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Tu me fascines.

 絶対に言わないけど、実は藤咲とのキスは結構好きだったりする。キスする直前の蕩けるような視線だったり、壊れないようにそっと頬に触れる優しい手だったり、熱い舌が俺の上顎を擽る動きだったり、挙げれば限りがない。
 でもキスをした後に顔を見合わせて、幸せを噛み締めるように緩く笑う藤咲が、俺は一番好きだった。
「……していい?」
 誘う時、藤咲はいつも緊張した表情でそう問いかける。キスなんて付き合う前にもしてたし、付き合った今でも毎日してるのに、相変わらず初めてのような雰囲気で声をかけてくる藤咲が少し面白くて、そろそろ寝ようとしていたにも関わらず俺は「うん」と答えた。このままセックスになだれ込むかな、とか期待しつつ。
「じゃあ……失礼します」
 そう可笑しなことを言いながら、藤咲はソファーに座っている俺の前に立ち、上から覆い被さるように顔を近付ける。俺の頬を挟み込むその両手が熱くて、思わずぴくりと俺は肩を揺らした。息がかかる。藤咲の肌、近くで見ても綺麗だなあ、なんて思いながら、俺はそっと目を閉じた。
「ん……っ」
 しかし、されたのは軽く触れるだけのキス。ちゅ、と可愛い音が鳴り響き、温もりはそれだけを残して去っていく。まさかそれだけでは終わらないだろうと目を開ければ、ぱちり。目が合った。
「……くち、開けて」
 掠れた声だった。藤咲が俺に対して欲情しているのが伝わってきて、どきりと胸が高鳴る。もちろん開けないわけがない。言われた通りに口を開ければ、そのまま再び口を塞がれる。
 ぬるりと侵入してくる舌。ちゅぷ、と響く水音。頭がふわふわする。強く香る柑橘系の香り。それのせいで、藤咲とキスしてるんだなあと嫌でも思い知らされる。藤咲のその熱い舌はそのまま俺の口内を探るようにぐるりと舐め回すから、俺は恥ずかしくなって強く目を閉じた。
「ん……んぅ……っふ」
 舌を絡ませ、どちらのものかも分からない唾液がつつ、と口から零れる。しかしそんなものはお構い無しに俺達は一心不乱にキスを交わした。部屋に響くのは時計の針の音と、お互いの息遣い。そしてぴちゃぴちゃと唾液が絡まる音。
 藤咲は気付けば俺をソファーの背もたれに押し付けて馬乗りになっていたし、俺も藤咲の首に腕を回してキスに夢中になっていた。最初は何故か恐る恐る触れるのに、夢中になると少し強引になる藤咲も、俺は密かに気に入っている。
「ん、は……っ」
 そうしてようやく、唇が離れる。酸欠で頭がぼんやりとしている中、藤咲はさらりと俺の前髪を掻きあげた。優しい手付き。うっとりとした表情を浮かべている藤咲に、こんな顔が見られるのは俺だけなんだろうなあと思っていれば、藤咲も同じタイミングで口を開く。
「俺さ、キスした後の水瀬の顔、好きなんだよね」
「……そうなの?」
「うん。俺しか見えてない顔。俺の、って感じがして……すごく好き」
 囁くような声だった。熱の篭った瞳で見つめられて、思わずぞくりと背筋に甘い電流が走る。好き、と声に出したときの表情があまりにも柔らかいから、俺は照れ臭くて藤咲から目を逸らした。恥ずかしい。しかし藤咲は気分が乗ってきてるのか、先程のように俺の頬を両手で挟んで、ぐいっと強引に上を向かせる。
「なんで目逸らすの」
「だってお前……恥ずかしいんだもん……」
「いいじゃん。これからもっと恥ずかしいことするだろ」
 珍しく強気だ、こいつ。藤咲はふふ、と小さく微笑みながら、再び俺にキスをする。触れるだけの、可愛いキス。
 ああ、その顔。その顔、好き。幸せなんだろうなあ、って顔。きっと俺も同じ顔をしているのだろう。だって現に幸せを感じてしまっている。
 このまま夜が明けなきゃいいのにな。そう思いながら、俺はこの先に期待して目を閉じた。



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