場地姉は多分ポンコツだがアイドルである


場地梓(バチ アズサ)。

彗星の如く現れた新進気鋭のアイドルである。
年齢、身長、体重など基本的な情報は全て非公開、出ている情報はバチアズサが芸名ということだけである。
しかし彼女、圧倒的なカリスマ性と優れた頭脳、そしてそのビジュアルの良さによりデビューたった1年足らずで有名歌番組に呼ばれるほどのトップアイドルへとのぼりつめた。アイドルであるが歌もダンスも上手いため、世間では専ら神が才能を与え過ぎた美女とはやし立てられている。

そんな彼女のファンは通常のアイドルのファンとは一線を画す。まず彼女の呼ばれ方は「バチさん」である。バチアズサならば、あずにゃん♡などのあだ名や下の名前で呼ばれることが多いはずなのだが、何故かファン達は恐れ多いと頑なにバチさん呼びを貫く。そのためライブの風景は最早一種の宗教のようになるのだ。






さて、このバチアズサだが少し年の離れた顔がそっくりな弟がいる。雑に扱っているが彼女なりに可愛がっているヤンチャ小僧だ。
その弟が中学を留年したことに爆笑してタンスの角に頭を打ち前世の記憶を思い出して近い将来弟が死ぬことを知った姉は、天才的な頭脳から自分がアイドルになって弟に世間体というものを理解させればそれを防げるのではと考えた。天才故に実現出来る確実な道筋を瞬時に考え、おそらく1番遠回りであろう解決策を思いついたのだ。
残念なことに彼女は顔がよくスタイルも良かった。そのため母は止めるどころか応援し、弟はスゲーと目を輝かせた。
更に残念なことに、彼女は天才故に自分の魅力の押し出し方をよく理解していた。とある廃れたアイドル事務所に絶対にこの会社を立て直せるだけの活躍をするからアイドルにさせろと自分を強引に売り込んだのだ。そして宣言通り数ヶ月でテレビ出演を果たした姉の名は瞬く間に日本中に知れ渡った。そして会社も潤った。姉は経営もお手の物だった。

姉は弟にメディアというものを解いた。家族が犯罪を起こすと世間に叩かれ自分はアイドルを辞めるどころか母にも被害があるかもしれないと。だから喧嘩はしても良いが武器を持ち出すような喧嘩はするなと。
弟はバカだったがいい子だったので元気よく分かったと返事をした。






そして来たる10月31日。
姉は弟と似た特徴的な眉毛が隠れるほどの大きいサングラスを装着し、冬用のふわふわしたキャスケットを被ってとある廃車場の前で仁王立ちをしていた。
弟の友人で姉のファンである千冬からの抗争のタレコミにより、天才的な頭脳は今日弟が例の死んでしまうかもしれない日だと気付いたからである。

黒いピッタリしたハイネックにレザー生地のタイトスカート、高い身長を生かすロングコート、そしてオシャレのためだけにある薄いタイツにピンヒール。いかにも芸能人ですという風貌で抗争の場に現れた女に、ギャラリーたちはザワついた。
雰囲気作りのために圧倒的オーラを隠そうともしない姉はざわめきをものともせず廃車場に足を踏み入れた。

「はわ…。」
「バチしゃん…。」
「はわわ…。」
「バチしゃんだぁ…。」

姉のファンらしき数人の不良がはわわし始めた。その中には自ら片膝をついて神に祈るようなポーズをしている者もいる。姉が歩くだけでただの廃車場はランウェイとなる。アイドルとは。

「…少しいいか?」

適当なところで立ち止まった姉は抗争中の不良達をキョロキョロと見回して、近くのギャラリーに声をかけた。

「ひゃわ…。」
「ど、どうしよう兄ちゃん…!」

それは違う世界線であれば姉をボスと慕い付き従っているはずだった灰谷兄弟であった。

「場地圭介という男を見てないか?東卍にいるはずなんだが。」
「ひゃわ…。」
「兄ちゃん…!」

偶然にも姉のファンであった2人は語彙力を無くした。

「あ、あそこぉ…。」

色々言いたいことがあった灰谷兄弟だったが、突然の推しに何も言えず、しかし聞かれたことを答えたいと最後の力を振り絞ってたまたま目に付いた場地圭介を指さした。彼らは東卍の場地知ってて良かったと思った。

「ありがとう、助かった。」

姉の頭なでなでという気が狂いそうになるファンサを受けた灰谷兄弟は座っていた廃車の上で死んだ。周りは羨ましそうに歯ぎしりした。姉は普段握手会などしない異例すぎる孤高のアイドルだった。

