「何なんだよ、あいつ! 邪魔しやがって!」
 ガンッ! とゴミ箱が倒れ、中に入っていたゴミがぽろぽろと床へ落ちる。また始まったよ、隆一の八つ当たり。自分の思い通りに行かなかったらすぐこれだ。足癖の悪い隆一に苦笑を零しながら俺は「まあまあ、落ち着いて」と宥めるが、隆一は俺をひと睨みするだけで返事はしない。そしてそのまま王様よろしくどっかりソファーへと腰を下ろした。
 使われていない国語準備室を拠点にしている俺達は、入学式の騒動後まっすぐここへやってきた。結局見知らぬ一年生に動きを封じられたあと生徒会に捕まってしまったが、隙を突いて逃げてきたのだ。あんなに派手にやっといて俺達は何も出来なかった。隆一が荒れるのも仕方がない。
「新入生の席にいたよね。ってことはあいつ、一年?」
 俺も隆一に習って少し離れたところにある回転式の椅子に座り、そう隆一に声を掛ける。対象のみの重力の負荷を上げるというのは相当な技量が必要だ。しかも男が身動き取れなくなるほどの強度を保つのは容易に出来ることではない。俺達異端者は年数が経てば経つほど魔力の質と共に技巧も向上すると言われているが、彼は外部生だ。異能の発現は中等部から通っている俺らより遅かったはずなのに、この歳であれだけのことが出来るのは珍しかった。
「ああ、あいつ僕の前の席にいたからA組だよ。根っからの天才ってことかあ。ムカつくなあ」
 すると隆一の背後に立ってソファーに寄りかかっていた朔夜が突然話に入ってきた。腹が立ったので相手に聞こえるように舌打ちをする。混血如きが俺達の会話に入ってこないでほしい。俺は隆一に話しかけていたのに。
「は? 今舌打ちした?」
「したけど、何? 馴れ馴れしく話しかけんなよ、成り損ない」
「はあ〜!? あのさあ、あんたのその、混血に対しての態度何なの!? まだ治ってないわけ!?」
 短気な朔夜はすぐ興奮して大声を出すから嫌だ。今も俺を指差しながら前のめりになってきゃんきゃん叫んでいる。しかし図らずも隆一の耳元で叫んでいる形になっていて、流石に隆一も我慢出来なかったのか「耳元ででっけえ声出してんじゃねえよ! うっせーな!」と負けず劣らずの大声を出した。ざまあみろ。
「ご、ごめんなさあい」
「ふっ、怒られてやんの。だっせえ」
 あからさまにしょんぼり落ち込む朔夜に対し、扉の前で立っていた逞が馬鹿にするようにクスクス笑う。その瞬間、朔夜の眉がキッと持ち上がった。あーあ、これはまたいつものパターンだ。これだから混血は、と俺は深く溜め息を付く。朔夜と逞は顔を合わせる度にいつも低レベルの喧嘩をしている。一応逞は二年生で、尚且つ見た目は完全にヤンキーだと言うのに、これでは全く威厳が無い。去年は朔夜がいなかったおかげで静かだったのになあ、と俺はぼんやり二人の会話を聞いていた。
「つーか、元はといえば要が喧嘩売ってくるからじゃん!」
「要先輩だろ! 先輩を付けろ! というかお前が一番年下なんだから敬語を使えよ、チビ!」
「チビは関係無いでしょ! そもそもお前らだってあの一年に手も足も出なかったじゃん!」
 うっわ、こっちに飛び火した。ビシッと俺と逞を指差してそう叫ぶ朔夜に正直殺意しか沸かない。俺は自分の首元に掛かっているシルバーネックレスを弄りながら、また溜め息を付いた。そもそもあれは突然の部外者に油断していたからで、本気を出せばあんなことにはならなかった。多分。
「ね、ね、僕が一番総合的に良い働きしたよね? 隆一先輩」
 黙りこくる俺達を見て満足したのか、次は隆一に絡み始める朔夜。媚を売るような甘ったるい声は気持ち悪くて鳥肌が立つ。流石、切り替えが早い。
「ああ、あの脅し? お前、自分の異能コントロール出来ないくせによく口が回るよな」
 しかしその朔夜の言葉を遮って嘲笑すれば、朔夜はすぐに仮面を外し「お前に聞いてないんですけど!?」と騒ぐ。そんな中隆一は一切会話に入らず、眉間に皺を寄せながらスマホを弄っていた。
 朔夜はあの場で宣言した通り、空間移動と熱を操る異能を持っている。彼含めこのグループの奴らとは中等部からの付き合いだが、朔夜は何年経っても熱を操る異能のコントロールが全く出来なかった。まず熱を下げることは出来ないし、熱を上げるにしても上手く出来ずに爆発させてしまう。体育館の空気を熱くさせたなんて嘘だ。あれは命の危険を感じて交感神経が過剰に働いているであろう生徒たちの身体状態を利用しただけの話だった。そんなレベルの低い嘘を簡単に信じて慌てて逃げ出そうとした新入生たちは、見ていて少し面白かったけど。
「まあ、お前はまず自分の異能を使いこなせるようになれよ。生徒を足止めした俺みたいにさ。見本見せてあげようか? おチビちゃん」
