六波羅単代と梵がタケミっちを巡り対峙する。
タケミっちが佐野万次郎をぶっ飛ばしたいと宣言したところで依然一触即発。誰かが少しでも音を立てればその瞬間抗争が始まるのは確実である。
そんな空気の中、タケミっちの背後に影がさした。
「風邪ひくぞ、タケミっち、ガチャ○ン。」
「え…?だ、誰…?」
「女の顔は彼女以外全員同じか?」
「……あ!!?場地さん!!?」
緊張した空気を霧散させたのは場地姉だった。後ろには長身の男、半間が控えて姉が濡れないように傘を1本傾けている。
「?…タケミっちお前…。」
「おい待て。」
ドラケンから待ったがかかった。
「タケミっちと何だって?」
「ガチャ○ン。」
「誰が。」
姉はドラケンを指さしながら言った。
「ガチャ○ン。」
稀咲の道徳を育てるためにガチャ○ンとムッ○の動画を見せている時に弟と半間がドラケンの話をしていたため姉の頭の中でドラケンとガチャ○ンがごっちゃになってしまった結果だった。不幸中の幸いはムッ○の方とごっちゃにならなかったことだろうか。
ドラケンはコメカミに青筋を立てたが伊達にわがまま放題だったマイキーのお世話はしていない。深く息を吐いて怒りと拳を収めた。
「お〜スゲ、三天だぜ。遊んでくかぁ?」
「丸天とかごぼう天てきなアレか。おでん食べたくなってきたな。」
「あ〜オレ大根とたまご。」
「私はロールキャベツ。」
「もう全種類買えばよくね?」
突然乱入したイカれたマイペース2人組にドラケンはまた青筋を立てタケミっちは顔を青くした。姉は自分の雰囲気以外には無頓着だった。
そんな空気の中梵の明石武臣が一歩前に出た。
「元アンノウン総長…場地梓か。名前のない怪物とまで恐れられた女、既に引退してるものだと思っていたが…こんなところでお目にかかれるとはな。」
引退も何も、そもそもチームを作っていないのだからおかしな話だと姉は首を傾げた。タコのようなシルエットをしていたその男は心の中でタコちゃんと名付けられた。
「チームを作ったことはない。」
「は…?」
「チームを作った覚えはないが解散はさせた。」
事実ではあるが聞いた方からすると言い分がめちゃくちゃである。
「ちょっとボスゥ〜オレたちのことは遊びだったワケ?」
「あの夜の熱い集会忘れたのボスゥ〜!」
「気色悪ぃ言い方ヤメロ灰谷兄弟。」
口元に緩く握った手を持ってきてぶりっ子ポーズをしながら姉に絡み出した灰谷兄弟を押しのけ、六波羅単代の総代が彼女の前に立ち塞がった。
「強ぇのか、テメェ。」
「おいサウス!!女だぞ何する気だ!!!」
ガチャ○ンが声を上げる。
半間よりも長身でガタイのいいその男の顔を見上げる姉と、そういう威嚇の習性を持った動物が如く目を極限まで開き姉を見下ろす男。
姉が僅かに口を開いたのと同時にサウスが拳を振り上げる。
「ヴイィィヴォ!!!!」
「やめろ!!!」
止めに入ろうとするガチャ○ン。
止まらないサウスの拳。
「ヒョッ。」
しかしその拳が姉に届くよりも先に、サウスが素っ頓狂な声を出して地面に蹲った。
股間を両手で抑えながら。
「首が痛い。」
もちろん犯人は姉である。半間と灰谷兄弟は爆笑し、タケミっちとガチャ○ンとこけし君は顔を真っ青にして手で顔を覆った。彼女の膝は幼い頃から男の敵だった。
「いやそれは反則だろ…。」
傍観に徹していた梵のガタイのいい男がポツリと零した声は遠くから響いてきたサイレンの音に掻き消された。
それぞれのチームが逃げ惑う中、姉と半間は呑気に歩いてコンビニに向かった。時期じゃないためおでんは売っていなかったから2人で肉まんとピザまんを買った。帰ってから夕食前の間食がバレて大寿に怒られた。
