08



「へえ、安心する?」
「っ、え……?」
 あ、あれ? 俺、声に出してたか? 声に出した覚えは無いのに何故か自分の考えていることがバレていて、思わず目を見開く。先輩の嬉しそうな表情に、嫌な予感がした。
「俺の異能、言ってなかったっけ」
「な、なに……」
「俺、相手の思考読めんだよね」
 え。そう言われて、一気に頭が真っ白になる。思考が読める。それがどういうことを示しているのか分からないほど俺は馬鹿ではない。ということは、俺がずっと考えていたことは全て筒抜けだったということだ。この男に。そう思うと途端に恥ずかしくなって、無意味だということは分かっているのに、上手く動かない両手足をばたつかせる。
「おいおい、急に暴れんなよ」
「だ、だって……!」
「しょうがねえじゃん。俺だって好きでこの異能持ってるわけじゃねえし。ま、聞かれたくねえことは考えないようにするんだな」
 無理だろうけど。そう続けて、先輩は俺の性器を扱くスピードを早める。こんな状況だ。気持ちよくなれるわけがない。それに自分の考えていることがそのまま彼に伝わっていると思うと気が気でなかった。萎えたままのそれを見た先輩は、「まあ、最初はそんなもんか」と小さく呟いて、俺の性器から手を離す。
「え……?」
 やっと開放してもらえる? そんな期待をほんの少しだけ視線に混ぜて先輩を見上げるが、そんなわけはなく。
「んむ……っ!?」
「よーく舐めろよ。俺、痛いのは好みじゃねえからな」
 先輩の長い指が、俺の口の中に突っ込まれた。痛いのは好みじゃないなんて言うけど、ということはつまり、こいつ、本当に挿れるつもりなのだろうか。どんどんその行為が現実味を帯びてきたような気がして、鳥肌が立つ。嫌だ。何でそんなことをされなきゃいけないんだ。男相手に、何で。舐めろと言われたが、俺は抵抗の意味を込めて何もせずに黙っていた。殴られるかもしれない。だが、それでも自分からこの行為に荷担することはしたくはなかったのだ。――しかし先輩は怒ることもなく、なるほどと言った風に「しょうがねえなあ」と笑う。
「う、あ……ッ!? や、やら……っ」
 そして入れっぱなしだった指を奥に突っ込んだと思ったら、それをバラバラに、そして乱暴に動かし始めた。突然の行為に目を見開く。苦しい。苦しい。黙って自分から指を舐めていれば良かったのかと思うが、後悔したってもう遅い。口を閉じることが出来ず、呂律が回らない。唾液が大量に出始めて、つたり、口から零れ落ちた。喉元まで入ってくるそれに嗚咽が止まらない。
「あ゛、う……、ぉえッ……」
「はぁ……マジで俺、お前のその顔好みなんだよなぁ……目付けられて本当可哀想」
 恍惚とした表情でそう言いながら、先輩は唾液塗れの指を抜く。そしてその指同士を擦り合わせて、ねちゃあと糸を引く様子を俺に見せた。流石にそんなものを見たくなくて、思わず顔を背ける。すると、すっ、と腹に跨っていた先輩の体重が消えた。
「ゴム持ってくれば良かったな。ま、いっか」
 そして俺の足元に移動した先輩は俺の両足首を掴み、それを持ち上げる。所謂、おしめを取り替える格好だった。これから何をされるのか想像が出来てしまって身が竦む。
「えっ、や……やだ! 先輩!」
「んー?」
「マジで! 嫌だって! それは本当勘弁してください!」
「やぁだ」
 そして、そのまま。
「あ、ッ……い……っ!」
 ぷつり、後孔に入れられる指。視界が一瞬白く染まった。息が詰まる。痛い。死ぬ。だって本来そこは入れるところじゃない。出すところだ。しかもこんな、廊下で、大した慣らしもせずに。中に入った指はぐ、ぐ、と無理に奥に侵入する。圧迫感のせいで上手く呼吸が出来ない。はくはくと金魚のように、不器用に酸素を吸い込む。自然と涙が頬を伝った。
「は……っ、ぅぐッ……うう……っ」
