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夏の空が見ている(R18)

「セックスしよ」
 そう言ってソファーに慧を押し倒した彼方から漂うのは、バニラのような甘い香り。――勘弁してくれ。慧は額に垂れる汗を手の甲で拭いながらそう思った。

 八月の上旬。午後二時。今日の最高気温は35度。そんな中、突然クーラーが壊れてしまった彼方の部屋は地獄のようなことになっていた。
 カーテンはとっくに閉めた。窓は全開にしている。それでも部屋の中は全く涼しくならず、暑さに弱い慧はTシャツと短パン姿で死んでいた。そんな時だった。彼方が頭おかしいことを言ったのは。
「……本気で言ってるんですか……?」
 自分に馬乗りになっている彼方を見上げながら、慧は消えそうな声でそう問いかける。「俺はいつでも本気だけど」なんて飄々と返す彼方だって汗だくで、こんな死にそうな思いをしているのは慧だけではないはずなのだ。こんなところでヤったら意識を飛ばす自信がある。慧は彼方の誘いの言葉にやだ、と本気で首を振った。ヤりたくないわけじゃない。ヤりたくないわけじゃないけど、今日じゃなくてもいいんじゃないか。そう思いを込めて彼方を見つめるが、彼方はそれを聞いているのかいないのか、にこりと笑って――慧のTシャツの中に手を突っ込んだ。……いや、だから、話を聞いてくれ。

 夏は魔力の匂いが強まる時期である。何故なら魔力は汗と一緒に排出されるからだ。特に相性がいい人間の魔力の匂いは催淫効果もある。彼方はきっとそれに当てられたのだろう。慧だってこの部屋が死ぬほど暑くなければ誘いに乗っていたかもしれない。理解は出来る。出来るけども。
「あぁんっ! やっ、あ、あう、ンっ……!」
 ぶちゅ、ずちゅ、といやらしい音が響く。最初は冷たかったローションも今ではもう温くなっており、それは慧の後孔から漏れ出してソファーを汚していた。前立腺を重点的に責められてしまうと、声が止まらなくなってしまう。慧は力の入らない両手で申し訳程度に口元を押さえるが、それは最早何の意味も成していなかった。
「あっ、あっ! あんっ、んッ、そこ、そこやだぁ……っ」
「ここ、気持ちいいだろ……? きゅんきゅん締め付けてくる……ッ」
「あうっ、ん、は……ッ、あつ……ん、ぅっ」
 暑い。熱い。死ぬ。溶けてしまう。お腹が火傷しそう。ぐり、ぐり、と何度も抉るように前立腺を擦られ、慧はその度打ち上げられた魚みたいに身体を跳ねさせた。力の入らない片足がソファーから落ちる。
「ん、あぁッ、あ……や、ぁン……っ!」
 ソファーはもう色んなものでびしょ濡れだった。触れてもいないのに慧の性器はぴゅっぴゅっと精液を出しており、更にソファーを汚していく。もうやだ。泣きそう。あつくて苦しいのに、気持ちよすぎて、死んじゃいそうだった。
「せんぱ……あうっ、ん、せんぱい……イ、く……ッ」
「はぁ……っ、またイくの? 堪え性無いな」
「だれの、せ……あッ、んっ、ふ……ぅ、ん!」
「俺のせい? そっか、ごめんな?」
 彼方はにやにやと笑いながら、性器をギリギリのところまで抜く。嫌な予感がして慧は「やだ、やだ」と首を振るが、こういうとき彼方が慧のお願いなど聞くはずもなく、慧の腰をがっしりと掴んだと思うと――
「――や、ああぁッ!」
 ずちゅん! 結腸目掛けて勢いよく性器を押し付けられ、慧は一瞬意識を飛ばした。目の前にチカチカと星が散っている気がする。びりびりと痺れるような快感に、眩暈がした。まるで暴力だった。
「あー、締まる……ッ、く……!」
「ああっ、あ! だめ、だめ――あぁんッ、や、あぁっ!」
「……っ、はは、ずっとイッてる。かわいーな、ほんと……ッ」
「も、やだぁ、あぅ、んッ! せん、ぱ……ンぁ、あ……っ!」
「なあ、俺もイッていい……? そろそろ限界……」
 もう何でもいいから早く終わってくれ。乱暴に揺さぶられながら、慧はただひたすら終わりを願っていた。何度も何度も叩きつけるように性器を突っ込まれて、その度呼吸が止まる。くるしい。あつい。頭がぼーっとする。彼方の甘ったるい匂いに包まれて、慧は何も考えられないまま彼方の首に腕を回した。
「んぁ、あッ、あ……っん、やぁ……あぁンっ!」
「はぁっ、あっ……慧……ッ!」
「せんぱ――ん、むっ……! ん、んぅ……っ!」
「ん、ふ……ッ、く……っ!」
 窒息するほど深いキスをしながら抱きしめあう。余計に暑くなるのは分かっていたが、無性にくっつきたくなってしまった。慧は力を込めて、彼方をぎゅうっと抱きしめる。彼方もどうやら限界のようで息が荒くなっていた。そして、ぐちゅぐちゅと卑猥な音と、爽やかな蝉の鳴き声が混じり合う中――
「ん、む、んンっ、んんん――ッ!」
「――ッ!」
 びゅるる、と慧の中に大量の白濁液が注がれた。
「あ、あぅ……っ、あつい……っ」
 腹部に溜まっていく精液。出した後も彼方はゆるりと腰を振り、一滴も残さずに慧の中へ吐き出していた。死ぬかと思った。

「つーかさあ、暑い暑いって言いながらも何で俺の部屋に居座るわけ? 自分の部屋はクーラー効いてるんだろ?」
 後処理を終え、ぐったりと床に倒れ込んでいる慧に冷えたタオルを渡した彼方は、呆れたようにそう聞いた。相変わらず彼方の部屋は蒸し暑い。それでもこの部屋に居座ってる理由なんて、そりゃあ一つしかないだろう。

「どんなに暑くても、先輩と一緒にいたかったから」

 そう言えば、彼方はきょとんとした表情を見せる。その顔が何だか幼く見えて、慧は力無く笑った。



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