7

ただよう

「何で毎回トイレなんですか……」
 便座に座っている慧に溜め息混じりにそう吐き捨てられ、彼方は思わず苦笑した。疲れ切っている。まあ、疲れさせたのは間違いなく自分なのだけれど。
 別に誰にでも盛るわけではない。だが、何故かいつも慧を見たらムラッとしてしまうのだ。だからちょうど休み時間にばったり会った慧をトイレに連れ込んで、一戦交えてしまうのは仕方の無いことだと思う。確かに最初は抵抗していた慧だが、最終的にはおねだりまでしていたし、和姦である。和姦。
 腕時計で時間を確認すれば、丁度11時を差していた。今頃生徒達は教室で眠気と戦っているところだろう。こんな特別棟の端っこにあるトイレになんて誰も来ないはずだ。そう考えながら彼方は額に垂れる汗を腕で拭って、そのまましゃがみ込んだ。もたもた制服のYシャツのボタンを留める慧を見ていられなかったからだ。
「貸して。やってやるから」
「えっ、いや、じ、自分で出来ます……」
「いいから。見てらんねえ」
 慧の代わりに、一つ。また一つ、ボタンを留めていく。その時、ふわりと香る花の香り。薔薇の匂いに似たその香りは紛れもなく慧の魔力の匂いだ。普段嗅ぎ慣れているにも関わらず、いつまでも嗅いでいたくなるから困る。ボタンを留め終えたあと、立ち上がった彼方は慧の背後にある壁に手を当てて、思わず慧の耳の裏をすん、と嗅いだ。すると慧は思った以上にびくっと大きく身体を揺らすから、つい笑ってしまう。
「ひっ……な、何……」
「いや? いい匂いだなあって思って」
「や、やです。やめてください……汗かいたばかりだし……」
「俺、慧ちゃんの匂い好き。なんか癖になるよな」
「うう……だからって、そんなところ嗅がなくても」
 慧の訴えを無視して匂いを嗅いでいれば、慧はふるふると首を横に振りながら拗ねたような声でそう呟く。怒ったかな。そう思って心の声を聞けば、怒っているというよりは恥ずかしくてどうしようもないらしく、それならいいやと彼方は調子に乗って首筋を舐める。
「あう……っ、ん、やだ……」
「まだ時間あるし、もう一回する?」
「いやです……折角綺麗にしたのに」
「ふうん? 残念。教室戻る?」
 まあ、そう言われると思っていた。最初から慧の答えに期待していなかったので、彼方はすんなりと慧から離れ、慧の両脇に手を差し込んで立ち上がらせる。
 中途半端な時間だが、授業に出て損することは無いだろう。言い訳、どうしようかな。セックスしてました、なんて流石に言えないしな。そう思いながら慧から手を離したときだった。ぎゅ、と正面から慧に抱きしめられたのは。
「ん? どうしたんだよ」
「……セックスはしないですけど、教室には戻りたくないです」
「はあ?」
「先輩の匂い嗅ぐとお腹が空きました」
 彼方の胸に顔を埋めたまま、甘えたような声でそう言葉を続ける慧に、彼方はふっと笑う。なるほど。可愛いやつだな。慧が何を言いたいのか全て分かった上で、それでも「だから?」と促せば、慧は先程の彼方と同じように彼方の甘いバニラの香りを吸い込んで、顔を上げる。
「先輩の部屋、行きましょ」



ALICE+