龍宮寺堅には姉がいる。
いや、出来たと言うべきかもしれない。風俗店で育った彼には母が居たもののそれは過去の話。父親は知らず、母も亡くなった今家族と呼べるのは風俗店の店長と風俗嬢たちだけだ。そこには不満などなく、不自由のない生活…といえば嘘になるが、特に大きな不満もなく暮らしていた。
しかし小学生の頃姉だと名乗るその女が風俗店に突撃お宅訪問してきて店長と話し合っていたかと思えばよく分からないまま姉弟になり、今では嬢たちからそっくり姉弟としてチヤホヤされている。
姉はどうやら天才と呼ばれる頭脳を持っているようで、腹違いの弟であるドラケンを1人で探し出し若いながらも既に生計を立てられるほどに稼いでいるのだという。ドラケンも1週間に1度お小遣いと称して千円札を貰っていた。初めは断ったが断る度に手の平に千円札が1枚ずつ増えていったので渋々お小遣いを貰うようになった。姉は天才なので遠慮する子がどうすれば遠慮しなくなるかを分かっていた。
そんな破天荒で天才な姉だったが、ドラケンが年上相手に喧嘩を売ってよくボロボロになって帰ってくるのを不安に思った。ヤンチャなのはいい事だがこのままだと病院に運ばれる事態になりかねないと思ったのだ。ではどうするか。姉は1つの最適解を思いついた。
自分が東京中の不良を牛耳ってしまえばいいのでは…と。
それからの行動は早かった。
礼儀正しい不良や自分のする事に芯がある不良はともかく、誰彼構わず当たり散らす不良や集団でしか喧嘩出来ない不良をひたすらボコった。
しかし姉は不良独自のルールなど知らないためただボコるだけで名乗りもせずチームに入れとも言わず、ほぼ通り魔の如く不良をボコりまくった。次第に姉はその華麗な犯行とフードを目深に被った格好、そして首に巻き付くような形の龍の首飾りから孤高の龍…キラーと呼ばれ怖がられるようになった。
姉はボコボコにした不良からそれを聞いた時孤高の龍…?と首を傾げた。この時姉はこれから孤高では無くなるのにと思っていた。
それから数年たった今でも1人孤独に不良をボコり続け予定調和が狂った姉だったが、今更どうすることも出来ないうえに不良のルールを教えてくれるような知り合いは居ない。どうしようかと考えながら黄昏時の廃ビルの屋上で夜の帳が降りるのを髪をなびかせながら眺めていた。姉は暗くもなく明るくもない良い感じの影を作ってくれるこの一瞬の時間が好きだった。
背後の錆び付いた扉が小さく軋んで、ひとつ足音。またいつもの客かと髪をなびかせながら振り向けば、髪で隠されていたイカつい龍の首飾りが顔をのぞかせる。
「龍ちゃん。」
数ヶ月前目と目が合ってお互いが何となくで喧嘩したこの男は、姉に負けたあの日からよく彼女の前に現れるようになった。しかし原宿のアパレル店員のような男は空中戦が得意なようで、アパレル店員であっても喧嘩映えするからと姉の中ではチーム候補だったりする。
「またお呼びだぞ。」
この男はいつの間にかアパレル店員と共に姉のもとにやって来るようになったが、見た目からして現役プロレスラーだろうからとこちらの男も姉の中ではチーム候補である。
近くに弟以外の不良がいるとは思っていない姉、まさに灯台下暗しだった。
「…またか。」
「あーマァ、アイツはな…。」
「龍ちゃんのこと気に入ってるからなぁ。」
「今日は用事があるから行かない。」
「フラれたな、アイツ。」
「…一応聞くけど、彼氏?」
「さあ……でも、男ではあるな。」
姉のその言葉に呆然と立ち尽くして動かなくなった男2人。
すっかり日が落ちて影が覆い尽くした屋上に一陣の風が吹き抜ける。その風とともに2人の男の間をすり抜け屋上にある唯一の扉に向かう。そして振り向き様に一言。
「明日の夜は空いてるから店に迎えに行くって伝えてくれ。」
屋上に取り残された2人は揃って深いため息を吐いて頭をかいた。
「真ちゃんショック受けるだろーなぁ。」
「彼氏じゃないならまだ可能性はあんだろ。」
「明日は付き合ってくれるって事は希望はあるか…?」
しばらくの無言の後お互い目を合わせ、また同時にため息を吐いた。
アパレル店員とプロレスラーに言った通り、翌日の少し遅い時間にいつも呼び出されるバイク屋まで赴いた姉。
