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クレゾールに酔う



「ばっかだなあ」
 今までにないほど呆れた声色で言われて、初は言い訳をすることも出来なかった。

 何でこんなことになったんだっけなあ、と初は苦笑を浮かべる。多分、少しでいいから慧にいいところを見せたかっただけだ。
 今日の体育の授業は、異能を使って教員からボールを奪うという内容だった。この授業はサポート系の異能を持つ生徒も参加出来るよう、二人一組で行うことになっている。初と慧は同室者なのもあって二人で組んでいたのだが、慧が見ていると思うと何だか緊張してしまって――慧の黒い目は普段から感情が読み取れず、その目で見られると不安になってしまう――、重力を上手く操れずボールが顔面に直撃した。ただそれだけの話だった。

「いつもあんなミスしないのに。何か考え事?」
「あー、うん……まあ」
 お前が見てたから緊張してた、だなんて言えるわけもない。引かれるだけだ。適当に笑って誤魔化しながら、初は正面に座って手当を行う慧の手先をぼんやりと見つめていた。
 薬品の匂い。白い部屋。先程開けた窓からは生温い風が入ってきていた。カーテンが揺れる。
 保健室の独特の雰囲気は昔から苦手だった。好きな人と一緒だと、尚更。
「なんか、緊張する」
 なんて思っていた時、タイミングよく慧がぼそりと呟く。自分の気持ちが読まれたのかと思い、驚いて慧の顔を見れば、慧は少し照れくさそうに初から視線を逸らした。
「二人きり、慣れてるはずなのになあ」
「……うん?」
「いや。ちょっと、キスしたいなって思って」
 えっ。滅多に聞けない慧の本音に、初は思わず目を瞬かせる。幻聴かと思ったが、慧の反応を見る限り違うようだった。赤く腫れた初の頬に湿布を貼った慧は、逃げるように指を引く。

 頭がおかしくなっているのだ。お互い。八月の暑さに。保健室という非日常に。普段は絶対言わないこともぽろりと言ってしまうし、普段は絶対しない行動も取ってしまう。きっと明日になったら後悔する。それでも、初は逃げる慧の手首を掴んだ。正直、興奮した。これも頭がおかしくなっているせいだ。

「俺も、キスしたいと思ってた」



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