それから数日後、タケミっちは姉に連れられある場所にやって来ていた。
彼の目の前に広がるのは庭付きの大きい一軒家。屋根のある駐車場にはどこかで見た事のある複数台のバイクが停まっている。
「あの、ここって…?」
「私の家だ。未来から戻ってきたんだろう。おいで、情報交換をしよう。」
「え!?わ、ちょ、おっお邪魔します!」
長い廊下を抜けて案内されたリビングの光景をみたタケミっちは即座にUターンしたくなった。
ソファに座る大寿とローテーブルに寄りかかりテレビをみるイザナ、そしてその傍には先日敵対チームにいた灰谷兄弟。まるで不良の巣窟のような場所である。
リビングの入口で立ち止まりその恐ろしい場所に入るか入らないか迷っていたタケミっちの後ろから声がかかった。
「タケミチ?」
「か、カクちゃん!?なんでここに…!」
「泊まりにきた。」
「え!?」
「こけし君はよく泊まりに来るぞ。家に住むように言ってもなかなか頷かないから。そこのグッドルッキングガイは遊びに来ただけの置物とでも思ってくれ。」
姉がキッチンで飲み物の準備をしながら補足した。
「置物の存在デカすぎません!?ていうか、え…だってカクちゃん六波羅に…!!」
六波羅単代にいたこけし君と、いなかったイザナを交互に見るタケミっち。そんな彼の視線が鬱陶しいというように顔を歪めたイザナは鼻で笑って言った。
「下僕があんな凪に負けるのが悪い。」
「イザナにはサウスに勝ってからチーム抜けてこいって言われてんだ。」
「え!?負けた…?カクちゃんが!?」
「S62世代はみんな負けた。イザナ以外。」
タケミっちの横をすり抜けて平然とリビングに入ってきたのは元東卍の伍番隊隊長であるムーチョだった。コンビニにでも行って来たのか小さいビニール袋を提げている。
「ムーチョ君!!??」
「イザナはそもそもサウスに会ってもねぇけどな。」
「え、ちょ、場地さん!!」
次々出てくる予想外の人物達にタケミっちは首が取れる勢いで姉に振り返った。
「プッチョは拾った。」
「誰ですかそれ!?」
飲み物の準備が終わりトレーを持った姉は平然と答えてからまだ混乱から抜けきれていないタケミっちを連れ空いている狭い客間に向かった。ちなみに姉はたまたまムーチョが弟に貰ったプッチョを食べているところを見て、プッチョが好きなのだと思っていた。
少し窮屈な1人がけのソファにそれぞれが向き合って座ると同時に、姉のカッコイイモードがオンになった。つまり雰囲気作りに頭の9割が持っていかれてほぼ何も考えていないモードと同義である。あれから2年経ってもポンコツは治っていなかった。
「さて…未来で見たこと、過去に来て起こったことを教えてくれ。」
「分かりました。」
・
・
・
「……なるほど。それで違うチームに。」
「…はい。」
足を組んで優雅にコップを傾けながら、姉はこれからどうしようか考えていた。少ししかタケミっちの話を聞いていなくても大体の全容は掴めた、天才故に。その上で全面的に彼に協力した方がカッコイイか、影から協力した方がカッコイイか悩んだ。姉は数年前も同じようなことで悩んでいた。歴史は繰り返す。
「…マイキー君が言ってました。黒い衝動を抑えていたのは多分マイキー君のお兄さんと、エマちゃん、そして場地君だって。マイキー君が守った未来にはエマちゃんも場地君も居ました…なのに。」
「圭介に聞いた、あの子は自らの意思で東卍から離れていったと。」
「……はい。」
「あの子は聡すぎた。きっと誰よりも自分の未来と彼らの未来を見据えていた。自分にとっての良くない未来に仲間を巻き込みたくなかったんだろう。」
