【12年後のもしもの話】
「修二。」
姉が愛おしそうに呼ぶその名前に弟は鳥肌がたつ。またそれに応える愛おしそうな声にペヤングが逆流しそうにもなる。
何がどうとち狂ったのか、己の大好きな姉と自分が嫌う人間の懐刀がいつの間にか付き合い初めてラブラブになっていた弟の気持ちを答えよ。
A、最悪。
家の外ではわりとドライな関係の癖して家の中ではラブラブイチャイチャで姉がキッチンに立っている時は半間が後ろに張り付き、テレビを見る時は姉が半間の足の間に座る。アーンも日常茶飯事。ピアスは絶対1つ買ってそれを片耳ずつにシェア。キスはギリギリ見たことないがよく抱き合ってるのは見る。弟は1度キス現場を見そうになって胸焼けで倒れそうになったことがあった。身内のイチャイチャを見るほど嘆かわしいものはない。
姉に拾われたまま未だ飼われた状態の数人も弟にアレどうにかしろと目で訴えてくる。ウルセェこっちがどーにかして欲しいワ。
なによりタチが悪いことに2人が割とお似合いなのだ。
女にしては高い身長に仕事用のピンヒールを穿いてキャリアウーマンスタイルの姉と、元々高い身長とスタイルの良さにストライプのスーツを着た知的モードの半間は社内やオフィス街を歩いていると注目の的になるくらいお似合いだ。一見すると社長と秘書のようだが醸し出す雰囲気に色気が混じり道行く人が振り返る。そんな仕事中の2人を事故で見てしまったタケミっちは顔を真っ赤にして手で顔を覆った。弟は毎日顔を青くして天を仰いでいる。
そしてとうとう耐えられなくなった弟は癪だが稀咲にアレをどうにかしろと頼んだ。するとバカだった弟は稀咲の口車にのせられて気付けば自分でどうにかすることになっていた。弟は成人しても頭は成長しなかった。
「あ゛〜………ナァ、…。」
「なに?」
「その……それ………それさァ…、」
「どれ。」
「オレたちのさァ…、あの、前で…さァ……、」
頑張る弟を、ペットたちが昔皆でカラオケ大会をした時に買ったマラカスとタンバリンをシャンシャンして応援する。
「い、……………イチャイチャ…すンの、やめねぇ…?」
蚊の鳴くような声で目を泳がせながら言う弟に、姉と半間は目を合わせて同時に首をかしげ、同時に弟を見た。
シャンシャンが勢いを増す。
「イチャイチャ…?」
「どこがだよ、ダリィ〜。」
「無意識かよタチ悪ぃ…。」
弟はそう言い残して仰向けに倒れ込んだ。
同時にシャーーーーン!!!とタンバリンが決まった。
「それなら稀咲と修二の方がイチャイチャしてるぞ。」
「してねぇ〜。」
「仕事中ずっと引っ付いてる。」
「は〜?オマエといる時間のがなげぇーわ。」
「そうか…?」
「そーいうとこだよ!!!!」
弟が五体投地したまま叫んだ。
会話中ずっとお互いの手を握ったり頬に手を添えたり髪を触りあったりする2人に我慢ならなくなったのだ。
喧嘩をしていると人との物理的な距離感が分からなくなりそれがバグったまま同じように距離感がバグった人間と付き合うことでこの地獄が生まれたのだ。
弟は心底過去に戻って2人が付き合わない未来を探したくなった。
【12年後のもしものお仕事の話】
姉は有言実行で、1代で大きな会社を設立した。そこには役員として稀咲や半間も勤めているし、他にも見知った顔が幾つかある。就職先が見つからない半グレ集団なんかも姉が調教して採用しているので気付けば縦の繋がりがある子が入っていたりするのだ。姉は社内でドS調教師と呼ばれている。
そのため社長室は金曜日になると知り合いやかつて姉などに憧れた元不良たちでいっぱいになってしまう。それに稀咲が邪魔だと怒って半間が笑う。大人になっても関係性が変わらない2人に、姉は1ヶ月に1度ビルの最上階からニャン〇ゅうのような声で好きーーーーー!と叫ぶようになった。会社を立ち上げた当初は1週間に1度やっていた。それは設立したばかりの会社の七不思議になった。
そんな姉に比べ弟はペットショップ勤務である。経営ではないことには理由がある。弟は信じられないほどのバカなので天才である姉から経営は無理だやめろと再三言われ続けたからだ。
お店をたちあげるための銀行への融資の資料、取引先とのやり取り、発注などの数字を使う仕事、大金を扱ううえにカード端末などの操作、そして何より確定申告。姉は現実を弟に突きつけたが弟はバカなのでほぼ理解出来なかった。
しかし頑固な弟を説得することができなかった姉は千冬が店長をするならペットショップ経営を許すと言った。本来なら恐れ多いと断る千冬も弟の頭の出来をよく知っているので了承した。姉は千冬に経営というものを叩き込んだ。そこに何故か弟ではなく千冬が拾ってきた一虎が加わり3人で仲良くやっているらしい。
姉はたまに経営のアドバイスをしながら微笑ましく眺めるのが日々の癒しになりつつあった。
そんな姉、今日はオーダーメイドのジャケットの採寸に来ていた。場所はもちろん三ツ谷のアトリエ。
いいモノと培われた技術には金を出すがモットーの姉は三ツ谷にとっての太客であった。それに知り合いの社長などを紹介して貰えるため絶対に逃せない客なのだ。
「はやかったな場地姉。」
「稀咲に仕事押し付けてきたからな。」
「仕事しろ社長。」
「ワンコも連れてきた。」
「仕事しろ社長ども。」
「オレが言ってこの女が聞くと思うか。」
「…ごめん大寿君。」
ほぼサイズが変わらなかったため採寸は早々に終わり大寿の店で選んだスイーツを三ツ谷に渡し、次はタケミっちが店長を務めるDVDショップで三ツ谷と同じようにお土産を渡し幾つかDVDを借りる。最後にドラケンの営むバイクショップに行き働いていた2人に挨拶してまたお土産を渡した。
そこでやっとワンコとわかれ自分の会社へ帰る。
社長室に入るとそこには応接用の高級なソファに座って青筋を立てている稀咲と、ソファの背もたれに肘をついて笑っている半間がいた。いやん、ちゅき♡何年一緒にいても姉は二人の関係に沼っていた。
「テメェオレに仕事押し付けて今まで何してた…?」
「気が短いな稀咲。ワンコの店でスイーツ買ってきたから糖分摂るといい。」
「…………ハァ〜〜。」
「お疲れか。多めに買ってきたから2つ食べるか?DVDも借りてきたぞ。ピュアピュアな恋愛もの、好きだろ?サメとゾンビ映画も借りてきた。」
「だからCG感しかないB級ものは借りてくんなって言っただろうが!!あ゛〜……もう、いい。」
稀咲が綺麗にセットされた頭を自分でぐしゃぐしゃにして項垂れた。
「ばはっ!」
「笑うな半間。ハァー…何でコイツはこれで仕事が出来るんだ…。」
「天才だからだろ〜。」
「天才と馬鹿は本当に紙一重だな。弟の方がまだ扱いやすい…。馬鹿で仕事が出来なきゃさっさと社長の座なんざ引きずり下ろすのによォ…。」
呑気に小皿とフォークと飲み物を用意する姉を見て、稀咲は過去に戻って就活をやり直したくなった。
ちなみに姉、未だにコーヒーが飲めなかった。