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クリスマス

『今日は十二月二十四日、クリスマスイブです。皆様いかがお過ごしでしょうか』
 テレビの中のお姉さんの言葉に、今更ながら今日の日付を知る。十二月二十四日。クリスマスイブ。こんな神聖な日に、俺は何故かスウェット姿でスルメイカを貪っていた。
 外はもうとっくに日が落ちていて暗くなっている。時計を見れば午後八時。お子様は寝る時間だ。俺、今日一日何やってたっけ? と思い出してみるが、全然思い出せない。ただ、日曜日らしくぐうたらしていただけだ。きっと思い出せないほどに意味の無い時間を過ごしていた。
 別に俺はイエスキリストの親戚でもないし、彼の誕生日を祝う義理は無い。それでもクラスメイト達は今頃高校生らしく友人と楽しんでいるのかと思うと何だか複雑な気持ちになる。そういえば藤咲も直都たちと遊びに行っているらしい。一応恋人である彼方先輩も今日一日どこかへ行っていて顔すら見てない。きっと図書室かどこかで受験勉強でもしているのだろう。あの人も俺と同じくイベントごとには疎い方だ。
「はあ……部屋戻ろうかな……」
 必要最低限の物だけ置かれた殺風景な部屋。物が多い俺の部屋とは比べ物にもならないここは、一応彼方先輩の部屋だ。確かに昨日「明日は図書室に籠るから」と聞いていたけど、まさかこんな遅くまで帰ってこないとは思わないじゃん。せめて夜ご飯は一緒に食べようと思ってたのに。今日がクリスマスイブだと自覚してしまうと途端に寂しくなって、俺はクソほども面白くないバラエティ番組を見ながら、スルメイカをまた一口食べた。
 すると、がちゃり。玄関の鍵が開く音がする。反射的に顔をあげれば、続けて「ただいまー」という呑気な声も。あ、帰ってきた。
「悪い、遅くなった。飯、なんか食った?」
 顎先まで伸びた黒髪に、赤色で染められた毛先。深い赤色の瞳。最近買い直したというヘッドフォンを首にかけた彼方先輩は、ビニール袋を手に持ちながら、そう首を傾げる。悪いと言いつつも申し訳そうな顔は全くしていない。俺は先輩に会えて嬉しい気持ちを悟られないように、わざと無表情で首を横に振った。
「いえ」
「なに、律儀に待ってたの? 可愛いなあ、慧ちゃんは」
「別に可愛くはないですけど……先輩は? 何か食べてきたんじゃないですか?」
「なわけねーだろ。お前待ってるのに」
「え? 俺待ってるなんて先輩に言ってないですけど」
「聞いてないけど待ってるだろうなあと思ったんだよ」
 先輩はマフラーとコートをハンガーにかけて、そのまま俺の隣に座る。彼方先輩を纏う空気が冷たくて、外は寒かったんだろうなあとぼんやりと思っていると、先輩は俺の手からスルメイカを奪い取ってくすりと笑った。あっ、俺のスルメイカ。
「お前、今日クリスマスだぞ。何寂しいもの食ってんだよ」
「……別に良いじゃないですか。さっき気付いたんです。今日が二十四日だって」
「はは、俺も。さっき気付いて慌てて買ってきた。これ」
 そう言って先輩はスルメイカを口に入れて、手に持っていたビニール袋をテーブルの上に置いた。白い、四角い箱。その箱に書かれているお店の名前からして、きっと。
「はい、ケーキ。せめて食うものだけでもクリスマスっぽくしねえとな」
 先輩はそう言いながら目を細めて柔らかく笑う。受験勉強や就職のことで色々と大変なのに俺のことも考えてくれていた先輩に、何だか泣きそうになった。だって今日はこのまま一人寂しく一日を終えるんだとばかり思っていたから。
「でもお前あまり甘い物得意じゃなかったよな? 無難にショートケーキ買ってきたけど、要らないなら残してもいいから。俺食べるし」
「……でも先輩も甘い物得意じゃないでしょ」
「んー、そうだけど。何か行ける気がする。このクリスマスの雰囲気なら」
「ふふ、なにそれ」
 俺はくすくすと笑いながら、床に置いている先輩の手の上に自分の手を重ねる。冷たい手。
「なあに、誘ってんの」
「うん」
 だって、クリスマスっぽくするんでしょ。



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