などと珍しく語っている姉だが、思考の傍らで自分にも黒い衝動のような何かしらの格好いい名前のバフが欲しいと思っていた。彼女はゲームも嗜んでいた。
「まあ、何をするにしてもまずは情報だ。」
「はい!でもオレ梵以外のチームのことよく知らなくて…。」
「私も不良に詳しい訳じゃないからアドバイスはできないが…情報収集が得意な奴なら貸せるぞ。ただ喧嘩は弱いからそれに関しては私かガチャ○ンを頼った方がいい。」
喧嘩が弱くて情報収集が得意。タケミっちの頭の中には山岸が浮かび上がった。しかし山岸は姉と対面すると赤面して腰を抜かし会話することも出来なかったはずだと頭の隅に追いやった。では他に誰かいただろうかと知り合いの顔を順に思い出していた時だった。
「丁度帰ってきたな。」
「え?帰ってきた?」
2つの足音が廊下を通り過ぎた後、静かになったかと思えばリビング方面から慌ただしく騒がしい足音。乱雑に客間がノックされ姉の返事を聞く前に壊れるくらいの勢いでドアが開いた。
「おい!!!」
「え…!!?稀咲!?」
鬼の形相で入口付近に立ち尽くすその男に呑気におかえりと挨拶する姉。稀咲の後ろからひょっこり顔を出した半間だけがただいまと返した。
「美白の稀咲は初めて見るか?」
「いやそうじゃなくて!!??え、まさか稀咲に頼むんですか…!?」
「黒い稀咲じゃないとダメか?」
「いやそうじゃなくて!!??」
「今から黒く塗ろうか?」
「塗るな。…じゃねぇ。なんでタケミっちがここに居る。」
「丁度いいな、稀咲に話がある。半間は席を外せ。」
「はぁ〜い。タケミっちと仲良くしろよ稀咲ぃ〜。」
未だ立ち尽くす稀咲を置いて部屋を出ていった半間。美白の稀咲は怒りで顔を赤くしながら、無言で空いているシングルベッドのヘリに腰掛けた。姉の思考と会話の剛速球は神童でもキャッチ出来ないことを、この2年で稀咲は身をもって体感していた。
「…で?」
片眉を吊り上げながら稀咲が切り出した。
「タケミっちが東京を仕切っているチームの情報が欲しいと言っている。急ぎだ。」
「え、ちょ、場地さん!本当に稀咲に頼むんですか!?」
「フン!テメェ未来のタケミっちか。一人じゃなにも出来ねぇから困ってんだろ。」
「うぐっ…!」
2年前の姉が見守る喧嘩中にタケミっちが未来のことを漏らし、既に稀咲はタイムリープを知る1人だった。
睨み合う二人を見ながら、まるでハムスターが喧嘩しているみたいだと姉は思った。
「そもそもタイムリープのことを知っているのはごく一部だろう。巻き込めないヒナちゃん、巻き込みたくない千冬、既にチームに入っていて上手く身動きが取れないガチャ○ン。」
「まて誰だガチャ○ン。」
「……ドラケン君だよ。」
稀咲は片手で頭を抱え息を深く吐き出した。ちょっと面白いと思ってしまった自分が許せなかったのだ。
そんな稀咲をみて姉は悩み事かなかわゆ〜♡と思っていた。姉は黒くても白くても稀咲のことを可愛がっていた。
「他に選択肢は無いだろう、タケミっち。」
「でも…オレはまだ稀咲を信用できません。」
「稀咲は信用しなくていい。お前はただ私を信じていればそれでいい。」
しかし可愛がっている割にはボロクソである。姉は変なところで淡白だった。
「稀咲が持ち帰った情報を私が精査してタケミっちに知らせる。そうすれば騙されることもないし嘘を教えられる心配もない。そして私はその情報でいつでも動ける。」
「なるほど…!」
「なるほどじゃねぇ。」
本人の目の前でボロクソである。かつてタケミっちを罠にかけた実績がある稀咲は事実を言われようと傷つかないが単純になんとなくムカついた。
「決まりだな。」
「まだオレは了承してねぇぞ勝手に決めるな。」
「タケミっちも何かあれば連絡してくれ。」