しかしサングラスで視界が悪く教えられた方を向いても姉は弟を見つけられなかった。フード付きの上着を着てくれば良かったと思った。
バチアズサであることはすでにバレているがサングラスはカッコイイアイドルには必需品だと思っていた姉は頑なにそれを外さなかった。前世を思い出していた姉はたまにポンコツだった。
見つからないなら仕方ないと、おもむろに大きめのカバンに入れていた拡声器を取り出した。スイッチを押すと特徴的な機械音が響く。

「迷子のお知らせをします。お連れ様が場地圭介くん15歳を探しております。お心当たりの方はこちらまでお越しください。」

拡声器を通して紡がれた迷子放送に、そこにいた不良たちの視線が積み重なった廃車の上で稀咲を殴り飛ばした場地圭介に向かう。

「姉貴!!!???」

不良たちの熱い視線を一心に受ける弟は口をあんぐりとあけて停止した。周囲も彼の一言に停止した。
その油断したスキに稀咲の傍に控えていた参番隊副隊長が弟の上着の襟を掴んでその場から引きずり落とした。そして姉の存在を無視してまた始まろうとした喧嘩に、姉は柔らかい笑みを浮かべてカバンから取り出した何かを弟に投げつけた。

パチャンと音がして弟のキューティクルがきいたサラサラした髪はびしょ濡れになった。
予想外の出来事にまた停止して姉を見る弟の顔面に、2つ目の水風船が叩きつけられた。次はインナーがビジャビジャになった。
姉が投げる水風船は豪速球で当たるとそれなりに痛い。

「10秒数えるまでにやめないとまだ投げる。」
「は!?ふざけんなよ!!」
「はい3、2、1、0。」
「10は!?」

早口で数えられ弟はまた顔面水風船を食らった。次はズボンが濡れておもらしのような水あとができた。
そこでようやく水風船を楽しみ終わった姉が拡声器とまだ水風船が入っているカバンを灰谷兄弟に預けた。姉の私物を手に持ってしまった灰谷兄弟は2度目の死を迎えた。

「今日はお姉ちゃんが帰る日だから家族で夕食食べようねって約束しなかった?」

長い黒髪を靡かせ、ゆっくりと、ただしカッコよく弟に近づいていく姉。姉はアイドルゆえに雰囲気を大事にしていた。

「ハァ!?晩メシの時間まだだろ!!」
「なんで1人だけ食べる役割しかないんだバカ。」

言いながら姉の拳が弟の顔面にめり込んだ。鼻血を出して倒れた弟を見て千冬が「バジさああああん!!!?え、バチさぁああああん!!!??」と叫ぶ。

「どうして家族で1人しかいない男が荷物持ちじゃないと思ったんだ、圭介。」
「ア゛!?オレより力あんだろーが姉貴!!」
「アイドルやってるか弱いお姉ちゃんに謝れ。」

立ち上がって反撃に出た弟だったが姉のボディーブローが決まり、地面に倒れ込んだまま動かなくなった。姉はアイドルになっても強かった。悲劇である。

「悪いが圭介は連れて帰るぞ。喧嘩は続けてくれ。」

姉は弟の襟首を掴み引きずってカバンを預けた灰谷兄弟兄弟のもとまで歩く。その時点で買い物の荷物持ちなどいらないことがわかるがそれを指摘する人間はここにはいなかった。姉の芸能人オーラにより右手に引きずられている弟がオシャレなキャリーバッグに見えてくるからだ。
灰谷兄弟からカバンを受け取ろうとした時、姉を引き止める声。振り返るとそこには弟の幼なじみが頭から血を流し半裸で立っていた。
姉は服着なよと思った。

「万次郎か。」
「ねーちゃん!!」
「ああ、どうした。」
「オレもねーちゃんのご飯食べたい!!!」
「は!?そこ!???」

突然の宣言に、遠くにいたドラケンがつっこんだ。「場地のことじゃねーの!?」と三ツ谷も続いた。

「喧嘩はいいのか?」
「いい!」
「いや良くねーだろ!!!?」

彼は密かに姉のファンをしていた。そして推しの弟の幼なじみという立場を最大限に利用していた。

「ダリィ。」

しかし今はあくまで抗争中である。東卍の総長がそれを抜けようとするならば、相手チームの仮のトップである半間修二が黙っているはずがない。
姉とマイキーの前で立ち止まる半間に緊張が走る。マイキーが推しを守るためにほんの少しだけ前に出ようとした、その時。








