元呪術師は結婚したい
灰谷竜胆は鶴蝶のヨメをツマンネー女と認識していた。
確実にこっち側ではないぽわぽわした雰囲気で常に鶴蝶にくっついてまわり、あたかも自分が一番幸せだという空気を醸し出す。不良を怖がらない度胸はあるが、それだけ。別段面白みもないその辺によくいる女と思っていた。
この時までは。
「おいコラ。テメェ何人のダンナの肩ぶち抜いちゃってくれてんだ?あ??」
稀咲の胸ぐらを掴んで銃を片手で粉砕した女は一体誰なのだろう。
「テメェもだよおいイザナ。テメェ何人のダンナ庇って撃たれそうになって一生忘れられない男になろうとしてんだ?一生忘れられない女になるのは私だし、一生一緒にいるのも私なんだよ。テメェはさっさと運命の相手見つけて結婚して幸せになって鶴蝶くん離れしろよバブちゃん。」
大将の顔面に拳をぶち込んだこの女は一体誰なのだろう。
少し離れた場所での喧騒を聞きながら、竜胆は現実逃避した。
その女はかつて生きるか死ぬかの世界で戦っていた。
かつて、というには少し語弊があるかもしれない。詳しく言ってしまえば前世、である。
彼女は前世、人から生まれた呪いを祓う呪術師という一見すると頭のおかしい職業に就いていた。命をかけて戦う呪術師はその死亡率は半端なく、彼女の同期が言うには呪術師はイカれてないと出来ないと。
その言葉通り一癖どころか二癖以上ある呪術師の面々。そしてそれは彼女も例外ではなかった。
彼女もイカれていた…と言うより狂っていたのだ、恋に。
マトモな結婚も恋愛もほぼ不可能な世界で女はただひたすらに恋をして愛を求めた。
小学生、中学生とたくさん恋をしてきた女は高専で運命と出会った…と思われた。が、しかし彼女の恋は相手の上半身を特級呪霊にぶっ飛ばされたことによって終わりを告げた。その事実を知った時、ひたすら泣いた。後輩であり想い人だった男が物理的に半分無くなって泣かないはずがない。
そんな失意のどん底にあった彼女をすくい上げたのは、ふたつ下の後輩だった補助監督であった。
学生時代から彼女が好きだったとカミングアウトを受け、不器用なアプローチをされて落ちない傷心の女がいるだろうか。いや、いない。
面倒な同期が封印されている隙にさっさと入籍してしまおうと意気込んでいた矢先、彼女は殺された。10年前と変わらない変な前髪で
胡散臭い笑みを浮かべていた男の皮を、文字通り被ったヤツに。
そいつは胡散臭い笑みを浮かべながら女の術式が鬱陶しいからと言って無情にも頭をぶっ飛ばした。死ぬ直前、彼女はそいつへの怨みでも同期のことでも、同期の教え子の事でもなく婚約者と結婚出来ない事実が脳裏を駆け巡った。そして来世では絶対結婚すると、自分で自分の来世を呪った。
こうして出来上がったのが結婚邪魔するやつ絶対殺すマンである。
「イザナぁ、テメェが死んで私の愛する鶴蝶くんが反社になったらどうしてくれんの?結婚できねーだろ?お外でラブラブデートできねーだろ?なあ?」
「おま…、」
「口答えしてんじゃねーーーーよ。」
いやまだしてなくね?
全員の心の声が1つになった。
「あーーーーあとさァ、稀咲お前な。バカだから教えといてやるけどあのバットで殴った女の子死んでねーから。」
「……は?」
「だって鶴蝶くんが殺しはダメって言うからさァ?そりゃ助けるよね草。見下してた人間たちに計画潰されてざまァねぇなマジ草〜アッハハハハ。」
草って何。
竜胆は隣にいた兄にコソッと聞いたがさぁ、と首を傾げられただけだった。
「あ、鶴蝶くん♡さっき救急車呼んだからもうちょっと待っててね♡」
「………ハイ。」
目が笑ってないまま高笑いしていた女が突然きゅるんとして笑顔を鶴蝶に向けた。
綺麗な笑顔を向けられて彼はそれしか言えなかった。
「おいそこの…なんだっけカラシ兄弟?何突っ立って見てんだよ鶴蝶くんの応急処置しろや。」
「…それ灰谷兄弟。」
そして言いたいのは多分カリスマ兄弟である。
勇気のあるモッチーが小声で反論した。
「…前までオレらのことカッコイイとか言ってたのにな。」
「お世辞だろ。」
「モッチーにすら筋肉ついててカッコイイです〜とか言ってたもんな。」
「斑目はなんも言われて無かったけどな。」
「お世辞だな。」
「うるせーーーよ!テメェらの顔が良くても腹の足しにもなんねぇわ!つーか鶴蝶くんの前ではどんな顔面でもドブスなんだよ!!さっさと動けや見せかけ筋肉か!?テメェらのちょんまげと三つ編みぶっこ抜くぞ!!」
「すいません…。」
「やります…。」
のそのそ動き出した灰谷兄弟にその辺に放り投げたカバンの中のタオルを投げ渡して女は左手に稀咲、右手にイザナの胸ぐらをそれぞれ掴んで立ち上がった。周りはちょっと身構えた。
「テメェらさっさとパクられろや。パクられたくねーやつは消えろ、今すぐ。あーーー…そーいやバイク事故で女の子殴った時さァ、あれバイク運転してたやつの手に罪と罰って墨入ってたなぁ…半間ァ?」