「分かりました!ありがとうございます!」
「分かるな、おい、人の話を聞け。」
姉は基本人の話を9割聞かなかった。
この話し合いでは結局大々的に協力するか影から協力するか決まらなかったが、稀咲を犠牲にすることで表に出るも出ないも自由な立場を手に入れた姉は格好良くカップを傾けた。姉は家でも雰囲気を大事にしていた。
そして白い稀咲はこの苛立ちを弟に向けた。課題を教えて貰っていた弟は何故かいつもよりもスパルタな家庭教師変わりの稀咲の犠牲になって知恵熱を出して大寿に看病された。イザナには笑われた。
7月7日、七夕の日。姉は記念日やイベントにそこまで頓着しない方であるがその日は珍しく浮かれていた。何故なら、今日の夕飯がすき焼きだからである。姉は割と食い意地が張っていた。
午後から半間と遊園地に出かける予定があった姉は普段履かない動きやすいパンツスタイルにしてすき焼きを美味しく頂くために遊園地で遊びまくる算段を立てていた。帰り道にあるケーキ屋の場所も頭に入っていて準備万端である。
「イチャイチャしすぎて晩メシに遅れんなよ。」
「? 分かった。帰りにケーキ買ってくる。」
「オレモンブラン。」
「プッチョとワンコは。」
「…ショートケーキ。」
「いちごタルト。」
ちなみにプッチョがショートケーキでワンコがいちごタルトだ。姉はこの2人のことをいちご大好き兄弟と呼んでいた。
ポンコツだが、情報収集に出ている稀咲と馬鹿すぎて補習の弟を除き大事な家族のケーキの要望はしっかり覚えた姉。既に玄関の外で待っている半間の元に急いだ。
「行くか、半間。」
「はぁーい。」
姉は短くなった髪の変わりに羽織っていた上着を靡かせ、抗争に行くような表情で遊園地に向かった。
それから思う存分遊び倒し遊園地がネオンに光り輝き出した頃、姉の携帯に1本の電話がかかってきた。名前表示は白い稀咲だ。
「どうした。」
「お前まだ遊園地か。」
「今1人で観覧車だ。」
「要らねぇ情報を寄越すなせめて半間と乗れ。」
「はぐれて雨が降り出したから近くにあった観覧車に乗った。半間は下で待ってる。」
「1人で乗るな乗れなかった半間が可哀想だろうが。もういい。いいか、その遊園地に居るはずのタケミっちを探せ。恐らく梵の瓦城千咒と一緒だ。」
電話口でもわかる少し焦ったような稀咲。姉はきゃ〜珍しいかわゆ〜♡と内心大はしゃぎだ。
「タケミっちとメンダコちゃんか。」
「メン……………。」
稀咲は頭の中に浮かんだメンダコと瓦城千咒を無意識に並べてしまい、確かに似ているという感想が浮かんだがそれを頭の奥に押し込んでメンダコという言葉を聞かなかったことにして平然と話を続ける。
「六波羅単代の下っ端が銃の取引をしていたのを確認した。狙いはタケミっちだ。いいか、遊ばずにさっさとタケミっちを探せ。遊ぶなよ。」
稀咲は大事なことなので2度言った。彼は神童ゆえに姉の生態をよく把握していた。
「分かった。すき焼きまでには帰る。」
「無駄なすき焼きへの執念やめろ。」
姉は誰もいないゴンドラ内で眉毛をキリッとさせた。
それからたっぷり10分ほど、銃を持った不良との喧嘩に備え格好よく夜景を見下ろした姉は半間と合流し事情を説明した。
「とりあえず放送でタケミっちを呼び出してもらう。」
「放送したらソイツらにも居場所バレんだろ。雨だしレストラン探させば見つかるんじゃね。」
「銃で闇討ちしようとする程度の臆病者だ。レストランだと人が多いから震える手で標準も合わせず撃てば違う人に被害が及ぶ。わざと情報を漏らせばそいつらもきっと現れる…タケミっちは私が守ればいい。」