「握手してください。」



大きい体を直角に曲げて両手を差し出す半間。

「カッコイイ刺青だな。なにくん?」

それに平然と対応する姉。

「修二くん。」
「弟と仲良くしてくれてありがとう、修二くん。」

弟と同じ服を着た半間は弟の友達判定だった。
天才なアイドルゆえに人の顔も名前も覚えられる姉だったが弟に対しての判定はガバガバだった。
そして姉のファンサに黙っていないのが周りである。握手してもらった半間にそこらじゅうからブーイングが飛ぶ。オレもオレもと半間の後ろに列が出来つつあるのを見た姉は少し考えた。アイドルとして、弟の友人たちにくらいファンサしてもいいのでは、と。しかし弟と同じ服を着ていたら友達認定なので、今この場にいる弟の友達は300人程度である。流石に100人単位での握手は無謀。

「すまないが、全員と握手は無理そうだ。」

列から咽び泣く声。ならばどうするか。蘭が持っていた拡声器を受け取り口元に当てた姉が一言。

「歌おうか?」

瞬間、廃車場がわいた。
ガチファンだった不良も、隠れファンだった不良も、拳を突き上げる。

「あそこ、ちょうどいいな。」

姉が見たのは先ほどまで弟が喧嘩していた、高く積み上げられた廃車の頂上だった。
なにも言われずとも訓練された姉のファンたちはその廃車の前に行儀よく並び始めた。ついていけていない不良はひたすら戸惑った。稀咲も戸惑った。参番隊の隊員ももれなくその中に並んでいたからだ。
並び順に若干睨み合いでの冷戦を繰り広げているがファンたちは姉の前ではいい子ちゃんたちばかりなので殴り合いの喧嘩はしない。
ちなみに荷物を持たされている灰谷兄弟はそれを持ったまま姉の数歩後ろを歩くのでマネージャーのようになっている。


「…一虎…?」

その時ふと目に入ったのは、昔家に遊びに来ていた弟の友人だった。

「は、はわわ…場地のねーちゃん…、オレのこと覚えて…はわわ…。」

弟の友人である一虎も姉のファンだった。

「久しぶりだな。せっかくだし今日は一虎の好きな歌を歌おうか。」
「はぇ…はわわわ…えと、えと、あ、あんのっ、アンノウンがいいでしゅ…はわわ…。」

「unknown」姉のデビュー曲である。他のファンはアイツ分かってるなと腕を組んで頷いている。
実は一虎、先程まで弟を刺そうとしていたが姉という存在を認識した途端憎悪も何もかも吹き飛んではわわしか言えなくなった。ナイフはその時に廃車場の隅に投げ捨てた。

「さて…。」

頂上にある廃車にしっかりと足をつけ、軍隊のように綺麗に整列したファンたちを見下ろす。何人かの特殊性癖の持ち主はそれだけで膝をついた。ファンじゃない不良たちは引いた。
姉がガラケーに入れているアンノウンのカラオケ音源をボタンひとつで流せるよう準備すると、不良たちは自分が持っているできる限り赤いものを頭上に掲げる。赤が姉のイメージカラーだからである。中には血を拭いたタオルや血がついた鉄パイプを掲げているものたちもいて、だいぶ物騒なリサイタル会場だ。唯一東卍の伍番隊副隊長だけはコンサート時にも使われる赤く光るペンライトを両手に持っていた。彼は姉のガチファンだった。

「アンノウン。」

目をつぶり何か良い感じの雰囲気で曲を流し始めた姉に、ファンたちは涙を流した。稀咲はいや泣くの早すぎるだろと思った。
無駄にある肺活量でマイク無しでも十分に響く歌声。曲調は決して明るくない、いわゆるキラキラしたアイドルソングではない。ひたすら心に訴えかけてくるような歌詞と曲調なのだ。
姉の伝説の始まりであるアンノウンを生で聴いているという事実に、ファンたちは感動でひたすら涙を流した。
曲が終わった頃には、彼らは泣きすぎで目元を真っ赤に染めていた。その様子に稀咲は引いた。姉の歌にちょっとハマりかけている自分は見ないふりをした。

ガラケーを仕舞い廃車を降りながら、目元を赤くしたファンたちに、自分の目元を指さしながら姉が一言。

「みんな私のイメージカラーになったな。」

過激なファンサである。

たまにある姉のファンサは死人が出るというのは界隈での常識だった。心臓を抑え蹲る者、鼻血を出す物、安らかに天に召される者、様々だ。
その光景に姉は何事も無かったかのように直立不動の灰谷兄弟から荷物を受け取り、弟の昔からの友人に後で家においでと声をかけ弟をキャリーバッグにして廃車場を後にした。


こうして後に血のハロウィンと呼ばれるこの抗争は稀咲の思惑に全く沿わないまま集結した。
ちなみにこの「血」の大部分を占めるのは姉にファンサを貰った男たちの鼻血であった。
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