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「だから貴方たちと関わるつもりは無いんですって!」
「じゃあグループに入らなくても良いから俺個人と仲良くしようよ。きっと仲良くなれるよ、俺達」
「絶対嫌です! 先輩って純血には興味がないんじゃないんですか……!」
「ええ? うーん。まあ、混血は全員滅べとは思ってるし、ただの純血には興味がないけど……君みたいな才能のある純血は大好きだよ?」
そんな時だった。言い合いをしている男二人がトイレから出てきたのは。
俺と隆一先輩は自然と睨み合うのを止めて、彼らへと視線を移す。そこにいたのは黒髪の男と、ミルクティー色の髪の男。――藤咲と、御子神要だ。藤咲たちも俺たちに気付き、会話を止めて俺たちを見る。一気に静まり返る廊下。面倒臭いことになりそうだな。なんて他人事のように思った。
「……水瀬?」
藤咲もまさか教室で待っているはずの俺がこんなところにいるとは思っていなかったのだろう。倒れ込んでいる俺をぽかんと見下ろす藤咲。その後ろに立っている要先輩も隆一先輩を見つけて「あれ、いたの」と声をかけていた。
「えっ……ど、どうしたんだよ、こんなところで倒れ込んで……な、何かされたのか?」
そんな中、ようやく頭の処理が追いついたらしい藤咲は急いで俺のもとへ駆け寄り、しゃがんで胃液まみれな俺の口元を親指で拭う。心配そうな目。しかし俺はそれに答えず、ただ隆一先輩を見つめる。告げ口するようなことはしたくなかったし、なんて説明したらいいのかも分からなかったからだ。そして先輩も何を思っているのか同じように俺を睨みつけている。沈黙。
「……また、手を出したんですか」
異様な雰囲気に藤咲も流石に察したらしい。隆一先輩をちらりと見たあと、俺を守るように俺の前で立つ。隆一先輩はそんな藤咲を不愉快に思ったようで舌打ちを零した。完全に蚊帳の外にいる要先輩はとりあえず隆一先輩の隣に移動して、様子を伺っている。廊下の空気は心なしか張り詰めていた。
「お前に関係ねえだろ。なに? デキてんのか、お前ら」
「……何で友達を心配してるだけでそういうふうになるんですか。俺はまた水瀬を殴ったのかって聞いてるんです」
「はあ……殴ったよ。だから? こいつが言うこと聞かねえのが悪いんだろ」
開き直っている隆一先輩を見て、藤咲は思わず眉間に皺を寄せる。親の敵を目の前にしているような、威圧的な瞳。薄々勘付いてはいたけど、藤咲は結構表情に出るタイプだ。藤咲を纏う空気が一気に冷たくなる。
「いい加減にしてください。そろそろ気付いたらどうですか。こんな状態で無理矢理連れて行っても俺達が協力するわけないでしょう」
「は? 何言ってんだ。嫌でも協力させるようにすればいい話だろ。例えば――」
そう言ったと思えば、隆一先輩は突然藤咲を突き飛ばしてその奥にいる俺までずかずかと近付く。
「わっ」
えっ、なに、なに。また殴られるのだろうか。混乱して逃げることも出来ないまま、隆一先輩に勢いよく胸倉を掴まれた。グッとYシャツの襟で首が締まる。「ぐえ」と、つい間抜けな声。えっ、えっ。
「一番手っ取り早い、恐怖での支配とかな」
そして強制的に上を向けさせられ、隆一先輩の腕が振り上げられる。――また殴られる。そう思って、咄嗟にぎゅっと目を閉じた。その時だ。
「ごめん、ちょっとこれ貸して」
藤咲の声が聞こえたと思った途端、ガンッ! と大きな音が響き渡った。
「ッ……!?」
瞬間、胸倉から離される手。支えるものがなくなって、俺はぼとりと再び床に倒れこむ。何が起こったのか全く分からない。頭が真っ白な状態でとりあえず目を開けて周りを見渡せば、俺達が立っていたそこには俺の鞄があった。え? 鞄?