そう、姉は本来天才だった。珍しく天才である部分が大活躍していた。何故なら今日はすき焼きだから。早く帰らなければ食欲旺盛な同居人たちに肉を食い尽くされてしまうのだ。
「…ここだ。このトイレ付近に呼び出してもらうよう頼んで来てくれ。」
「駐車場とかじゃねーの?」
「雨で帰る人間が多いから巻き込む可能性がある。外のトイレなら今利用する客はそういない。頼んだ。」
姉は効率よく遊園地をまわるために持っていたパンフレットを半間に渡し、自分は目的のトイレに向かおうとしたその時。雨の音に紛れて響く微かな銃声。
「遅かったか…先に行く。」
邪魔な傘をたたんで鞄と一緒に半間に渡した姉はヒールであることも気にせず走り出した。
そして、走った先に見えたのは倒れ行く弟とガチャ○ンの姿。傍らにはタケミっちと瓦城千咒。姉は天才故にすぐに2人がタケミっちを庇って撃たれたのだと理解した。
咄嗟に着ていた上着を真っ二つに破りそれで自分は弟の傷口をタケミっちにはガチャ○ンの傷口を圧迫止血させる。姉はモッチーから密かにゴリラと思われるほど力が強かった。
ガチャ○ンと話すタケミっちがしっかり止血できているか目視で確認して、弟に視線を移す。
「稀咲の話を盗み聞いたな、圭介。……なんで来た。」
「、ア゛?…バイク。」
弟は奇跡的な馬鹿だった。文脈から姉の言いたいことを理解できないほどに。「何故ここに来た」を「どうやって来た」と勘違いする人間は天然記念物ものである。
やり取りを聞いてしまったガチャ○ンは笑いを我慢できず、腹に衝撃がきて痛みで気を失った。1人シリアスをしているタケミっちは必死にガチャ○ンを呼ぶ。
「大丈夫、ガチャ○ンは気絶しただけだ。」
「…誰、だよ、…ガチャ○ン…。」
「場地くん…。ドラケン君のことです。」
次は弟が笑いを耐えきれず、腹の痛みで気絶した。ガチャ○ンに前髪と辮髪があるところを想像してしまい耐えられなかったのだ。遅れてやってきた半間は「え、死んだ?」と無意識に声を漏らした。
その後瓦城千咒が呼んだ救急車に乗せられた2人をその場で見送り、イザナにエマちゃんを連れて病院に行くように連絡した。姉は未だにケーキもすき焼きも諦めていなかったため救急車には乗り込まなかったのだ。彼女は弟の生命力を信じて疑わなかった。
「タケミっち、どうする病院に行くか?」
「………え?あ、…はい、何でしたっけ。」
「花垣…。」
「ばはっ!イカれてんじゃんタケミっち。」
「殴るか。」
「人の心が無いのかオマエら!?」
姉は脳筋だった。
しかし殴る前に止められ放心状態のまま動かないタケミっちを置いていく程薄情ではないため、姉はケーキを諦めることにした。ワンコにその旨をメールで伝えると、ケーキの前に病院に行けと返事がきた。それにすき焼き食べてから行くと返した。ケーキは諦めたがすき焼きだけは諦めていなかった。
「血を洗ってくるから半間はタケミっちについててやれ。」
「ハァ〜イ。」
すき焼きのため念入りに爪の間まで綺麗にしてトイレを出た姉の目に飛び込んできたのは、何故かボロボロになってそこら中に倒れている不良たちだった。そのほとんどが動けない状態のようで、ある一点を見つめている。マイキーと六波羅単代の総代、サウスの喧嘩である。傍らには瓦城千咒もいる。
「おー、おかえりぃ。なんか抗争始まったぜ。今梵の首領がやられたトコ。」
「そうか。…あれは、ゼウスだったか?」
「サウス神になってんじゃん。」
姉はサウスをサウスポーのゼウスの略だと思っていた。ここ最近は長めに天才部分が露出したため反動でポンコツ部分も大盤振る舞いである。
「マイキーも居るな。」