既に終業時間のためシャッターが閉まっているその店に、それなら裏口からお邪魔しようと細い路地を抜けて裏に回ると何故か割れている裏口のガラス戸。不審に思い地面に散らばるガラスを避けて店内に忍び込むと、子供特有の高めの声が響く。状況がよく分からないまま姉の天才的な頭脳は強盗の文字を引っぱり出し、取り敢えず3つある人影を全部蹴り倒そうと決めた。
1つ目の棒のようなものを振りかぶった小さい影には回し蹴りを、2つ目の大きい影には顎に掌底、3つ目の棒立ちしている影には腹パンをそれぞれにぶち込んだ。
音を立てて倒れる3つの影に満足した姉は勝手知ったる店内の電気を付けた。するとそこに倒れていたのは今から強盗しますというような格好の子供2人と、姉を呼び出した張本人である佐野真一郎だった。
姉は伸びている背の高い男を見て多少やっちまったかなと思ったが暗くて見られてないうえに全員気絶しているからセーフ判定だった。姉の頭脳は自分がやってない風に見せるにはどうすればいいか、その完全犯罪の為に動き出す。
子供が強盗だった場合先に目を覚ますと危険なので、まず店の用具箱に入っていた結束バンドで強盗らしき子供を拘束して2人を並べて寝かせ、真一郎が姉にと買って店に常備しているブランケットをその2人に被せた。これで拘束されている感はない。そして真一郎はキスをして目を覚まさせるタイプの眠り姫のような格好にすれば完璧である。
姉は最後にメモ帳とペンを取り出してこう書いた。
子供と仲良く寝てたから1人で呑みに行きます。
おそらく色々間違った完全犯罪だったが、目が覚めてブランケットに包まれ拘束された子供たちとそのメモを見た真一郎は色々混乱したうえに絶賛アピール中の女に2日連続でフラれたショックでそれ所ではなかった。大人がわりと本気で泣いた。それを見た拘束された子供たちはちょっと引いた。
子供の1人と知り合いだった真一郎はアピールを手伝う変わりに強盗に入ったことは警察には連絡しない契約をした。しかしその子供たちはおそらくどちらも女心を理解していないため、しばしば行われるアピール会議の度に頓珍漢なアドバイスしかせず、真一郎もまた頓珍漢なため姉にお笑い芸人目指す練習かなと思われることを彼らはまだ知らない。
ちなみにその頃姉はたまたま会ったアパレル店員とプロレスラーの3人で呑んでいた。
数年後、未だに姉は真一郎にお笑い芸人を目指す練習の相手を1週間に1度されながらも、チームに入ってくれる不良探しを続けていた。
そんなある日のことである。東京の不良を牛耳るためにチームに入ってくれそうな不良を探すため公園を転々と回っていた姉。
とある公園で見つけたのはリンチ現場だった。姉は激怒した。不良同士の抗争ならばいざ知らず、そうでないうえにリンチをしようとする相手に女がいる。姉が怒らないはずも無い。
手始めに女の子の服に手をかけようとしていた男の鼻に膝をお見舞いした。鼻血を撒き散らし仰向けに倒れる男をかっこよく仁王立ちで見下ろす姉。
「は!?なっなんだてめぇ!!!」
「おい待て!コイツ…!!」
「孤高の龍…!」
「き、キラー…!?」
「キラーだと!?」
喚く男たちに反撃させる隙も与えずボコボコにした姉はまた名乗ることも無く女の子の頭をヨシヨシするだけでその場を去った。こういう場合何も言わずに立ち去った方がカッコイイからだ。
こうしてまたキラーの伝説が増えたことを、カッコ良さと雰囲気を重要視する姉は知らない。知らぬまま何年経っても東京を牛耳れないことにため息を漏らした。
翌日弟に会いに行った姉は、開口一番にフードを目深に被って不良を狩っている女を知らないかと聞かれた。
姉は首を捻って考えたが、彼女は不良と物理的なお話し合いをしているつもりなので狩りはしていないし自分以外にフードを被って不良と喧嘩をしている女も見たことが無かった。正直に知らないと答えると弟は疑わしげな表情で姉を見やるので何か文句を言う前に片手でほっぺを掴んで何も言えないようにした。
「そう言えばもうすぐ武蔵祭りだろう。コレでエマちゃんに美味しいもの奢ってやれ。」
姉は千円札10枚を弟に握らせた。
「だから多いって言ってんだろーが!!!」
弟はそう叫びながら手のひらにあるうちの7枚を姉の手のひらに叩きつけた。
