博識者の憂鬱
「どこ行ったんだ・・・」
この病院に入ってから少し目を離した隙に、コウジとチカがいなくなった。あれだけ怖がっていた2人が僕のそばを離れるのはおかしい。それに、2人がいなくなる前に微かだがマサオミのスマホから聞こえたものと同じ声がした。
「まさか本当に?」
幽霊の仕業だとでもいうのだろうか。帰り道のループ、電波のないスマホにかかってきた着信、なぜか立ちはだかった病院、捨てても戻ってくるプレート。流石に僕の中にある情報の中で説明がつかない。
手元に視線を落とすとプレートはまだ僕の手元にある。これを返せば全てが終わるはず・・・終わるはずなんだ。
どこから狂い始めた?
最初はただの肝試しだったはずだ。
止めればよかったんだ。
友人に幻滅されたくなくて、本音を隠したあの日。
「僕は・・・君が言うような素晴らしい人間なんかじゃない」
背後から再び少女の声が、今度ははっきりと聞こえる。
ーかえして
「あぁ、今返すよ」
あの日を振り返りながら僕は目を閉じてプレートを手放した。
博識者の憂鬱
「本当に大丈夫かなぁ……」
サークルの帰り道。マサオミがそう呟いた。「何が?」と声をかけようとして肩の落とし具合に目がいく。どうせ、肝試しの心配をしているのだろう。
「肝試し?」
「……うん」
予想通り。それにしても僕がいない間にこんなくだらない約束を取り付けてしまうなんて、勝手に僕も行く流れになっているし。
「それならいかなきゃいいじゃん」
文句をぐっと堪え、一般的な友人としての模範解答を提示するがマサオミには不正解の返しだったようで、回答を聞くなり不満そうにハァっと深い溜息を吐く。
「簡単に言うけど、行かなかったらまたビビりだって馬鹿にされるんだよ」
「……気にしなきゃいいじゃないか」
「そんな簡単に言うなよ」
マサオミは弱々しく続ける。それができたら苦労しないとでも言いたいのだろう。しかし気の弱い彼は僕にさえその不満を強くぶつけることが出来ない。よく言えば優しい、悪く言えば臆病。それが彼のイメージ。
「まぁ任せるよ」
本気で悩んでいる彼に向けての返しとしてはあまりにも乱暴であるとは分かっている。それでも脱却するかどうかなんて彼の自由だ。臆する自分を忌々しく思うのか、己のキャラクターと思うのか。どちらにせよ、僕にも世間にも関係のないことだし。そもそもマサオミが肝試しに行くか行かないかは僕が決めるような話じゃないだろうが。
冷たい返しにマサオミは何もしゃべらない。
意識して聞いていた声がなくなったせいで無意識化にあった五感がひょっこりと顔を出す。さっきまで気にならなかった街の喧噪、生ぬるい風、体のけだるさが皮膚をピリピリと刺激する。居心地が悪い。
だからと言って自分から別の話題を切り出す雰囲気でもないしこの雰囲気を吹き飛ばせるマサオミとの共通の話題だってない。輝くきれいな星でもないかと最後の望みを託して夜空を見上げても、飲み屋街の空は大量のネオンライトのせいでどんよりと赤黒く染まっていて星どころか月さえも見えなかった。
「ハカセはさ、いいよね」
羨ましそうでもあり寂しそうでもある声色で彼は言った。
「なんでも知っていて、堂々としていて、頼りになって……僕みたいに弱虫なんかじゃない」
そう続ける姿に僕は心の底でため息を吐き出した。随分とまぁ勝手に夢物語を語ってくれるものだ。
なんでも知っているのは名前のせいで勝手に付けられた「ハカセ」というあだ名に縋りつくため、闇雲にブルーライトを浴び続けた結果。堂々としているのはただ他人に興味がないから。頼りになるわけじゃない、後々誰かが心労で死んだら責められるのが面倒なだけ。
彼が思うほど、本物の僕はそんな素晴らしい人間じゃない。
「僕は」
口から出かかった本音をトラックの轟音が連れ去る。
「うわっ!うるさっ……ごめん、なんて?」
もう一度言うにはあまりにも幼稚な言葉すぎる。それにマサオミのことだ、「謙遜だ」なんてさらに煽ってくることだろう。
「いや、なんでもないよ」
本音を再び腹の底に隠して僕は彼に笑いかけた。
(暗転)
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