居なくなった彼をエマちゃんが心配して探そうとしていたことをイザナから聞いていた姉はマイキーをボコボコにしてエマちゃんの前に連れていくことにした。女の子にはグラブジャムン程度に甘いのだ。
しかし男同士のタイマンに許可なく入り込むほど無遠慮では無い姉。しばらく喧嘩を眺めていたが、満身創痍になったサウスを庇うように立ふさがるタケミっちがマイキーに腕を折られたのを見て最近の喧嘩は物騒だなと呑気に思いながらもようやく行動を起こす。
「プッチョに車を頼んでくれ。怪我人が出そうだ。」
半間にそれだけ伝え、タケミっちと同じようにマイキーの前に立ち塞がった。姉にはサウスが必死に威嚇するレッサーパンダのように見えていた。まだサウスに殴りかかりそうなマイキーに、動物好きな彼女はこれを見過ごせなかったのだ。
姉とマイキーが静かに対峙する中、動けなくなっていたサウスがとうとう倒れた。タケミっちが折れた腕を抱えながらサウスに近寄る。辛うじて息はしているらしい。
「何、オマエから死にてぇの?」
「勝敗は既についた。これ以上は無意味だ。」
タケミっち曰く「黒い衝動」というものにのまれたマイキーが殺気を放つ。が、流石の姉である。そんなもの意に介さない。そんなことよりマイキーをさっさとエマちゃんに送り届けてすき焼きを食べたいからだ。今の彼女にとって食に勝るものはない。
「ゼウスはもう動けない。勝者が敗者にこれ以上手を出すなら、それはもう弱いものいじめでしかない。」
黒ワンコ、もとい九井一は「サウスを神にすんな!」と心でツッコミを入れながら全員に解散するよう声を上げる。彼は仕事ができる男だった。
しかし今のマイキーはそれで止まるほど理性が残っていなかった。問答無用で襲い来る右脚を腕で受け止めた姉。かなり痛かったしなんならその衝撃でヒールが折れて勢いを殺しきれず地面を転がった。だが姉はバイクで突っ込んできたバットを頭に受けて傷一つ負わなかった過去を持つ超合金レベルの肉体を持つ女である。地面に擦ったところで擦り傷すら出来ないし、常人が受ければ骨折しかねないマイキーの蹴りを痣すら作らず受け止められるのだ。
そんなフルスイングバット無傷伝説を持っているのだがその事実は姉本人しか知らないからか、周囲はあの元アンノウン総長が一蹴りで倒れたと騒然としている。
「場地さん…!?」
姉の名を悲痛に呼ぶタケミっち。しかし当の本人は座り込んだまま動かない。
何故ならお腹が空いているから。
すき焼きのために張り切りすぎたのだ。張り切って家を出て、張り切って遊び、張り切ってエマちゃんのためにマイキーをボコボコにしようとした姉は、今めちゃくちゃお腹がすいていた。
天才であるが故普段は理性的な彼女だがお腹がすいている今、1割はあるはずの天才的な部分は雲隠れし、さらにはポンコツ部分にも含まれている理性すらどこかへ行ってしまった。そうして顔を出したのは、野生の姉である。
何なら理性がある状態で喧嘩するより、野性的に喧嘩した方が実は強い姉。さらに普段タイトスカートを履いていることが多いため殴って喧嘩をしているが本当は蹴り技の方が得意で、今日はすき焼きのためにたまたまパンツスタイルだった姉。そして極めつけは喧嘩中も関係なく履いている動きにくく踏み込みもしにくい踵の高いピンヒール、それが…折れた。つまり。
姉、覚醒。
空を見上げながら雨に打たれていた姉がおもむろに使い物にならなくなった靴を脱ぎ、ゆっくりと立ち上がった。
そして腕を折られ抵抗できないタケミっちを殴り続けるマイキーの背後からTシャツの襟元を掴み、後ろに放り投げた。もちろんマイキーがその程度では倒れることもなく、邪魔をした姉を虚空な瞳で睨み付ける。
「つまり…私が勝てばここに居る全員を好きにしていいのか?」