 そう馬鹿にするように笑って、俺はたまたま視界に入った隆一のスマホを指差して念じる。ほわ、と指に赤い光が纏い、異能の発動を確信した数秒後、隆一は「あっち!」とスマホを投げ出した。流石俺。ちゃんと朔夜の異能をコピー出来てる。
「ほら」
「ほら、じゃねえよ! てめえらの喧嘩に俺を巻き込むな!」
 あれ。火傷しない程度に熱を上げたはずだが、不意打ちを食らったからか相当熱かったらしい。怒った隆一は立ち上がり、そのまま俺の胸倉を掴もうとする。顔が般若だ。しかし「隆一さん、これ使ってください!」と逞が濡らしたタオルを持ってきたおかげで、何とか掴まれずに済んだ。危ない危ない。殴られるところだった。すぐ手が出るからな、こいつ。
「ったく……誰が何をしたとか、もうどうでもいいんだよ。終わったことだろ。それよりも今後どうするかだ」
 興を削がれたのか隆一は深い溜息を付いて、投げ捨てられたスマホを拾いながらそう俺達に伝える。リーダーの真面目な声色に、さっきまで騒いでいた他のメンバーも背筋が伸びた。ふむ。じゃあ、俺も真面目になるか。
「今後ね……それを考えるためにも、何で生徒会に喧嘩売る必要があるのかそろそろ教えてもらわないと困るんだけど」
 ネックレスを弄りながらそう隆一に言えば、ソファーに座り直した隆一は嫌なところを突かれたと言わんばかりに表情を歪める。
 隆一とは結構長い付き合いだが、それでも彼の考えを教えてもらうことは少ない。彼は無駄にプライドが高いので自分のことを話したがらないのだ。また自分を中心に世界が回っていると思っているので、人付き合いに対しても淡白である。なのでそんな彼が、月之宮永久と言う人間にあれほど執着しているのは珍しかった。
 中等部の頃はここまででは無かったのだ。永久は保守派で俺達は過激派なので考えが合わず、こっちから喧嘩を売ることも多かったが、それでも今回のように関係無い生徒を巻き込むほど大規模ではなかった。隆一もそこまで馬鹿では無かった。それなのに、年明けからだ。年明けから何故か様子がおかしくなり、突然このような無謀なことを提案し始めたのだ。俺達は隆一に従うしか無かったので特に反論もしなかったが、彼も珍しく焦っていたのだろう。結局あのような結果になってしまった。
「そもそも生徒会に喧嘩売ることが相当危険なことなの分かってる? あのメンバー、異能の才能ある奴等ばっかりだよ。今日見たでしょ」
「……」
「そりゃあ俺達は隆一に言われたら何でもやるよ。お前が言ったら鴉も白くなるよ。でもさ、異能を持ってる以上、怪我人どころか死人だって出てもおかしくないの。せめて喧嘩を売る理由くらい教えてもらわないと割に合わないでしょ」
 しっかり目と目を合わせてそう言えば、隆一は目を伏せる。考えているらしい。それでもあまり彼に期待はしていなかった。隆一はそういうやつだと分かっているからだ。
「……知りたいなら自分たちでどうにかしろ。嫌なら脱退すればいい」
 ほら。溜め息を付いた。それでも想像通りの隆一で安心した自分もいて、俺は苦笑を残して口を噤んだ。ずるいよな。俺達が今更このグループを抜けるわけないって分かっててそんなこと言うんだから。――彼がそう言うなら、もう俺から言うことはない。
「ぼ、僕はいつまでも隆一先輩に付いていくから大丈夫だよ!」
「そ、そうですよ! 隆一先輩がやれって言うなら俺は何でもします!」
 想像通り朔夜や逞も、隆一が求めていたであろう言葉を告げる。そうだ。もうここまで来たら乗っかるしかない。それがどんなに脆い船であっても、俺達はもうとっくに覚悟を決めていた。それを聞いた隆一は何かを言いたげに表情を変えるが、ぐっと堪えて「あっそ」と素っ気なく呟く。
「それでこの後はどうするんですか? 生徒会室に乗り込みます?」
 首を傾げながら、逞はそう問いかける。まあ、生徒会室に乗り込んだところでさっきの二の舞になるだけだろう。今回のように人質を取ることも出来なくなる。隆一の異能は戦闘向きでは無いし、実質動けるのは俺達三人。しかも朔夜と逞は未だ能力のコントロールが出来ていない。どう見ても現時点では能力的にも技術的にも生徒会の方が格段に上だった。
「そんなの普通に考えて無理だろ。少しは頭使え」
「うっ……す、すみません……」
 逞に冷たく言い放った隆一はそれからひと呼吸置いて、俺達三人の顔を見る。俺、逞、朔夜。先輩が抜けて、たった四人になってしまったこのグループ。
「……俺が卒業するまでまだ一年ある。それまでに俺達が力を付ければいいわけだ」
 そう言う隆一の表情は真剣そのもので、決意を固めた顔だった。

「一年を勧誘しようと思ってる」




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