「未来の義妹に投資して何が悪い。持って行ってカッコつけてこい。」
「だからまだ付き合ってねーんだよ!!」
「まだか。」
「姉貴!!!!」
顔を赤くしてグダグダ言っている弟に仕方ない妥協だと言わんばかりの薄ら笑いを浮かべた姉は手の平に叩きつけられた7枚のうちの3枚をまた握らせた。
譲らない姉に仕方なく手元にある6000円を財布にしまった弟は姉の唯我独尊さに自分のチームの総長を思い浮かべる。家でも外でも振り回されるってどーいう事だよと思い辟易した。
武蔵祭りまでの数日間色々あったものの、弟と将来の義妹の距離が一気に近付くはずである姉的に待ちに待った祭りがやってきた。2人の邪魔をする訳にはいかないが何故か真一郎に祭りに誘われたため弟とは別でそこに行くことになった。
約束の時間に姉が待ち合わせ場所に着くと、そこには紺の落ち着いた浴衣を着た真一郎が前髪をずっといじりながら落ち着かない様子で立っていた。
「すまん、待たせた。」
「い、いや!全然待ってない!」
嘘である。
この男楽しみすぎて30分前に到着していた。エマが止めなければ2時間前に到着する勢いだった。
「あ、あ〜…龍は浴衣着ないのか?」
「持ってない。」
「そっか!あの、じゃあ、今度浴衣買いに行かね?」
「動きにくいからいらない。」
「そ、そっか〜。」
これぞ女心が分からない男VS男心が分からない女、世紀の対決である。
買った浴衣着てまた来年来よう、というかつて黒龍のブレーンだった男から教えてもらった口説き文句は言う前に封殺された。
その後祭りをそれなりに楽しんでいた姉だったが突如降り出した雨によりそれは台無しにされてしまった。
真一郎は男気を見せようとコンビニまで走って傘を買いに行った。一緒に行った方が効率的、私服の私が走った方が早いという主張は真一郎、最後の男の意地により自分の意思を突き通した。
暇になった姉が止まない雨を眺めていると、雨の音に混じって微かにバイクの排気音が耳に届く。チームに入ってくれる不良がいるかもしれないと姉はポケットに入れていた龍の首飾りを身につけ、雨に濡れないようフードを深くかぶってオーバーサイズの上着のチャックを上まであげた。キラースタイルになった姉は音の元まで暗殺者になった気分で駆け出した。雨が降っていると髪をなびかせるのとは違ったカッコ良さがでて新鮮なのだ。
音を頼りにたどり着いた駐車場では黒服と白服が入り交じる乱闘が行われていた。
不良がいっぱいいると少しテンションが上がった姉だったが、黒服はどこかで見たことがある気がしてしばらく観察していた。ふと、そこに見覚えのある髪型の男が倒れているのが目に入った。
その男に近付いていくダサいシャツを着た金髪の男が叫んだ。
「ドラケン君が刺された!」
それを聞いた瞬間姉は駐車されている車の上を跳び、弟の傍に駆け寄った。
突然現れた姉に驚いた金髪は初めは誰だと警戒したものの、即座に弟の応急処置を始めた彼女を見て少しだけ怒らせていた肩を落ち着けた。
「恐らくこの祭りと雨で救急車が到着するまで時間がかかる。階段を降りて右に行った道を真っ直ぐ進んだところなら渋滞も少しはマシなはずだ。そこに救急車を呼んでおくから、君が弟を背負ってそこまで運んでくれ。」
「弟…?え、ドラケン君の…!?」
「ああ、私の大事な弟だ。君に任せる。」
「は、はい!」
金髪くんに弟を背負わせて救急車を呼んでから、姉は傍に落ちていた鉄パイプを無言で手に取った。
一度息を吐き、自分を照らす街頭にむかって鉄パイプを思い切り振り抜いた。甲高い鐘のような音が駐車場に響き渡り、喧嘩をしていた男たちが姉に注目する。
真上から降り注ぐ街灯の明かりが姉の顔に影を濃く写していた。
「で、私の弟を刺したのは誰だ。」
姉は出来るだけカッコよくフードをとった。もちろん雨の日でも髪をなびかせるのは忘れない。
「龍宮寺堅を刺したのは誰だ?」
姉はもう一度問うた。
「き、キラー…?」
「キラーだ…。」
「いやでもドラケン君のこと弟って。」
「でもあれ、ドラゴンの首飾り!」
「…え、うそキラーって!!」
ざわざわと騒がしい男たちは弟を刺した人間を教えないため姉はもう全部やっちゃえと思った。姉は弟の生命力の強さと自分の応急処置の腕を信じているが、それとこれとはまた別である。