姉は不良独自のルールを全く理解していないが、取り敢えず勝てばどうにでもなる理論で動いていた。理性的でも野性的でも脳筋なことに変わりはなかった。
対峙していた姉とマイキーが同時に動き出す。
姉は痛いのが苦手なためひたすらマイキーの拳をいなし、蹴りを避け、強烈な攻撃を喰らわないよう上手く立ち回る。過去、彼女は片耳にピアスを開けた時痛すぎてもう片方を開けることが出来ずに今に至る程度には痛みが苦手なのだ。ちなみに姉が痛いのが苦手な原因は身体が超合金すぎて普段小さな怪我すらしないからである。過去のイザナとの喧嘩の後に強くなるための筋トレをして身に付けた超合金肉体がそういう弊害を産むとはさすがの姉も予想出来なかったのだ。
「場地梓、どうして反撃しねぇんだ…。」
「…マイキーが場地圭介と親しいから…か。」
などと話している今牛若狭と荒師慶三だが、姉はただ足に感じる地面と雨の感覚を楽しんでいるだけである。裸足で水たまりのある地面を歩くのは幼少期以来で、思いのほか楽しすぎてすき焼きが占めていた割合が水たまりと半々になってしまうほどだ。
そんな姉が反撃に転じたのは存分に水たまりを堪能した後だった。本気の姉の蹴りをガードしながらももろに受けたマイキーが膝を着く。しかしもちろんその程度では終わらず、2人の喧嘩はデッドヒートしていく。
周りから見ればその喧嘩はゴ〇ラvsキング〇ングレベルの怪獣大戦争である。お腹が空いていてカッコ良さを気にしていられない姉はひたすらに強かった。それでも拮抗した強さを持つ2人には着実に傷が増えていく。その時。
「マイキーのバカーーーー!!」
2人の動きが同時に止まった。
場を停止させたその声は半間が持つ携帯から聞こえた。声の主はマイキーがよく知る人物だ。
「……エマ。」
「バカ!バカ!マイキーが居なくなっ…、」
ブツリ。
「ワリ、充電切れ。」
黒い衝動を止められるはずだった唯一の希望が突然切れた。周囲は口を開けて呆然とした。声だけでマイキーが止まったかと思えばその声の主が10秒ほどで退場してしまったからだ。
充電切れの原因は姉が自由奔放すぎて遊園地内で直ぐに半間とはぐれるのでほぼ半日中電話しかしていなかったからである。そのため姉の携帯も既に充電切れをおこしている。電話の向こうではイザナの携帯を借りて電話を掛けていたエマちゃんが理不尽に携帯の持ち主へ「ニィの馬鹿!」と怒りを発散させていた。
霧散していたはずの殺伐とした空気が戻りつつあるこの場で、瓦城千咒が土下座をして梵解散を約束することでこの抗争は終わりを告げた。
エマちゃんとの約束は守れなかったがこれですき焼きが食べられるからと姉は大人しく去っていくマイキーを見送った。
「半間!」
「サウス…!?」
解散しつつある不良達の合間を縫って突っ込んできた車から、呼び出しを受けたプッチョと受けていないはずの稀咲が出てきた。
姉の体の痛みは半間と稀咲が揃った興奮でどこかへ飛んで行った。
「なんで稀咲いんの?」
「アイツが遊んでないかの確認だ。案の定水溜まりで遊んでんじゃねェか。」
「場地姉…テメェ加減できるキング〇ングだと思ってたが…こんなになるまでやったのか、サウスを。」
プッチョは完全なる大ハズレだが稀咲は割と当たっていた。
「濡れ衣すぎじゃね、オモロ。それやったのマイキーな。」
「マイキーが…?」
「話はあとだ。プッチョ、タケミっちとゼウスを病院に連れていってくれ。」
「サウスを神にすんな。」
「この車じゃ2人いっぺんには無理だ。」
プッチョが乗ってきた車は普通車、サウスの図体がデカすぎて寝かせて運ぶにはどちらか1人を選ぶ必要があった。
「じゃあ稀咲がタケミっちをおんぶで連れて、」
