愛妻家と手紙
春も終わろうかという頃、普段は平穏な街の十字路を悲鳴と怒号が包み込んだ。
「は・・・はやく救急車を!」
「大丈夫ですか!?」
灰色のアスファルトに深紅が流れ鉄の匂いが気持ち悪く周りの人間を取り囲む。その中で向日葵の花だけが日の光に照らされて輝いていた。
愛妻家と手紙
「よう」
背後から聞こえた声に振り返るとそこにはジーパンにTシャツという何ともラフな格好をした男が立っていた。
「あ、どうも」
「おいおい、死神が部屋に来たんだからもっと驚けよ」
こいつが勝手に部屋へ入ってくる日常にも慣れて・・・いや、入ってきては欲しくないんだけど。天国にはプライバシーの観点がないから仕方がない。
「だってもう死んでますし、というか勝手に入ってこないでください」
僕が死んでからもう4ヶ月。それこそ死にたては突然の死神来訪や天国居住の手続きにおちおち死んでもいられない毎日だったが、業務上の手続きが終わってしまえば案外あっさりと受け入れることができてしまって。生きている内はやりたいこととか食べたいものとかいっぱいあったのに記憶に霧がかかってぼんやりとしか思い出せない。
たった一人を除いて。
ーシュンスケさん!
僕がただ一人、鮮明に覚えている彼女の名前はシュリ。僕の妻であり最愛の人。まだセミの声が聞こえる前の頃に現世から消え去った僕が残してしまった唯一の心残り。
「んで調子はどうよ」
「まぁ、別に」
死神のふわっとした質問に適当な相槌を返すと明らかに不満そうな顔をする。なんか変なことを言っただろうか。
「お前じゃねぇよ、その手紙」
死神は白い机の上に置かれた花柄の便せんを指さしてそう言った。
「・・・何書けばいいか分かんなくて」
僕はそう言いながら目を伏せる。
白を基調とした部屋にぽつりと置かれた淡い花柄の可愛らしい便せん。これは数週間前に死神が僕に渡してくれたもの。なんで渡してきたかは分からないけれど、きっと僕のことを考えて渡してくれたんだろう。だが、あいにく文才なんてものを持ち合わせていない僕には何かを書くことなんてできなくて、この便せんはただの紙切れ同然のようなものだった。
「そうか」
「わざわざそんなことを言いに来たんですか?死神も暇ですね」
「おいおい、そんなこと言うんだったら”これ”渡さないぞ?」
「は?」
死神の言葉に顔を上げると彼が明るいピンク色の紙を頭上に掲げてぺらぺらと見せびらかしているのが目に入る。
「これ、あんたの奥さんが書いた手紙なんだけど」
「シュリが!?」
僕は天界に響き渡るくらい大きな声で驚いてしまった。でも、無理はないだろう。僕が唯一鮮明に覚えている最愛の人の名前が死神の口から発されたんだから。
「なんでお前が現世の人間のものを持ってるんだよ」
それに確か天界には現世のものを持ってこれなかったはず。そのせいでペアリングも置いてこなければならなかったはずだ。まさかシュリまで・・・?
「あ、言っておくがシュリさんは死んでないぞ」
酷い顔をしていたんだろう。心中を察してか死神は僕の質問を待たずして回答を投げかけてくる。とりあえずホッと胸を撫でおろしたが結局疑問は残ったままだ。
「じゃあなんで?」
「死神は特別なんだよ」
「特別って」
「文句言うんだったら渡さねぇぞ?」
「うっ!」
愛する妻の手紙を人質に取られてぐっと押し黙る。でもここで泣き寝入りなんてできないので何も言わずに死神をじっと睨み続けた。
「そんなムキになるなよ」
すると流石に折れたのか死神はへらっと笑いながらその手紙を僕に差し出す。それを急ぎつつも丁寧に破かないように受け取ると僅かに向日葵の香りが鼻を掠めた。
「・・・向日葵か」
事故に遭った時、握りしめていた花。彼女の好きな花ではないけれど、彼女の笑顔によく似た明るい黄色の花。
「早く読めよ!」
「分かりましたよ」
死神にせかされて手紙を開く。そこには懐かしさすら感じる彼女のやさしげな字で僕への手紙が綴られていた。
「追伸・・・あなたに会いたい」
死人に涙なんて流せないのに目頭が僅かに熱くなる感覚が襲う。
「返事を書かせてくれないか?」
考えるよりも先に口が動いていた。
「は?」
「便せんならお前にもらったのがある」
「流石に現世にそれを持ってくことは・・・」
「届かなくてもいい」
シュリに届かなくてもいい。それ以上に僕はこの手紙に返事を書きたかった。そうすることでシュリとつながりが持てる気がして。離れていてもずっと、彼女に寄り添っていられる気がして。これはエゴかもしれない。それでも。
「僕はシュリを見守りたい」
淡い便せんを死神から受け取って机に向き合う。
「物好きなこって」
そう言う死神はどこか満足そうな声をしていた。
(暗転)
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