姉は12年経ち不審者になった坊ちゃんからピンク髪の新しい生徒を紹介された。虎杖悠仁と言うらしい。特級呪霊が受肉したとかで本来死刑だったのを坊ちゃんが面倒を見るからと色々理由を付けて刑期を延ばし引き取って来た子だった。
これから学長の面接があるらしいのだが、そこに何故か姉も連れてこられていた。
自己紹介や呪霊のことを話題にしながら高専内を歩いていると、悠仁の頬に突然何かがあらわれた。姉は咄嗟にそこに平手を打ち込んだ。
ぶっ飛ばされた悠仁は叩かれた場所に手を当てて、親にもぶたれたことないのに!と言いそうなポーズをしている。
「…え?え?」
「え?ちょっとどうしたの?ご乱心?」
「虫がいた。」
「誰が虫だ殺すぞ貴様。」
宿儺だった。
特級呪霊を虫と思い平手をお見舞した呪術師は姉が初めてだろう。
頬にあてられた手の甲から口を出した宿儺は姉にひたすら文句を言っていて、姉はそれを近くから不思議そうな顔でみておもむろに取り出した棒付きキャンディーを楽しそうにお喋りする不思議な口に突っ込んだ。
「オゴッ!?」
「宿儺ーーーー!?」
「なんで!?!!?」
姉は天才なので不思議だと思ったことを解明しようとする事があった。宿儺としてはとんだとばっちりである。
「ごろっ、ゴッ、きさっ、コロっ!オエッ、ゴホッ...ヴ...ゲホッゴホッゴホッ...!!!」
咳き込む宿儺に坊ちゃんが地面にうずくまりながら爆笑する。
「すまん。」
「ころす…ころしてやる…、1番に貴様を殺す…!!」
「すまん。」
姉は謝りながらもこの子腹話術師みたいだな、呪術師だけにとくだらない事を考えていた。ちゃんとウケるギャグかウケないギャグかの判断は出来た。天才ゆえに。
まだオエオエ言っている宿儺を他所に、姉のスマホに任務が届きそこで2人とわかれ任務に向かった。悠仁と宿儺からしてみれば姉はただの災害であった。坊ちゃんはまだ地べたを這いずり回りながら笑っていた。
姉は補助監督の車に乗ってとある冷凍倉庫に来ていた。
窓の報告通り、倉庫の周辺には蠅頭がうじゃうじゃしているが恐らく気配的に本命は倉庫の中だろう。どうやらそこは反社の管理下にあるらしく窓も補助監督もあまり踏み込めなかったため呪霊の詳しい等級が分からなかった。
「反社ってことはここで誰か殺してるんですかね?」
「恐らくな。呪霊自体そこまで強くもないだろうが反社が管理してるなら無人になることはそうないだろうから、そこが面倒だな。」
「表の人間じゃないからネットに拡散とかの心配は無くていいですけどね。」
「空気の抜け道はあるから何とか出来るが反社とはいえ非術師を帳に閉じ込めるとなると…。」
「もう全員気絶させてから呪霊祓えばいいんじゃないですか?」
「それはアリ。」
それ結局帳に非術師閉じ込めてるじゃん、というツッコミが出来るものはここにはいなかった。
姉に付き従う補助監督、灰原雄はかつて呪術師志望で高専の後輩であった。しかしある等級違いの任務で同期だった七海健人と共に姉に助けられてからは姉の強さに憧れ姉の為に働きたいと補助監督に転向した過去を持つ。
ちなみに七海も、恩人で五条の手綱を引くのが上手い上に強い姉を尊敬はしているが姉と灰原が合わさると天才ゆえのボケと天然ゆえのボケでダブルボケのマリアージュが起こるため出来るだけ2人揃っている時は傍に近寄ることをしなかった。
そして灰原は姉に付き従っている間に脳筋になってしまった。悲劇である。
姉はさっさと外にいる蠅頭を1分も経たずに処理してしまった。着いてきていた灰原は元気にはやし立てている。
「あとは本命だけですね!」
「…探った感じ、中に数人いるな。」
姉の変態的な呪力操作によりさらに進化した術式は薄く広げることで超音波のように周囲の様子を探れるようになっていた。坊ちゃんは変態じゃんと笑い顔面を殴られていた。
「非術師相手に術式は使えないからな、反転術式が使える私が行く。灰原は車で表に待機しておいてくれ。」
「はーい!………あっ。」
「あっ。」
「えっ?」
「はっ?」
誰もいないのを良いことに倉庫の入口が見える位置で堂々と話していた姉と灰原。倉庫の扉が開き出てきたピンク髪と白髪ロン毛と目が合ってしまった。
姉は非術師と何かあってもわりと素のダッシュで逃げおおせるのでこういう油断はよくあった。
「予定変更。」
「はい!」
灰原が数歩後ろに下がると、同業者か何かかと思われたのかピンクの髪が1発発砲した。灰原に向かうその弾丸は姉が腰に下げていた刀型の呪具で一刀され、2つに分かれて地面と倉庫の壁にそれぞれ銃痕をつくる。
「…は?」
「え…?」
迫り来る弾丸を切るというビックリ人間ショーに出られる芸当を見せられ呆気に取られる2人に、出てきたなら丁度いい気絶させてしまおうとおめでたい髪色の2人に近づく姉。
ハッとしたのか下ろしていた銃口をまた向けられ体勢を低くして抑え込もうとしていた姉だったが、2人の背後から猛スピードで突っ込んでくる呪霊の巨体が目に入る。
手のような触手が振りかぶられ巨体に見合ったパワーで地面を砕いた。
