04
昼だというのに軽音部の遮光カーテンはきっちり締められていて陽光対策に余念がない。なまえは晃牙が乱暴に開けた扉をそっと閉めて自分を呼んだという零の様子を伺った。零は自分の寝床である棺桶の上に座っており、気怠そうになまえを見た。まだ日が高いところにあり、零の体調もよろしくないのかもしれない。
「おはようございます〜」
「うむ、おはよう」
「なんか呼ばれてきたんですけど、何かありました?」
「嬢ちゃんにも協力してもらおうかと思っての」
頭に疑問符を浮かばせているなまえに零は龍王戦でなまえが出会った少女の話をした。そういえばB1に女の子がいるの珍しいなと思ってました、となまえは思い返す。そしてその少女のそばにいた三人の男子、彼らにも見覚えがあった。彼らにも何か思うところがあったがなまえは続く零の言葉に耳を傾けた。零が言うには彼女はプロデュース科と言う新設クラスの最初の一人らしく、現状を打開する切り札になるかもしれないとのこと。なまえは私も会いたいです、とすぐ返すと持っていたカバンを床に下ろした。このまま休み時間はここで過ごしてしまおう、ということらしい。
「葵くんたちに連れてきてもらうでの、立ち合っておくれ」
「はい!たのしみだなあ」
にこにこと笑うなまえに晃牙は居座る気かよ、と呟いて気に食わないように眉間にしわを寄せた。なまえはそんな様子の晃牙に少し苛立ちを覚えてなに!と強く言葉を返した。睨み合う二人に零そういえば、と間を割るように言葉を落とす。
「わんこにはお仕置きがまだだったのぉ」
「は!?」
「勝手してなまえの嬢ちゃんや転校生の嬢ちゃんにも迷惑かけたようじゃし」
「うんうん」
「うんうんじゃね〜だろ‼」
頷いたなまえをとっちめようとする晃牙だったが、いつの間にか背後に回った零に制服の襟を掴まれ逃れることもできない。「覚えてろよ〜‼」という断末魔はくぐもった声に変わり、あらぬ姿に縛り上げられていく。見事にどこから取り出したのか布団ごと簀巻きにされた晃牙はなまえを睨んで猿轡にされている布を噛んだ。まさかこうなるとは思わなかったなまえは少し晃牙に申し訳なく思ってと申し訳なさそうな顔をした。
「まだダメじゃぞぃ」
「……ゴメン」
「む〜〜!!!」
「おやおや〜?」
「何か面白いことになってる〜?」
なまえが晃牙に手を合わせて謝っていると唯一の入り口である扉が軽快に開いた。そこには例の転校生の両手を握ったひなたとゆうたの姿があった。ご苦労じゃったの、と零はは声をかける。ひなたはそれに返事をするとなにこれ〜と簀巻きにされた晃牙を突き始めた。それに怒る晃牙だったがすぐにひなたは興味を無くし、連れてきた転校生をいじり始める。ゆうたもそれに習って転校生に歌や踊りといったものをさせて行く。
「あれって」
「見定めておるんじゃよ、プロデュース科の新星になにができるのか」
「…でも、」
「ふむ、見たところずぶの素人のようじゃの」
リズム感がいいとか、歌が上手いとか、そういった秀でた才は一切見られない。ごく、普通の女の子だった。そんな女の子が、この夢ノ咲を変えてくれるのだろうか。息が上がってへたり込んでしまった転校生になまえは近付き、膝をついて視線を合わせた。
「…あなたは、」
「たのもう〜〜‼‼」
なまえの言葉を割るように再び軽音部の扉が開いた。部屋に突然強い光が入ってきたことでなまえは一瞬目がくらみ、入ってきた人物を見ることができなかった。どうやら話によると転校生を探しにきたクラスメイトであるようだった。声にも聞き覚えがあったなまえは静かに耳を傾けた。
彼らが生徒会に反意を持っていることを零は知っていて、それでもなお力不足だという。学院初のプロデューサを、自分ならうまく扱えると。零の言葉に三人の少年たちは戸惑い、そして憤った。だが零の人となりを知っているなまえには挑発にしか見えなかった。彼らをたきつけて見極めようとしている。
「俺たちの希望は、奪わせない!」
転校生や、この少年たちが、学院の希望になるかどうかを。
なまえは存外固く縛られた縄を何とか何とかほどいた。晃牙は大きく肩を回して固まった体をほぐしていた。彼を縛り上げていた零は今は一心不乱に部室で踊る三人の少年を見ていた。その希望に見合うだけの実力を示せ、といったことをきっかけに彼ら三人は歌い、踊る。どうやら三人はユニットの仲間であるようで、曲の調子から言ってあと一人ユニットメンバーがいるようだった。文句の一つでも言ってやろうとした晃牙は彼らのパフォーマンスを見て言葉をなくした。
今の学院のアイドルの中でもわずかな正統派アイドル。歌う曲は明るく、力強さを感じた。いつの間にかひなたやゆうた、晃牙までもその輝きに引き込まれていく。なまえも晃牙達と同じ表情をしていたがその歌声に聞き覚えがあり、その記憶をだどっていた。
「…この子達、金星杯の…」
「お前も見てたのかよ」
「うん、valkyrieのライブとってたから、その前に見たんだけど」
