創作者の小部屋


探偵の了見


ー不知火探偵事務所ー
☆☆☆☆★(評価4)
アパートの一室が事務所になっている個人事務所。
所属探偵はおそらく一人。話し方や動きが若干いら立ちを覚えるがどんな依頼も遂行し守秘義務も絶対に守る。使いようによってはうまく使えるだろう。


探偵の了見


 稀代の天才探偵の事務所には様々な依頼が舞い込んでくる。しょうもない痴話喧嘩の仲裁から表には出せない真っ黒な仕事まで。ある程度刺激のある依頼もこなしてきた。

「あなたが・・・・・・あの不知火さんですか?」

 けれども、その中でもこの依頼は5本の指に入るくらい刺激的で面白そうな依頼だと直感が訴えてくる。

「へぇ知ってもらえてるのは光栄だなぁ」 

 8畳の空間、ガラス張りのテーブルをはさんで対峙する依頼人。浮気調査を頼んできそうな平凡な主婦、外身の印象はその程度。しかし彼女の纏う空気は道端で井戸端会議をするくらいしか能がない主婦たちとは違う。何かを悟っていて、諦めている。下手なヤクザの依頼よりも刺激的な空気感に心の奥底でにやりと笑う。

「不知火さん?」

 興奮に身を任せていると依頼人の不安げな声が耳を掠める。すっかり目の前の存在を忘れてしまっていた。

「あぁ、すいませんねぇ」
「は・・・はぁ」
「で、ご依頼は?」

 適当に謝って依頼内容を促す。確かメールには殺人事件を解決してほしいと書いていたはずだ。それもあってここ数日それっぽい事件を調べてはみたがこの天才探偵不知火を楽しませてくれるような難事件はなかった。

「一応こっちでもいろいろと調べてみましたが現時点で特に疑問点があるような殺人事件はありませんでした・・・・・・最近の警察は優秀ですねぇ」

 調査が優秀なのか、それとも・・・・・・雲の上に隠すのが上手いだけか。まぁそんなのを知ったところでという感じ。この世界は知りすぎたら自らが飲み込まれていってしまうのだから。

「見つかるはずないですよ」

 依頼人が吐き捨てるように呟く。これはおいらの調査能力を見くびっているということだろうか。馬鹿にしないでいただきたいと反論しようとしたその時だった。

「まだ起こってない事件なんですから」
「・・・・・・なるほどね」

 今までない依頼内容に感嘆の声を上げそうになった。

「あなたには・・・これから起こる殺人事件を解決してほしいのです」

 この依頼人がこれから事件が起こると断言できる理由は2つ。この稀代の名探偵を見くびっているか。

「止めなくていいんですか?」

 ハッと依頼人が息をのむ。初めから何となく感じていた。諦めの中に微かな存在を。ただ彼女の諦めは絶対的な強者を前にした怯えとは少しだけ違った。それは存在への恐怖ではなく親愛と絶望が入り混じった感情。

「様子を察するにその人間のことをよほど大事に思ってるみたいだしさ、じゃないとあんたみたいなごく平凡そうな人がこんな胡散臭い探偵を頼ったりしないだろうし」

 ちらりと依頼人の顔色を伺う。俯いたままで何も言わない。

「大事な人を殺人犯にしたくないでしょ?」

 駄目押しすると依頼人はようやくふっと顔を上げて目の前を見つめるとスッと息を吸い込んだ。

「殺すのは・・・あの子じゃありません」

 そう始めると依頼人は細かな依頼内容を淡々と話し始める。それは山村こずえという女の酷く幼稚な自殺計画。醜くて美しき姉妹愛。最高に面白いじゃないか。

「だから・・・・・・あいつらがこずえちゃんを殺したら、そのトリックを解明して事件を解決させてほしいんです」
「目の前で起こる殺人を見過ごせと?」

 一応正義の探偵らしいことを言ってみる。本当は一ミリも思っていないが。だって殺人が起きてくれた方が楽しいに決まってる。

「助けなくていいんですか?」
「本当はそうしたいですよ!」

 最後に挑発を加えると目の前の依頼人が大声を上げた。

「・・でももう止められないんです」

 その時のことを思い出しただけで、依頼人は酷く疲弊してしまったようだった。その様子においらは酷く興奮した。久しぶりに最高潮に楽しめそうな内容だと感じたから。

「なるほど、分かりました」
「引き受けてくれるんですか?」
「えぇ、こんな楽しそうな依頼を断るわけないじゃないですか」

 へらっと笑って見せると僅かに口元がゆがんでいく。目の前の胡散臭い男が善意なんかで動いている探偵じゃないと今頃気が付いたんだろうか。だとしても残念、もう逃がすつもりはない。聡明の皮を被った操り人形のあんたも、あんたの裏にいる狂愛の復讐鬼も。

「というかこんなやばい依頼、普通の探偵じゃ妄想って言われて追い出されるか、裏で警察と手を組まれて突き出されて終わりですよ?」
「そんな・・・」
「依頼はきちんと遂行しますよ、今から私たちの関係が依頼人と探偵ではなく、共犯者になるだけです」

 共犯者。なんと魅惑的な響きだろう。もしかしたら今までの依頼の何よりも面白い依頼かもしれない。

「よろしくお願いしますね、植草さん」

 荒れ狂う白銀に包まれた洋館で行われるだろう自己中心的で狂気に溢れた復讐劇を想像して、心の中でゆっくりと舌なめずりをした。



(暗転)


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