06
――気持ち悪い。ぐるぐると腹の中で何かが蠢いている。吐き出したらすっきりするだろうが、吐いたあとの気持ち悪さはあまり得意ではなくて、なかなか腰が上がらない。俺は一階のラウンジでソファーに座り、自分の足元を見つめながら、目の前で飛び交う会話を何となしに聞いていた。
「頭いってえ……」
「無理するからだよ。魔力枯渇してるんだろ」
よく保ったよな、と俺の隣に座っている直都は呆れ気味に藤咲に声を掛ける。それに対して藤咲は何も言わず、頭を抱えたまま向かいにあるソファーで横になっていた。
あれから俺たちは寮に戻るわけにもいかず、とりあえず校舎の一階にあるラウンジで時間を潰していた。ラウンジには二人掛けのソファーがガラステーブルを挟んで向かい合わせに二つあり、そのセットがいくつも設置されている。他の生徒たちもちらほらとラウンジにいたり、食堂、教室などに向かったりと、それぞれ好きなところにいるようだ。多分落ち着いたら放送が掛かるだろうから、それまで時間を潰していようという話である。
「というか、あいつらは何なんだよ……突然人の入学式ぶっ壊してきて……」
目を閉じながら恨めしくそう口を開く藤咲は相当具合が悪いようで、声に覇気がない。藤咲の頭痛の原因は多分異能の副作用だろう。休んでいればきっと体調も戻るはずなので、俺たちに出来ることはもうない。さっきみたいにキスをかましてやってもいいが、あれはアドレナリンが出てるあの時だったから出来たことで、あの場から去り、落ち着いた今、公衆の面前でする勇気は無かった。
「過激派グループの奴等だよ。……まだあいつらが活動しているとはね」
藤咲の質問にそう答える直都は、先程の騒動を思い出しているのか眉間に皺を寄せる。
「知ってると思うけど異端者にも派閥ってのがあるじゃん。過激派と保守派と中立派」
「ああ……ちょっと聞いたことある」
藤咲の返事を聞きながら、俺も昔誰かから聞いた派閥の話をぼんやりと思い出した。
過激派と保守派、そして中立派。その派閥で分かれている原因は、主に思想の違いだ。異能を持っている自分達は選ばれた人間であり、ただの人間より優れた人種であると考える人が多い過激派。異端者は日の目を見るべきではないという考えを持つ保守派。そして過激派・保守派に賛同出来なかった、又は両者どちらにも関わる気のない中立派。
「それがこの学園にもあってさ、あいつらは「Deus ex machina」っていう過激派グループに所属してる」
「ってことは他にもあいつらみたいなグループがあるってことか?」
「そうだね。俺だって保守派のグループに所属してるし。お前らも落ち着いたらどっかに入れてもらうといいよ。無所属ってだけで過激派に狙われる理由になるから」
そう言いながらちらりと横目で俺を見る直都に俺は「うん」と頷き返す。なるほど。狙われるのは嫌だな。だったら直都の言う通り、適当にグループに入っておいた方がいいのかもしれない。ぶっちゃけ過激派思想でも保守派思想でもないが、この際グループに入っているという事実が重要だ。そう考えていると、直都は「まあ、後々勧誘されると思うから、それは後でいいんだけど」と付け足した。
直都の話によると、「Deus ex machina」というグループは中等部の頃から活動しており、現在は四名で構成されているらしい。出入り口で動きを封じられていた金髪青目の人がリーダーの神代隆一。逃げようとしていた生徒を異能で止めたパーマがかかったミルクティー色の髪の人がサブリーダーの御子神要。壇上に上がっていたもう一人、赤髪でヤンキーみたいな人が神宮司逞。そして椅子を燃やして、更に生徒会長を脅していた黒髪ボブにピンク色のメッシュを入れていた一年が戸神朔夜。全員の名前に「神」が入っているところが特徴なんだとか。
「隆一先輩は、まあ、そうでもないんだけど、周りが厄介なんだよね。宗教じみてるというか……」
「宗教?」
「特に要先輩には気をつけて。あの人、純血至上主義だから」
純血至上主義。直都の言葉に藤咲は興味深そうに上半身を起こして、「穏やかそうな顔してたのに」と返す。確かに見た目だけを見れば、警戒するほど危ない人には見えない。じっくり見てないから分からないが、優しそうな印象は受けた。そんなことを言えば直都に文句を言われそうなので黙っておくけど。
「お前なあ……見た目で決めつけない方がいいよ。自分が一番だって思ってる奴等多いから、ここ」
思ったとおり直都は深い溜め息を付いて藤咲に説教をする。藤咲は少し体調が良くなったのか、困ったように笑いながら起き上がり、ソファーに座り直した。
「まあ、異能なんか持ってると自然と自分が神にでもなったように感じるんだろうな」
苦笑しながらそう零す藤咲の言葉に、「そうなんだろうね」と呆れたように直都が同意する。そんなものなのだろうか。よく分かんないな。俺の場合、相手がいなければ役に立たない異能だから理解が出来ないんだろう。多分藤咲みたいに普段から使える異能を持っていればまた話が別なのかもしれない。そんなことを考えながらぼーっとしていると、「それで?」と直都に声を掛けられた。
「慧たちは純血?」
今回は好奇心で聞いているわけではないのだろう。例の御子神要に目を付けられないかの確認だ。それでも素直に言っていいものか悩んでいると、一足先に藤咲が「うん」と頷いた。
「俺は純血。水瀬は?」
藤咲にそう話を振られ、俺は仕方なく頷いておく。まあ、ここで嘘を吐いても仕方ないしな。
「へえ、なら俺たちが狙われる心配は無いな。直都も純血か?」
「うん、まあ。あまり使えない異能だけどね」
「ふうん」
興味無さそうに相槌を打つ藤咲に、「聞いてきたくせに」と文句を言う直都を眺めながら、ぼんやりと考える。
異端者の中では、異能を一つしか持っていない者を純血。二つの異能を持っている者を混血と呼ぶ。特に過激派は純血が最も優れていると考えており、実際に純粋な火力は純血の方が高い。しかし混血も二つの異能を組み合わせることで純血以上の力を出すことが出来るので、要は使い方次第ということだ。純血至上主義というくらいだから御子神要も混血に対して色々思うことがあるのだろう。彼が一体何を考えているのかは正直どうでもいいが、狙われることのない純血で良かったなとは心の底から思った。
「……」
それにしても、腹の気持ち悪さが全く抜けない。腹をさすってもどうにもならなさそうでげんなりする。座っていれば治まるかと思っていたが、やはり吐き出してこないと無理そうだ。このあと多分教室に戻ってホームルームをするんだろうし、今のうちに行っておかなければいけないかもしれない。
「水瀬?」
ソファーから立ち上がってトイレへ向かおうとしたときだ。不思議そうに藤咲に声を掛けられて、「ちょっとトイレ」と答える。食堂のときも思ったが、こいつよく俺のこと見てるよな。「俺も付いていこうか?」と連れションを提案する藤咲に呆れていると、直都が「ガキじゃないんだからさ」と助け舟を出してくれた。
「トイレならそこをまっすぐ行ったところにあるから」
「うん」
直都にそう教えてもらい、俺は重たい腰を無理矢理上げてトイレへと向かった。気を抜いたら吐いてしまいそうだった。
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