 指が最後まで入ったと思えば、先輩はくるりと円を描くように指を回す。痛みと違和感に耐えるためにぎゅ、と目を固く閉じた。動きを封じられた今、拳を握り締め、早く終われと願うことしか出来ない。そんな俺を見て、先輩は何を考えているのだろうか。分からないまま、先輩は掴んでいた俺の足を自分の肩に置き、空いた手を使って再び俺の性器を一定の間隔で扱き始めた。
「あ、あッ……やだ……や……っン、う……」
 性器への刺激に、何も考えられなくなる。指を入れられている後孔とは違い、痛いだけではないその行為に少し気持ちよくなってきた自分もいて、居た堪れない気持ちになった。つい口から出る甘い声も、まるで自分のものじゃないみたいで。……さっきまで全然勃たなかったのに。
「んん……っ、あ、っ……」
 先走りで扱きやすくなったのか、扱くスピードも早くなってきた。それに合わせて声も漏れる。ここがどこなのかも、誰に何をされているのかも分からなくなってきた、そんな時だった。後孔に入った指が腹側にくいっと曲げられ、とある一点に触れられた。
「や、あッ……!? えっ、んあっ……?」
 何とも言えない感覚が俺を襲う。――な、なに。カッと身体が熱くなり、突然の変化に何だか怖くなってしまって、ずっと瞑っていた目を開いて先輩を見た。ぱちり、先輩と目が合う。
「や、やだ、そこ……」
「ここ好き?」
「ちがっ……あッ……んぁ、う……っ」
 ふるふると首を横に振るが、先輩は笑うだけで止めてくれない。それどころか指を二本に増やし、その一点に集中して攻め始めた。性器を扱かれているのも相まって、イッてしまいそうになる。そんな中、先輩はぐっと俺に顔を近付けた。
「イクときは言えよ」
「え……っ、――んンっ……!?」
 顔に掛かる先輩の黒い前髪。口を塞がれたと気付くには、少し時間が掛かった。
「ん、んぅ……っう、ん……っ!」
 キスをしながらも、先輩の手は止まらない。先輩の熱い舌を受け止めながら、ぼうっと先輩の長い睫毛を眺めていた。ちゅ、くちゅ、と音が響く。口からなのか性器からなのか後孔からなのか、その音がどこから聞こえているのかも分からない。先輩の魔力が唾液を通して少しずつ身体に入ってくる感覚に身震いする。頭が回らない。快楽がじわじわと上っていく感じがして、今すぐにでも自分で思い切り性器を扱いてしまいたかった。他人の手でされるのはそりゃあ気持ちいいけど、それ以上にもどかしい。
「ン、せんぱっ……ぅん、んっ、い、いきそ……っん、」
 言われた通りキスの合間合間にそう告げて、ただひたすら与えられる刺激に素直に身を預けていた。反抗する気なんてもう無かった。足の指を丸めて、首を反らせる。あ、イキそう。イク。びりびりと得体の知れないものがせり上がってきて、じわりと期待が膨らむ。もう目の前の快楽にしか目が行かなくて、現実逃避をするみたいに固く目を瞑った。そして、
「んむっ、ん、ぁっ、ンっ、――ッ!」
 ビクンッと魚のように身体が跳ねる。勢いよく飛び出す精液。溜まっていたものを吐き出せて、靄がかかっていた視界と思考が一気にクリアになる。しかし達したにも関わらず先輩のキスは終わらず、そして――先輩の唾液が大量に俺の口内へ流し込まれた。
「んっ……!? ん、ゃ、やだっ、んんっ……!」
 先程吐いたし、精液も出したとは言え、まだ体内には大量の魔力が溜まっていた状態だった。そこに先輩の唾液を流し込まれたのだ。折角吐き出したのに再び気持ち悪さが腹で渦巻く。吐きたい。具合悪い。それなのに先輩は嫌がる俺の顎を精液まみれの手で押さえつけて、唾液を渡し続ける。目を薄く開けて彼を見れば、それはもう楽しそうな表情をしていた。



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