昨年の冬にあったライブ、金星杯。ユニット制度やアイドルの評価基準が生徒会によって制定され、まだ浸透していなかった頃。生徒会が作った一年生にも活躍の場がある、と誇示するために行われたライブだった。そう生徒会が大手を振って企画しているが実際の客の入りは悪かった。その会場には同じ夢ノ咲の生徒や、なまえのようにvalkyrieのライブのついでに来たわずかな客のみがいた。
それでもなまえが彼らを覚えていたのは、あの時代には珍しく、ステージを楽しむアイドルがそこにいたから。わずかでも客がいて、自分たちを見てくれるのなら、笑顔で歌い、踊る。それがアイドルだと。1年生であっても、彼らは一人前のアイドルだったのだ。
「そのあと起こったことがおっきすぎて忘れちゃってたけど、」
「…ああ、」
「あの子たちだったんだ…」
valkyrieが音響トラブルで十分なパフォーマンスができず、生徒会筆頭のfineに敗北した。夢ノ咲における天地がひっくり返った事件ですっかり彼らの輝きは覆い隠されてしまったけれど。まだここで、小さな輝きを放っていたのだ。そう思うとなまえの表情も明るくなった。
「それまでじゃ」
何度も2曲しかない持ち歌を繰り返して踊っていた三人は零に止められると崩れ落ちるように膝をついた。体力の限界だった三人は肩で息をしていた。ギリギリの状態であっても笑顔を絶やさず歌い、踊る三人は小さな輝きを放つ綺羅星だった。
「お主らの革命への覚悟の程、見定めさせてもらった
お主らの名は」
「Trickstar!キラキラ輝く星になって見せるさ!俺たちは!」
とりっく、すたー。なまえも口に出して名前を刻み込んだ。あの時四人で、名前もなかった彼らにその名が付けられたのだ。奇術師、秩序の破壊者、輝く星。目を閉じても、なまえの脳裏には三人の姿が焼き付いていた。なまえはもう一度肩で息をしている三人を見る。作りたいメロディが浮かんでくる、歌って欲しい歌がある。
「天晴天晴、文句なく合格じゃ」
「そして、彼女の心も決まったようじゃ」
小さな拍手が軽音部の中に響く。小さい手で、与えられた感動を返すように、転校生は何度も力を込めて手を叩いた。Trickstarの三人は転校生に向かって駆け出した。
「プロデュース引き受けてくれるの⁈」
「…はい!」
転校生の言葉に三人は疲れ切った表情を明るくした。まだ何も始まっていなかった叛逆の一歩、一筋の光明が見えたのだ。三人は転校生を囲んで喜びを分かち合っていた。そんな彼らを零たちは見守っていた。嬉しそうなひなたとゆうた、それになまえ。一歩下がるようにしてしたり顔をしていた零に晃牙は少し不満げに話しかける。
「最初からこれが狙いだったんじゃねーか、この吸血鬼ヤロ〜」
「さての」
食えないやつ、といったような晃牙の言葉を零は軽くあしらった。そうして、歌い終わってもまだ目の奥に残っているわずかな輝きを、潰えてしまったいつかの輝きと重ねた。自分たちの過去の輝きとは違う、また新たな光だった。その光に魅せられた零は再び三人に声をかけた。
「お主らに助力してやろう」
零は一人ずつTrickstarのメンバーの名前を呼んでいく。
一人目、黒髪の少し硬い表情をした少年、氷鷹北斗にはひなたとゆうたをつける。周りに気を使いすぎている彼には自分をステージの上でも出すことが課題だ。ひなたやゆうたはステージ上でものびのびとしたパフォーマンスをしている。いい先生になるだろう。
そして二人、金髪の青い縁の眼鏡をかけた気弱そうな少年、遊木真には晃牙がつくように零は指示をした。精神的にもまだ打たれ弱く、体力もない真。彼には優れているが独善的で他者を顧みない暴れ馬のような晃牙が適任だった。
とびぬけたパフォーマンスをしていた橙の髪の少年、明星スバル。彼のダンスや歌のセンスは文句のつけようがなかった。だが彼はユニットの中でも周りを見ず、ひとりで先行していた。零は周りに合わせることを覚えさせるため転校生をスバルにつけた。何も知らない初心者のプロデューサーをつけることで、スバルにも回りを見る力をつけさせる、というのが狙いだ。
「最後に、なまえの嬢ちゃん」
「えっ私ですか⁉」
「嬢ちゃんにも仕事を与えようぞ」
なまえは零に呼ばれ身を固くした。だがその表情は零が今まで見た中で一番輝いていて。零はそんな彼女の表情を見て笑い出した。言わずとも、彼女の中には新しいメロディがもう生まれているのだろう。
「曲について相談に乗ってやるとよい
そして皆の様子を見て、一曲作って見せよ」
実際彼女は特定のアイドルのために曲を書き下ろしたことはない。作った曲を叛旗の場で歌うかどうかはTrickstarのメンバーたちの判断に任せるが、今後ユニット専用曲を作る作曲家がいるというのはTrickstarにとっても武器になる。
「目指すのは2週間後のS1。
そこが決起の、革命の日じゃ」
零は部室のカーテンを開くと、すっかり夕暮れになった窓の外を仰ぎ見る。夕日に照らされた零は後ろに控えた綺羅星たちを見ると嬉しそうに笑った。
「どうか我輩を灰にするほどの輝きを見せておくれ
尊く愛おしい、煌めく夢を秘めた綺羅星たちよ」