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「無理だって。ここの学園の奴等は基本自分の利益のためにしか動かねえんだ。見知らぬ奴を助けるなんて高尚な人間は滅多にいねえよ」
 もちろん、俺だってな。そう付け加えて、先輩はゆったりとした律動を始める。そういえば同じようなことを直都も言っていた。やはり異能を持っていると自分一人で何でも出来るような気になるのだろう。そしてそれ以上に他人を信じられなくなるのだ。俺だってそうだ。多分元々の性格もあるのだろうが、自分の異能が利用されるかもしれないと勝手に疑心暗鬼になって、なかなか他人を信じられない。他人のために動いたことなんか尚更無かった。だから多分俺だってあの少年と同じ立場になっていたら、見なかった振りをして逃げていたのだろう。なんて考えていたが、俺の弱いところをとんとんと刺激されれば、あの男子生徒に抱いていた気持ちも霧散された。自分でも単純だと思った。
「ま、そんなことどうでもいいか」
「あッ……あう……っん、んー……っ」
「あー……つーか、お前の中、やっぱり狭くて気持ちいいな。……イッていい?」
 だめって言ったらどうするんだ。そう思って先輩の顔をじっと見つめていれば、「だめって言われてもイクけど」と返された。……まあ、口にしなくても俺の思ってることを分かってくれるっていうのは、うん、便利なのかもしれない。そう自分に思い込ませていると、先輩はラストスパートをかけようと、俺の腰をがっしり掴んで――そのまま性器を勢いよく押し付けた。
「あ゛っ、あ! んっ、あ、……ッん、ん……っ!」
 先程までは俺の気持ちいいところを重点的に責めてくれていたが、今の動きは完全に自分が気持ちよくなるためだけの動きで、今までだいぶ手加減してくれていたんだなと分かる。熱いそれで容赦無く奥を突かれると、頭が真っ白になって息の仕方まで忘れてしまいそうだ。こんなに派手に揺さぶられているのだ。俺の脳みそは今頃ぐちゃぐちゃになってる。多分。あー、もう。何だか、絆されそうで嫌だ。こんなことされてるのに。
「うっ、ん、ん……っ、はぁ、あッ……!」
「あー、イきそ……っ、……お前もイッとくか……」
「うん、うん……っ、あ……あっ、そこ……っ」
 尿道口をぐりぐりと弄られてしまうと、途端に腹の底から快感が上り詰めてくる。後孔の刺激も確かに気持ちいいのだが、やはり性器への刺激の方が分かりやすくて好きだ。きっと今の俺の顔は酷いことになっているのだろう。しかしそんなことはどうでもよくなるくらい、目の前の快楽に夢中になっていた。俺はぎゅっと目を瞑って、ただひたすらうん、うん、と頷く。腰が上がる。先輩の息も荒くなってきた。腰を打ち付けるスピードが速くなっていって、お互いに限界が来てるのだろうと悟る。あとちょっと、あとちょっとでイける。期待に胸を膨らませて身体を仰け反らせた、その時だった。
「――水瀬!」
 聞き覚えのありすぎる声に、最高潮に高まっていた気持ちが一瞬で萎んでいく。見れば、そこには藤咲が呆然と立っていて、驚いた表情で俺たちを見ていた。
「な、何やってるんですか! ここ、廊下ですよ!?」
「……あ? 誰だお前」
「そいつのクラスメイトです! 貴方たち、噂になってますよ! 廊下でヤってる奴等がいるって!」
 駆け足で俺たちの方へ向かってくる藤咲は、大声で先輩にそう訴えかける。……う、噂!? それがもし本当ならば最悪だ。もう恥ずかしくて学校に来れない。そりゃあこんな目立つところで生徒同士がセックスしてたら噂にもなるだろうことは分かってはいるのだが、やはり恥ずかしい。穴があったら入りたい。しかし新入生を廊下で襲っている当の本人は「ふうん」と素知らぬ顔で腰を動かし続けていた。
「あっ、や、せ、せんぱ……っん、待っ、やぁ、あっ!」
「とりあえずイかせて。あとちょっとだから……」
 流石に俺は同室者に見られて興奮するほど変態ではないので必死に止めるが、先輩は俺のことなんて無視して続ける。優しいから勘違いしそうになるが、この先輩は気遣いはしても、俺の意見は全く聞いてくれない人だった。そんな中藤咲は慌てて先輩を俺から引き裂こうとするが、やはり一年と三年の差は大きいらしく、先輩はびくともしない。
「やっ……! ほ、ほんと、やめ……あ、んっ、んうッ……!」
「っ、あー……イく。……慧ちゃん、たっぷり飲めよ……っ!」
「……っ!? や、やめ、中はやだ、やぁ……出しちゃ、っあ、んんっ……!」
「ちょっと、止めろって! なあ!」
 艶やかな声でそう囁いた先輩は、ガツンと最奥を突く。そして先輩の性器がびくびくと波打ったと思えば、びゅくびゅくと熱いものが大量に俺の中に注がれた。出てる。俺の腹の中に、先輩のが。必死になっている藤咲の声が遠くに感じた。
「はー……全部飲めたか?」
 やけにすっきりしたような表情をした先輩はずるりと性器を抜いて、ニヤニヤしながら俺の下腹部を押す。どろり、と後孔から先輩の精液が垂れた。一気に精液を中に出されたせいで気持ち悪い。先輩の甘ったるい魔力が腹の中で泳いでいる。ぐるぐる、ぐるぐる。腹からせり上がってきて、それで。
「っ、うッ……お゛ぇえっ……!」
 また吐いてしまった。絨毯に吸い込まれていく嘔吐物。さっきから吐いてばっかりいるからか、もう胃液しか出なかった。そんな俺を見て「おお」と何故か嬉しそうな表情をした先輩は、俺の頭を一度だけ撫でて、立ち上がって下着とスラックスを上げ直す。
「水瀬? 水瀬、大丈夫か?」
「後処理はお前に頼むわ。じゃあな、慧ちゃん。また会おうぜ」
 俺の手首に巻き付いているネクタイを取りながら俺の顔を心配そうに伺う藤咲を横目に、先輩はそう残してどこかへ去っていった。気持ちが悪くて、文句の一つも言えなかった。ただ先輩の大きな背中を見つめながら、俺はもう一度吐いた。最悪な一日だった。




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