触手が地面に叩きつけられるより先に2人を小脇に抱え倉庫の入口付近まで滑り込む。灰原もすぐさま姉に近寄った。
これで両手に反社、後ろに呪霊、さらに目の前にも反社という豪華な状況に陥ってしまった。姉は呪霊と反社に挟み撃ちにされないよう倉庫の入口に風の膜を張り呪霊が倉庫内に入って来れないようにした。
ネズミかとザワザワする反社に銃口を向けられ灰原は嬉しそうに両手を上げて降参のポーズをとった。こういうのやってみたかったんですと小声で姉に報告している。姉は心の中でちょっと分かる、と同意した。
「どこのモンだ?」
「おい、そこの女。抱えてる2人を離さねーと男を撃つ。」
タバコを吸っている顔に傷のある男が銃を突きつけ言う。
姉は片膝をついたままだった体勢で両脇の2人を雑に落とし顔を隠していた長い髪をかきあげながら立ち上がった。
「…場地?」
静かに響いた姉の名前を呼んだその声は、僅かに震えていた。
本来ならここで感動の再会になる場面だが、声を発した男は顔の判別ができないレベルで下級呪霊がくっ付いていて顔が見えないどころか見た目からいえばただの祟り神であった。灰原も嬉しそうに小声でも〇〇け姫に出てくるやつですよと笑っている。
祟り神が座っていたフォークリフトからヨロヨロと立ち上がると、ドロドロした呪霊が重力に従って地面にベチャベチャと叩きつけられ男の顔だけが見えるようになった。
姉は天才的な頭で考えた。こんな知り合いいただろうか…と。姉の早すぎる頭の回転で過去の記憶が走馬灯のように巡り、ハッとした。弟が飾っている写真によく写っていた男ではないかと。たしか弟がいつも言っていた男の名前は…。
「ミルキー。」
「ママの味ですね!!」
男を指差しながら言えば紫の髪をした2人が吹き出しながら崩れ落ちた。きっとこの倉庫の床は冷たいのに大丈夫だろうかと姉は心配した。
「マイキーだわ殺すぞテメェ。」
ピンク髪の男が立ち上がって姉の頭に直接銃を突きつけながら訂正した。
その男は髪の毛はサラサラストレートなのにまつ毛は信じられないほどカールしているので姉はずいぶん局所的な天パだなと思った。
「全員銃を下ろせ。」
「…うっす。」
「おいボス、いいのか?見られたし武器持ってるぞ。」
「いい。」
いいらしい。姉と灰原は目を合わせた。その時、外の呪霊が雄叫びをあげる。
倉庫が揺れる程の声量に姉と灰原は耳を塞いで眉をしかめるが、呪霊が見えない非術師は倉庫の揺れに地震かとザワついている。
「うるさい。」
その一言と共に放たれた術式が一瞬で呪霊を切り刻んだ。
「あ。」
つい漏れ出た灰原のその1文字は、流石場地さん、帳下ろしてない、最近場地さんの中で流行ってる呪具使ってない、などが入り交じってのあ、である。
断末魔を叫ぶ間も無く呪霊は灰のようにボロボロ崩れて消えた。
「ミルキー。」
「マイキー。」
「私たちの仕事は終わった、邪魔したな。圭介の友達だからな、今日見たことは警察には言わない。安心しろ。」
「おい待て、ボスがいくら手を出すなと言ったところで突然あらわれて仕事が終わったからと突然帰る訳のわからん女の言うことを信じられるとでも?」
倉庫を出ようとする姉と灰原を引き止めたのは、1人だけモコモココートを着ている眉のつり上がった髭面の男だった。寒がりなのだろうか。見た目と相まってクマさんのようである。
しかし男の言うことも最もである。得体の知れない女の言うことを信じる反社はいない。姉は思案しながら男たちを見まわした。
「…………確か、…そこのねるねるね〇ねみたいな髪色の3人とミルキーは見たことあるぞ。」
「マイキー。」
「誰だねるねるね〇ね。」
姉に見覚えがあるねるねるね〇ね色の3人は、問いかけた顔に大きな傷のある男から目を逸らした。
12年ほど前、血のハロウィンと呼ばれた抗争の場にいたものたちである。
「お前らかよ…灰谷兄弟と三途…。」
実はこの3人、強烈な出来事ゆえ姉のことも12年前のことも鮮明に覚えていて姉の姿を見た瞬間また例のアレかと予想もできていた。しかしあの時3人揃って多少チビってしまったため過去のことを無かったことにしようとしていたのだ。ちなみに3人が怖かったのは特級呪霊ではなくその呪霊を切り刻んでいた姉の方である。
「あーーーマァ12年も前のことだしぃ?」
「ボスも良いって言ってるし〜?」
「そーそー、ボスが良いって言ってんだからいいじゃん?」
「よし、そんなに心配なら名刺をやろう。」
名刺を数枚懐から取り出した姉はミルキーにそれを手渡し、ついでにベチャベチャ気持ち悪い呪霊を祓った。夏に溶けて包装紙に引っ付いたミルキーレベルでベチャベチャしていて先程から気になっていたのだ。
「…ミルキー。」
「マイキー。」
「望んでいようといまいと、これは君が選んだ道だ。私は君に何かを言える立場ではない…が、ひとつ。弟の口癖を教えよう。」
姉は笑ってミルキーの頭を撫でた。
「アイツがいたらもっと楽しいんだろうな。…昔の仲間の話をする度、ずっとそう言ってるよ。」
じゃあまた、と言って手を振り灰原を連れて倉庫を出ていく姉の背をずっと見つめるミルキーの顔は何処か寂しそうだった。