04
そんな時だ。ざわついていた教室が一瞬で静かになる。どうかしたのかと顔を上げれば、教員らしき男がスーツ姿で教室に入ってきたところだった。直都と俺は慌てて正面を向いて背筋を伸ばす。艶やかな黒髪に黒縁眼鏡。真面目そうな人だった。
「皆さん、入学おめでとうございます」
気持ちなんて少しも篭っていない定型文を言われ、適当に出席確認をしたあと、俺たちは学園の特色と今日のスケジュールの説明を受けた。
ここ、私立月之宮学園は知ってのとおり全寮制で男子校である。姉妹校として私立星ヶ丘学園という女子校も建てられており、どちらも異端者のみ入学が許される。中等部、高等部と進学していき、卒業後は国家公務員として働くことが義務付けられている。世界のために異能を使え、ということらしい。異能を安定して使用出来るように、通常の授業の他にも異能に関連した授業もあるとのことだ。また、私立と名乗ってはいるが、国の干渉もあるので悪目立ちしないようにと注意を受けた。
「あとは……そうですね。学園での異能の使用は禁止されていませんが、異能関連で大きなトラブルが起きた場合の処罰は重いです。学園の特色上退学というシステムはありませんので……まあ、どういう処罰なのかは僕からは直接言えませんが、気をつけてください」
そう濁すということは法に触れるようなことをするということなのだろうか。何だかきな臭いな。顔をしかめて周りの様子を伺ってみれば、皆同じようなことを考えているのだろう。一瞬で教室が重苦しい雰囲気になり、居心地が悪い。そんな雰囲気を察した教員は飄々と「問題を起こさなきゃいいんですよ」と付け加えた。
「あと、基本学園からは出られません。出た生徒は処罰が下されます。買い物などは寮の八階で全て済ませられるようになっていますのでそちらを利用してください。えーっと、あとは――ああ、もう時間ですね」
時計をちらりと確認した教員はそう言って、名簿やら注意事項が書かれた紙やらをファイルに閉じる。
「先程配ったプリントに注意事項が全て書かれていますので各自目を通しておいてください。それではもう入学式が始まるので廊下に出席番号順で並びましょう」
その教員の言葉を筆頭に俺たちは席を立つ。私語をしている生徒など一人もいなかった。不快な緊張感が離れない。まずいところに来てしまったかもしれない。そう思って自分の足元を眺めながら歩いていると、「ビビってんの?」と隣から小声でからかうような声が聞こえた。
「直都」
どうやら俺に話しかけてきたらしい。茶髪が揺れる。俺たちは出席番号が前後なため、当然廊下で並ぶときも前後になる。直都は俺の前に並び、「心配しなくてもいいよ」と励ますように俺の肩を叩いた。突然のスキンシップに少しびっくりした。
「ああやって教師は俺たちを脅すけど、相当なことがなければ罰せられないからさ。この学園も慣れちゃえば居心地良いしね」
そんなものなのか。そう首を傾げてみれば、「俺も最初はビビったけど無事三年間過ごせたし」と返される。
「それにこの学園って生徒主体で動いてるんだよね。まあ、教師たちも異端者だとは言え、こんな大勢の異端者に喧嘩売れないし、基本自由にやらせてくれるんだよ。それこそ人殺しとかしない限りはね」
「人殺し……」
「だから学園の実権を握っている生徒会にさえ喧嘩を売らなければ平和な三年間を過ごせると思うよ」
列になって体育館へと進みながらそう言われ、とりあえず頷いておく。それなら大丈夫だろう。生徒会に喧嘩売るほど俺は馬鹿ではないし、平和に過ごせたらそれだけでいいのだ。食堂での出来事は不可抗力だが、多分これから俺が生徒会に関わることはないだろう。関わるつもりも無かった。
「俺も、慧と敵対したくないしね」
ぽつりと呟いた直都の言葉は、聞こえなかった振りをした。
このクラスはA組なので最初に体育館に入るのもこのクラスである。順に体育館に入れば、豪華な演奏と舞い散る花びらに歓迎された。演奏しているのは在校生なのだろう。異能を使っているのだろうか。緊張していい場面なはずなのに演奏によって妙にリラックスしてしまう。花びらだってそうだ。現実的に花びらを舞わせ続けるのは不可能に近いのに、ここでは常に舞っている。花びらから匂う香りは先程まであった警戒心を霧散させた。異能というのは人を傷付けるためにあるものだと思っていたから、このような使い道もあるのかと感心する。