取り敢えず鉄パイプを捨てて近くにいた白服を殴り飛ばした。2mほど飛んで行った男に、一瞬音をなくした駐車場。
「ぼくたちドラケン君の仲間です!!!」
東卍の1人が殴り飛ばされるのが嫌すぎて声を上げた。白服はずるいと思った。白服達の二択は半間の地獄か姉の地獄しかなかった。まさにデッドオアダイである。
姉は頷き分かったと一言。
「私服のヤツらは?」
私服であった三ツ谷とマイキー、そして半間に視線を移していく姉に三ツ谷は元気よく手を上げてドラケンの友達ですと答えた。そして主張しないマイキーもドラケンの友達だと教えてくれた。
三ツ谷は白の仲間か黒の仲間か分からない格好をしていたから主張しなければもちろん姉に殴り飛ばされていた。
「じゃあ白服は全部潰していいな?」
「…好きに暴れていいよ、ケンチンのねーちゃん。」
問いかけに答えたマイキーに目を移すと、どこかで見たような猫顔をしていたが弟の友達だからだろうと姉は結論付けた。その、どこかで見た猫顔の男は好きな女にアピールするためびしょ濡れで走っている最中である。
暴れていい許可を得た姉は嬉々として白服の男たちを殴り飛ばし、蹴り飛ばし、雨に濡れながら戦うのもカッコイイなと思っていた。
ひとしきり暴れて動ける白服がほぼ居なくなった頃、白服を率いていたらしい半間がマイキー…というより東卍に宣戦布告して帰って行ったことで今回の喧嘩は終わりを告げた。
東卍と姉はさてドラケンの所に急ごうとバイクに乗り込もうとしていると濡れ鼠のような真一郎が1本のビニール傘を持って滑り込んできた。
「は!?おまっ、なんで!!え、龍!?」
「シンイチロー君!」
「え!?圭介?マジでお前ら何してんの!?」
「ん?喧嘩。」
「え、龍は??」
「ああ、喧嘩。」
「え??」
「悪い、ちょっと弟が刺されたから病院行ってくる。今日は楽しかった。」
「え????」
訳が分からないとありありと顔に書いてある真一郎を置いて東卍はバイクに跨り排気音を奏でながら次々と病院に向かっていく。
姉はびしょ濡れの真一郎にハンカチだけ渡し、マイキーの後ろに乗せてもらって病院に向かった。静寂の訪れた駐車場に残ったのは姉に殴り飛ばされた白服の男たちと訳もわからず置いていかれ涙を流す真一郎だけだった。
「ケンチンのねーちゃんがキラーだったんだ。」
弟が入院している病室に集まる東卍メンバーと姉は雑談に花を咲かせていた。
「姉貴テメー前不良狩りしてる女知ってるか聞いた時違ぇっつったじゃねーか。」
「私は不良狩りはしてない。話し合いをしていた。」
「話し合いが物理すぎんだろ人間なら言葉で伝えろ。」
「IQが20違うと話が通じないらしい。やはり人間、語り合うなら拳に限る。」
「そりゃ人間じゃなくてゴリラの語り合いだワ。」
「ケンチンもなんでこんなおもしれーねーちゃんのこと黙ってたんだよ。」
「お前らが揃ったら面倒だからに決まってんだろ!」
弟が少し声を張った。
傷口に響いて背中を丸めているので姉はその背中をヨシヨシしてあげた。弟はこういう姉の姉っぽいところがわりと好きだが癪なので本人にそれを伝えたことは無かった。
「なんだぁ?つまりオレのダチの恩人はドラケンのねーちゃんってことか?」
「んで、ドラケンのねーちゃんがシンイチロー君のすきぶっ!」
パーちんに続き言ってはいけないことを言おうとした一虎の口を場地が塞いだ。普段中学を留年するほど馬鹿な場地だが真一郎に憧れていたのでそういう所はちゃんとしていた。
「へーシンイチローがエマに相談してる好きな相手ってケンチンのねーちゃんのことだったんだ。」
しかし唯我独尊男は憧れの人間に対しても容赦無かった。
その場にいた東卍メンバーが口をあんぐり開けてマイキーを見るが本人は素知らぬ顔である。
これはマイキーと姉に関わりがないと思っていた真一郎の口止めの甘さが招いた悲しい悲劇だった。
「ねーちゃんはシンイチローのこと好き?」
「人としては。」
そして姉もわりと容赦がなかった。
見舞いのためにたまたま病室に入ろうとしていた真一郎は扉の外で崩れ落ち、アパレル店員とプロレスラー、そして口説き文句を封殺され理不尽な文句を受けた男は揃って涙を流すほど爆笑した。
普通にうるさかったため看護師に注意された。