「てめえ……っ!」
「ふふ、いや、俺も先輩に見習って恐怖で支配してみようと思って」
藤咲は皮肉っぽく笑いながら、俺の鞄を拾い上げる。想像するに藤咲は思い切り俺の鞄を隆一先輩に向かって振り下ろしたのだろう。……だけど、あの鞄にはあれほど大きな音が出るようなものは入っていなかったと思うんだけどなあ。もしかして異能を使っているのだろうか。狙われた隆一先輩は藤咲を警戒して腰を落とすが、藤咲はそれを気にせずに飄々と鞄を持ちながら先輩に近付いていく。そしてその鞄をまた振り上げて――ダンッ! 威嚇するように壁に鞄を叩きつけた。それは隆一先輩の鼻を掠め、金髪がふわりと舞う。
「この鞄、途中で重力の負荷上げて重たくしてるんです。当たったら死んじゃいますから、ちゃんと避けてくださいね」
「……お前」
「やり返されないとでも思ってたんですか? 先輩の異能って攻撃系じゃないですよね。だから異能じゃなくて暴力で片付けようとするんだ」
「……」
「言っときますけど、俺別に泣き寝入りするタイプじゃないですから。やられたらやり返しますよ。それくらい俺だってプライドありますからね」
藤咲は鞄を持ち替えて、余裕そうに前髪を掻き分ける。その動作が更に威圧感を感じさせて、何だか隆一先輩の方が心配になった。穏やかな人が怒ると怖いって言うけど、あれ、本当なんだな。場違いながらも感心までしてしまう。
「水瀬に手を出さないって言うまで続けちゃおうかな」
そして、藤咲が隆一先輩の胸倉を掴んだ。いや、いやいや。俺のためなんだろうけど、それは流石にまずくないか。そう思って俺は立ち上がろうと腰を上げ、「藤咲」と名前を呼んだ。その時だった。
「はーい、ストップ」
藤咲の腕を掴み、隆一先輩の襟元を引っ張って二人の間に割り込む要先輩。「いってえな!」と怒鳴る隆一先輩に目もくれず、要先輩は藤咲と対面した。藤咲は腕の力を抜き、要先輩を睨みつける。しかし睨まれている要先輩は余裕そうに、「入学式のときも思ったけど、君って結構大胆だよね」と笑った。
「……邪魔しないでください」
「そういうわけにもいかないよ。隆一は一応俺たちのリーダーだからさ。守ってあげないとでしょ」
「……」
「まあ、確かに隆一は異能じゃ何にも出来ないよ。でもさ、そしたら何のために俺たちがいると思ってんの?」
そう言った要先輩はやり返すように藤咲の胸倉を掴む。藤咲は「チッ……!」と舌打ちをして抵抗しようとその腕を掴み返すが、その手は離れない。そしてそのまま先輩は藤咲の身体を軽々と持ち上げた。
「なっ……!」
ふわりと浮いているその姿はまるで宇宙飛行士のようで、それを見た俺は昼休みに藤咲に浮かせられた逞先輩を思い出す。どれだけ力があっても、普通の男子高校生を異能も使わずに宙に浮かせるなんて無理だ。先輩は間違いなく異能を使っている。
「俺たちが隆一の代わりに君たちみたいな奴等をぶっ殺すためだろ」
そして要先輩は下衆のような笑みを浮かべて藤咲に囁いたと思えば、浮かせた藤咲を思い切り床に叩きつけた。
「かはっ……!」
「ふ、藤咲っ……!」
先ほどの鞄とは比べ物にならないほど大きな音が響き渡る。藤咲は咄嗟に両腕で頭を庇って受身を取ったが代わりに背中を打ち付けてしまったようで、声にならない声を上げて痛みに耐えていた。いくら名前を呼んでも返事は戻ってこない。
普通に落としたらこんな音するわけない。きっと落とす瞬間に重力の負荷を上げたのだ。やり返された。しかも、倍に。
これだけ見ても、要先輩の異能は二種類考えられた。藤咲と同じ、重力を操る能力。そして――相手の異能をコピーする能力。
「ごめんね。後輩にこんなことしたくないんだけどさ、まあ、躾ってことで」
「ッ……くっそ……っ」
「だけど、困ったな。君みたいな出来のいい子をこんなふうに痛めつけてると、何だか興奮してきちゃう」
俺、別にサディストじゃないんだけどね? そう続けた要先輩は、倒れ込んでいる藤咲に跨る。――な、何をするつもりだ。何だか嫌な予感がして、俺は「藤咲!」と声を上げて立ち上がった。
俺に出来ることなんて何もない。俺の異能は魔力を溜められるだけで、こんなときに何の役にも立ちやしない。今までだってそうだ。先輩方にやられっぱなしで、藤咲がいなかったらきっと今俺はここにいない。自分は何も出来ない。逃げることしか出来ない。分かっている。分かっていたから、俺は今まで誰かを犠牲にしても自分を優先してきた。
隙はある。ここで逃げてしまえば俺はきっと助かるだろう。今まで通り過ごすことは難しくても、酷い目に遭うのは先延ばしに出来るはずだ。自分の能力を過信してはいけない。賢い判断をしろ。そう、もう一人の自分が必死に説得する。無謀なことをしてみろ。絶対後悔する。分かってる。でも、でも。
「今すぐそいつから手を離せ!」
でも、身を挺して俺を守ってくれた藤咲をこんな状態で置いていけるわけがなかった。
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