全クラスが席に付けば演奏は止み、花びらは溶けて無くなった。静まる体育館内。しばらくすると、「それでは」と耳に優しい低い声が響き渡る。興味本位で前に立つ男を見れば、司会進行を務めていたのは――先日食堂で俺を睨んでいた黒髪の男だった。
「私立月之宮学園、第25回入学式を始めます。司会進行は私、生徒会執行部副会長、三影叶吾が務めさせていただきます」
あの男は副会長だったらしい。確かに仕事は出来そうだ。短く切り揃えられた黒髪は真面目で清潔そうな印象を受ける。しかし挨拶をする声は固く、ただひたすら用意されている言葉を並べているだけのように感じた。そこには何の感情もない。まあ、自分のでもない他人の入学式なんかにわざわざ時間を割いているのだ。やる気なんて出ないだろうけど。俺は欠伸を噛み締めて、ひたすら入学式が終わるのを待った。
「――次は在校生の挨拶です。生徒会執行部会長、月之宮永久さん。お願いします」
うとうとしかけていたときだった。聞き覚えのある名前に、ぼんやりとしながら顔を上げる。壇上に上がったのは、確かに昨日食堂で会った人だった。銀色の髪がさらりと靡く。白い肌。細い身体。白いブレザーも相まって、何だか彼が眩しく感じた。つい目を細める。気付いたら儚く消えてしまいそうだった。生徒会長は壇上に置かれているスタンドマイクを調節し、こほんと咳払いをする。
「生徒会執行部の会長をしております、月之宮です」
その綺麗な声に、俺は一気に目が覚めた。生徒会長はふわりと微笑んで、続きを語る。手元に紙が無いということは、これから言うことは全て覚えているか、アドリブということなのだろう。無意識に背筋を伸ばして、彼の言葉に耳を傾けた。
「皆さん、入学おめでとうございます。……とは言え、ほとんどの方は望んでこの学園に入ったわけではないのでしょう。私もそうでした。どうして自分は皆と違うんだろうと泣いていた時期もありました。――きっとこれからも、辛く苦しい人生が待っています。この世界は異能を持っている私たちには決して甘くないからです。しかし、だからこそ今だけは……青春と呼ばれるこの時期だけは、普通の人と同じように学園生活を楽しんでもらいたいと思っています」
「そして、その皆さんの大切な三年間をもっと素晴らしいものにするために、私たち生徒会が全力でサポートします」そう続ける彼の言葉は、耳に入らなかった。
世界は俺たちに甘くない。その言葉が頭の中をぐるぐる巡る。事実を改めて突きつけられ、思わず拳をぎゅっと握り締めた。きっとこの三年間は学園が守ってくれるだろう。異端者である俺たちを見下す人もいない。楽しい三年間になるのかもしれない。でも、卒業後はそうもいかなくなる。どうなるかなんて分からない。親でさえ俺を捨てるのだ。他人が俺たち異端者をどう扱うかなんて考えたくもなかった。先程は直都が慰めてくれたおかげでこれからやっていけそうな気がしていたが、何だか自信が無くなってきた。腹の中で何かが蠢いている感じがして、気持ち悪い。そもそも俺の異能なんて――
「随分立派なご挨拶じゃねえか」
そう考えていた時だった。揶揄うような台詞と同時にぎゃあ、と大きな悲鳴が体育館中に響いた。さっきまで静かだった場が一気に騒めく。突然の出来事に驚いて後ろを振り返れば、椅子が一つ、俺の頭上を通り過ぎていった。風が俺の髪を靡かせる。驚く暇も無く、ぱちりと瞬きを繰り返した。
「な、なに」
「チッ……何であいつらがいるんだよ……」
頭が付いていかなくてとりあえず隣に座っていた直都を見れば、直都は今にでも人を殺しそうな恐ろしい目で体育館の出入り口を睨んでいた。話しかけられるような雰囲気ではない。思わず口を噤む。空気を読んだ俺は騒ぎの元凶を見ようとした。その時だ。――ドンッ! 壇上から、爆発音。
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