだ…」
あんずの話曰く、二人はスバルに何処と無くよそよそしい。特に北斗の様子は思いつめているようで、スバルたちを避けているようだった。英智の提案を受け入れるか二人は悩んでいる様子だったと。もしかするとfineや紅月に加入してしまうのかもしれない。そうなれば生徒会の傘下に入った彼らに音源を渡すことは難しいだろう。
「衣更には俺が渡せねえこともないがな」
「有難いですけど、それじゃ意味がなくなっちゃうような気がして」
なまえは気遣う紅郎に向けて申し訳なさそうに笑った。仲間だと言ってくれた彼らに、本当の意味で届けるには自分たちの手で届けるしかないのだ。DDD開催が決まった今、なるべく急いで渡さなければ。
「やっぱり渡しに行かなきゃ、」
「まあちょっと落ち着けや」
「あれ、姉御もきてたんっすね」
道場の扉が外側から開かれ、盆にお茶を乗せた少年が現れた。
「鉄虎…」
「姉御のお茶もいるっすね、待っててくださいっス!」
鉄もそう言っていることだしよ、と紅郎はなまえを再び座らせた。空手部の後輩である南雲鉄虎は、床に盆を置くと再び道場を出て行った。鉄虎を見送るとなまえは再び床に腰掛けて項垂れた。ままならないことが多くて嫌になる。湯呑みを持ってすぐ戻ってきた鉄虎はいつもより元気のないなまえに声をかけた。
「姉御も大変そうっスね」
「一番大変なのは明星たちなんだけどね」
「Trickstarのライブはオレも感動したっス!
なんとか解散せずに済めばいいんッスけど…」
鉄虎の気遣いになまえはぎこちなく笑うとありがとう、と言葉を返した。
鉄虎が入れてくれたお茶は彼らしくとても熱く、口につけようと息を吹きかけた。ずずっとすすると熱いお茶が喉を通る。熱い息を吐くと少し落ちついた。
「北斗と真緒のことは、もうちょっと粘ってみます」
「ああ、とりあえず渡せるやつから済ませちまいな」
「そうですね、鉄もありがと」
「ッス!」
少し晴れやかな顔をしたなまえに鉄虎たちも安心したように笑った。とりあえずスバルに音源を渡して、会えるまで二年生の教室に張り付くなり、校門の前で待ち伏せするなりしよう。根性だけが売りの作曲家なのだから。「じゃあ行ってきます!」と立ち上がり、ドアに向かったなまえだったが自分がドアを開ける前に勢いよくドアが開いて大きくのけぞった。
「南雲はいるか!!!」
「ギャア!」
「…守沢、もっと静かに入れ」
思わず尻餅をついたなまえは突然現れた茶髪の男と紅郎を交互に見る。どうやら紅郎の知り合いのようで安心したように息をつく。守沢と呼ばれた男は自分の足元に座り込んでいるなまえに気付くとすまない!と大きな声を出して手をさしのべた。
「これから明星のところに行こうと思ってな!」
「ほんと見つかってから連れまわされて大変だったよ」
「あっ翠くんも居るんスね」
鉄虎は連れまわされているユニットの仲間を見るとわかった、と外に出る支度を始めた。なまえは少し驚きながら彼から出たよく知る名前を繰り返した。
「明星と、知り合いなんですか?」
「うん?ああ、明星は俺の部の後輩だ!
名乗っていなかったな、俺は燃えるハートの守沢千秋!」
「わあ!流星レッド…本物だあ…」
名乗る前に流星レッドと言ったなまえに後ろに控えていた後輩二人も驚いた顔をしていた。握手して下さい、となまえは千秋に手をさしのべた。千秋も少し驚いた顔をしたが嬉しそうに手を握り返すとぶんぶんと大きく繋いだ手を振った。
「ああ、姉御昔から流星隊のファンだったんスよ」
「公園でライブ見てからすっごく好きで!」
まあそうは言っても千秋よりもかなり前の代の流星隊のライブであろうことはわかっていた。それでも千秋はにこにことファンだという言葉に喜んだ。
「それで、隊長どこ行くんスか?」
「そうだった!
聞くところによると明星たちがピンチだそうじゃないか!」
何か力になってやりたくてな、と千秋は続けた。その言葉になまえも、あんずも表情を明るくした。紅月に、生徒会に勝ったことで何か変わり始めている。
「じゃあ転校生の嬢ちゃんも連れてってやってくれ。
ちょうど仮縫いも終わったところだ」
紅郎の言葉に振り返ると道場の床に赤いチェックのジャケットとパンツが広げられる。普段見ていた衣装よりも小さく縫製されている。あんず用の衣装が完成したのだ。ちょっと着替えてくる、とあんずは衣装を持って奥に引っ込んで行く。
「あの衣装、君たちはまだTrickstarとして戦うつもりか?」
「…はい。まだ、諦めていないメンバーがいるんで」
「だが一人で勝ち抜いていけるほど夢ノ咲のアイドルは甘くないぞ」
「それは、わかってます」
それでもあの四人の居場所を、自分を仲間と言ってくれたTrickstarを諦めることはできなかったのだ。苦しげにつぶやくなまえを見つめて千秋はそうか、と一言返して少し思案した。
「君たちの覚悟はわかる
だからこそ明星の意思もきちんと確認しないとな」
「はい」
「そこは俺に任せてほしい
君たち二人には明星も見栄を張ってしまうかもしれん」
そう茶化す千秋にそうですね、となまえは返す。お待たせしました、と武道場の外からあんずの声がした。仮縫いではあるがきちんとスバルたちと揃いの衣装だ。首の皮一枚でも繋ぐための、あんずたちの策。
「では行こう!」
なまえたちは武道場に残った紅郎に会釈をして、Trickstarが借りている練習室を目指して歩き出す。ここからまたもう一度立ち上がるために。