09



「っ、く……ぅ、んっ……」
 ごくり、喉が鳴る。先輩の唾液を飲まされ続けているせいで、折角すっきりした頭もまたぼんやりしてきた。先輩の甘ったるい匂いにくらくらと目眩がする。まるで世界が回っているようだった。正常な判断が出来なくなってるんだろう。先輩の魔力を受け取りながら、その魔力を美味しいと感じてしまう。魔力に味なんてあるわけないのに。藤咲とキスしているときはそんなこと一切思わなかったのに。なんてぼうっとしていたとき、熱い何かが後孔に当てられた。驚いて、それが何かを確認しようと目を動かすが、時すでに遅し。
「えっ、あ、やだ、やっ、ああ――ッ!」
 指とは比べ物にならない大きさのものが、襞をかき分けて入ってくる。熱した鉄が入ってくるようで、ビクビクッと身体が痙攣した。みちみちと嫌な音を立てて、それはゆっくり中へ侵入する。尋常じゃない痛みと圧迫感で死んでしまいそうだった。それなのに先輩の性器の形がしっかりと分かってしまって、顔が熱くなる。本当に入っているのだ。先輩の性器が。俺の腹に。
「はぁっ……きっつい……」
「あ゛ッ……う、ぐっ……入っ、ちゃっ……」
「っ、ああ……入っちゃったな……はは、ショック?」
 笑いながら揶揄うようにそう囁かれるが、上手く声が出なくて答えられない。俺は眉間に皺を寄せて、ただただ中に入ってくる熱いそれに耐える。熱い。固い。こんな大きいもの、凶器でしかない。こんなものを女性はいつも当たり前のように受け入れているんだなと思うと尊敬してしまう。まあ、入れるところが違うが。なんて現実逃避するくらいには苦しくて、早く終われとひたすら願っていれば、先輩はそっと手を伸ばして汗で額に張り付いている俺の前髪を掻き分けた。
「っん、」
 その優しい手付きに思わず声が漏れる。レイプしてるんだからどうせなら無理矢理ヤればいいのに、まるで恋人を相手にしているようにされると俺だってどう反応していいか分からない。恐る恐る先輩の表情を確認すれば、丁度彼と目があった。熱い視線。ほんのり赤く染まってる頬。歪められた端正な眉。先輩もなかなかにキツいみたいで、白い肌には汗が滲んでいる。少し苦しげな表情は何だか魅惑的で、無理矢理犯されている状況にも関わらず、顔が良いって得だなあって思った。なんて考えていると、気付けば先輩は動かずにじっとこちらを見つめていて、チッと舌打ちを零す。どうしたんだろうと首を傾げていれば、先輩は突然両手で俺の腰を掴んで――グッと奥まで性器を差し込んだ。
「――ッ!」
 息を呑む。腸が潰れたんじゃないかと思うくらい深く入れられて、視界がチカチカと点滅する。そうだ、性器を入れられているんだった。完全に油断していた。
「ッ、が……っは、ぁ……うぅ……っ」
「お前さぁ……全部俺に聞こえてるって分かってんのか?」
「やっ、あ、あッ、やだ、そこぉ……っ」
「やだじゃないって。ここ、気持ちいいだろ? ほら」
「っ、ちがっ……! あっ、やだ、やっ……あぅ、ンっ」
 先輩が何を言っているのか全く理解出来なかった。聞こえてるって、何が。何でそんなに怒ってんの。怒っているというよりかは正しくは呆れたような表情だが、それを指摘する前にさっき指で弄られた部位を重点的に責められてしまって、結局何も伝えられなかった。喘ぎ声が止まらない。痛いだけなら我慢出来たのに、こんな、気持ちよくされても困る。無理矢理押し倒して、押さえつけて、俺のことなんて考えずに性欲処理に使ってくれれば、そしたら俺だって被害者ぶることが出来たのに。
 だって、正直、気持ち良いのだ。気持ち良くなってきた。未知の感覚で少し怖いし、圧迫感も凄いし、痛みもある。息苦しい。早く終わってほしい。そう思っているのも本当だった。でも、それでも先輩は何だかんだで気を使ってくれるし、気持ちいいところばかり突かれると、そりゃあこうなる。しょうがない。だが、無理矢理されている身なのに気持ちいいって認めるのも嫌で、俺はずっと横に首を振り続けていた。
「はぁっ……慧ちゃん、お前すっかり忘れてるだろ……」
「あ、っ……? んぁっ、あっ……あ、うッ」