「……オレこれ逃げていい?」
「逃げたらここにいる鶴蝶くん以外の全員のタマ取るぞ。掴んで引きちぎったら断末魔上げて面白いの、私やった事あるから知ってる。なんか必死にタマタマ言うから慈悲でさ、タマ2つ使って〇ッ〇ーの耳みたいに頭につけてやったら泣いて喜んでたなァ。」
男たちはどこのキチガイサイコパスだと戦慄した。その情景が頭に浮かんでどの時代の拷問だよと男たちの半数ほどがこっそり股間を抑えた。
半間の周りにいた男たちは肩や腕、腰、脚など掴めるだけ掴んで必死に力を込めた。犠牲にできるものは犠牲にして少しでも自分に被害が及ばぬよう必死だった。
もうこの場にいる男たちは天竺、東卍どちらも心も目も死んでいた。
「ヨォーシ、じゃあテメェら3人仲良くお縄につけや。よかったなぁ半間ァ、大好きな稀咲とひとつ屋根の下だぞ。あーアレって入るとこ年齢で違うのか?まァいっかぁ。イザナも安心しろよォ、鶴蝶くんは私が責任もって看病すっから。大人しく50年後くらいに出てこいよ。」
「…喧嘩だけで50年も入らねーよ。」
「はァァァァ??私と鶴蝶くんの結婚邪魔してる時点で重罪なんだよ本来100年の実刑なんだよ。それを私の慈悲でタマ取らねーでやってんだよ感謝しろやチ〇毛白髪。」
「下僕のヨメでもぶっ殺すぞ。」
鶴蝶が泣くのを灰谷兄弟は見た。気持ちは分かる。なんかもう色々ありすぎて感情が追いつかない。泣きたい。あと鶴蝶ボソッとイザナのチ〇毛見たのかって呟くな心が死ぬ。
「あーー…じゃあ今回の件解決な。東卍の勝ちで天竺解散でいーだろ。で、私と鶴蝶くんは結婚してHappyEND、完。」
「勝手に完結すんな。」
女の豹変ぶりに呆気に取られてされるがままになっていたイザナがやっと抵抗を始めた。
掴まれていた手を振り払い足を踏み込んだ。しかし、片脚が振りかぶられつま先が女の顔にめり込むより先にイザナに衝撃が訪れ地面に転がる。
「ザッコォ♡」
何をされたのかと上半身を起こせば近くで気絶している稀咲。あの女、掴んでいた稀咲でイザナを殴ったのだ。
「ハッハァ!雑魚は大人しく御祝儀よこせよ。」
「…カクちゃんの年齢だとまだ結婚出来ないような…。」
「バッカ相棒!!!」
ずっと思っていたことを花垣武道は口に出してしまった。隣にいた松野千冬が咄嗟に武道の口を塞ぐが、遅かった。女の首が幽霊のようにグルンとまわり瞳孔が開いた真っ黒な瞳が武道を捉えた。
そして死の宣告のようにコツリコツリと足音が武道に近づいていく。血の気が引いて真っ青になっていく顔。彼は既に涙目だ。
コツリ。
「おい…。」
「ひえっ。」
両手を上げ降参のポーズをとっている武道の胸ぐらを掴みあげた女はおもむろに拳を握った。
「そっ、そういえば!!!」
声を裏返しながらなんとか時間を稼ごうとする武道。
「…なんだァ?」
「そ、…そういえばカクちゃん、彼女と結婚したいから早く大人になりたいとか、言ってたような〜…。」
嘘である。
「え!?ほんと?」
しかし女は結婚という言葉を聞くととても単純だった。
「鶴蝶くん愛してる〜♡早く2人で大人になろうね〜♡」
武道の命は助かったが鶴蝶の未来はここで決定してしまった。すでに気絶している鶴蝶に向かって灰谷兄弟は手を合わせた。
後日病院で目を覚ました鶴蝶はいつも以上にくっついてくる彼女と天竺メンバーの哀れみの表情にひたすら困惑した。
「見て見て鶴蝶くん、婚姻届もらってきちゃった♡後は証人と鶴蝶くんの欄書き込むだけだよ!結婚できる年齢になったら一緒に届けに行こーね♡」
「………えっ、え??」
困惑しながらも顔を赤くする鶴蝶に竜胆はコイツ抗争の時の記憶ねーのかよと思った。じゃなきゃあんなイカれた女に赤面しない。
「私はどんな鶴蝶くんでも愛してるよ♡」
「あ、わっ、…あの、おっおれも!愛してる!!」
「!!!キャー鶴蝶くん大好き♡♡」
件の抗争で警察から無事逃げおおせてこうして鶴蝶の見舞いに来ている天竺四天王だが、あの時の大人しく捕まっておけばよかったと思った。多分ネンショーのほうが天国である。あの時あの場に残って連行された稀咲と半間、そして大将であるイザナが心底羨ましくなった。
「な、なぁ…ひとつ聞きたいんだが…。」
「なぁに?」
「イザナの…チ〇毛みてないよな…?」
やめろ鶴蝶、ここにいる全員の目の死に方をみろ。ちょうどお見舞いに来た花垣の目も死んだじゃねーか。大将のチ〇毛見たとか見てないとかもうどうでもいいから。
「もちろん見てないよ♡でもあの時の否定しなかったからチ〇毛白髪だと思う!」
「よかった…。」
良くねえ。何も良くねぇ。
ボソッと確かにイザナのチ〇毛は白いけどって呟くな余計な情報を俺たちに与えるな。
今後鶴蝶と付き合いの長くなる天竺四天王は必然的に女との付き合いも長くなり、特に竜胆のツッコミスキルは日々磨かれていくことになる。