「お前が思ってること、全部俺に聞こえてんだって」
 ――あ。
「優しくされたくない、無理矢理ヤってほしい。気持ちいいけど認めたくない。あと……俺の顔がいい、だっけ?」
「ひっ……ち、ちが……っ」
「あんまり可愛いこと言うなよ。気遣えなくなるだ、ろ……っ」
「そん、な……っ、――ッ!」
 ガツン、と最奥を突かれ、一瞬意識が飛ぶ。ついでに先走りで濡れている性器も扱かれ、喋ることもままならなかった。
 ぶっちゃけ、先輩の異能のことはすっかり忘れていた。だってあれ以来そんな素振り見せてなかった。こんなふうに色んなところを弄られているのだ。覚えている方がおかしい。だが思い返せば、色々好き勝手考えていた気がする。それを全部聞かれていたと思うと、恥ずかしくて死にそうだった。
「恥ずかしい? 恥ずかしいよなぁ、聞いてる俺も恥ずかしかったわ」
「うっ、や……っやだ、やぁ……あっ」
「だからやだじゃねーって。全部聞こえてるからな。誤魔化しても無駄」
 ぐちゅぐちゅと卑猥な音が鳴る。上手く頭が回らない。聞かれたくない。聞かれたくない。気持ちいいって思ったらだめだって思ってるのに、身体は気持ちいいって思ってしまって、でもそれは全部先輩にばれていて、それで、それで。――多分、開き直れたら楽なのだ。だって気持ちいいことをされている。こうなるのだって不思議じゃない。分かってる。でもそこまで自分を捨てられなかった。もう、聞かないでと祈るしか出来ない。
「……」
 そんな俺を見て、何を思ったのだろう。先輩は腰の動きを止めて、じっと俺を見つめていた。不思議そうな表情。ぱちりと瞬きを繰り返している。
「な、なに……っ」
 また何か聞かれていただろうか。何を考えていたっけ。おかしなこと考えていたっけ。先輩の目に見つめられると不安でたまらなくなる。何もかも見透かしたような、その目。何だか怖くなって、とりあえず俺はぎゅ、と目を閉じた。すると、先輩は「本当、最高だわ。お前」と呟いたかと思えば、再び腰を振り、奥を突き始めた。思わず、目を見開く。
「あぁっ! あ、っぐ……ッ、う゛……っ!」
「っ……はぁ……」
「んッ、ぁ……っあ、ぁん、んっ……!」
 結局先輩が何を考えていたのか全く分からなかったが、そんなことどうでもよくなるくらいには脳みそが溶けそうだった。何度も奥を突かれるとさっき以上に気持ちいい波が来て、どうしようもなくなる。性器も完全に勃ちあがっていて、それを乱暴に扱かれると、もう、本当、気を失ってしまいそうだった。――そんな時だ。
「っ……?」
 ぱた、ぱたと足音が近くで聞こえて、ハッとする。まるで一気に水を浴びせられたように一瞬で身体が冷えた。辺りを見渡せば男子生徒がスマホを弄りながら廊下を歩いていた。多分、これまでにも何人かトイレに行こうとこの廊下を通ろうとした生徒はいるのだ。だが、廊下でヤってる俺たちを見て、引き返していたのだろう。しかしこの生徒はスマホを弄っていて、未だに俺たちに気付いていない。近付いてくる足音。意味は無いと分かっているが、なるべく声を出さないように下唇をぎゅっと噛んだ。なのに先輩は全く気にせず腰を振り続ける。いい加減にしろ。
「ッ……ぁ……、ふ……っ」
「我慢すんなよ、聞かせてやろうぜ」
「や、……っん、ぅ……っ」
 聞かせられるわけがない。そんな趣味はない。そう思って意地でも声を出さないように努力していたが、先輩が声を出したせいでその生徒は顔を上げて――こっちを見た。無表情からどんどん驚愕した表情へと変わっていく。ぽすん、と手から滑り落ちたスマホが絨毯に吸い込まれていった。
「ま、待っ……た、たすけ……っ」
 もう見られてしまったものは仕方ない。そう思って、恥を忍んで助けを請うたのに、その生徒は焦ったように急いでスマホを拾い上げて、俺を無視して去っていく。聞こえなくなる足音。再びこの廊下には俺たち以外いなくなってしまった。あの野郎。助ける気がないならこっちに来るな。クソ。



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