「人選可笑しいんだよ。行かねェからな、テメェで行け。」
「私はヒールが折れたから一旦家に帰る。」
「それぜってェすき焼き食いてぇだけだろ。させねぇぞ。」
稀咲大正解である。姉はすき焼きが食べたかった。口をむいっとして若干の反抗を見せる姉だが、稀咲は譲らなかった。
「オレが運ぶ。車のアテならある。」
少し焦ったように割り込んできたのは黒ワンコだった。姉は働かない頭で少し思案して口を開いた。
「背負えるのか、ゼウスを。」
「なんでだよ!!!」
「そっちじゃねぇよ!!!」
いつもよりポンコツ具合が増した姉に黒ワンコと稀咲から同時にツッコミが入った。聞いていたプッチョはドン引いているし、半間は爆笑している。
黒ワンコはこれ以上の会話に生産性がないと感じたのか「もういい連れてくからな。」と言ってタケミっちを背負い、早々にその場を去ってしまった。
1人しか居なくなったのならと、姉がサウスをお姫様抱っこの形で抱え車に押し込む。見た目で言えば美女と野獣だが実際は野獣とキング〇ングである。同居人たちは平然と見ていたが周りに僅かに残っていた不良たちはその怪力にドン引いた。
「じゃあ稀咲とプッチョで病院に。私と半間は圭介からくすねたバイクのキーがあるからそれで一旦帰る。」
「……すき焼きは食べずに病院に来いよ。」
「……。」
「返事をしろ!!!!」
姉との生活を続けるうちに稀咲のツッコミスキルはEXになっていた。もちろん姉は半間とすき焼きを食べてから病院に向かい、速攻で食べたことがバレた。
とある病室。
ベッドの隣にある簡素な椅子に座り、開いた窓から吹き込む風を受けながら姉は憂い顔をしていた。いついかなる場所でも姉は雰囲気作りに余念がなかった。
「聞いているかもしれないが、ゼウスは無事だ。」
「…そうですか。…………ゼウス?」
まだ起き上がることも出来ないタケミっちが神妙な面持ちで応える。が、一度スルーしかけた知らない名前を復唱する。
「タケミっちはまず怪我を治すことに専念しろ。何か協力出来ることがあるなら連絡をくれ。」
「え、ちょ、場地さん?あのゼウスって誰ですか?」
「フルネームはなんだったかな。ティラノ・ゼウス?」
「誰それ!??」
「レッサーパンダみたいなサウスポーの。」
「情報量多いのに何一つ分からないんですけど…!」
「まあいい。取り敢えずそれだけ伝えに来ただけだ。また来る。」
「良くないです!ちょ、場地さん!?」
タケミっちの疑問は解消されないまま姉は帰って行った。
彼がゼウスの正体を知るのはほんの少し先の未来、チームの勧誘のため姉の自宅を訪れた際にそのゼウスが我が物顔でピアノを弾いているのを目撃した時である。
【to be continued…】
[newpage]
おまけ。
タケミっちが目を覚ましてから約2週間後に昏睡状態だった弟が目を覚ました。ガチャ〇ンが目を覚ましたのはさらにその1週間後だった。ちなみに姉は打撲で全治1週間と診断されて3日で治した。
起きた2人の体力がそこそこ戻り、車椅子で移動できるようになったためお見舞いに来ていた姉と3人で中庭で話していた。もちろん彼女は雰囲気を出しながら吹き抜けるそよ風に髪を靡かせている。
「なぁ姉貴。」
「ん?」
「そのピアス…まさかとは思うけどよ。」
「ああ、半間に貰った。」
「はぁ?場地姉アンタ半間と付き合ってンのか?」
「いや、付き合ってない。」
「アレでかよ!!!ヴッ!!」
「なんでピアス付けてんだよ!!!ぐっ!!!」
「貰ったから。」
貰ったから付けた。そのままの理由ではあるが2人が言いたいことはそういう事ではない。大声を出して傷に響いた彼らは腹を押え軽く蹲ったまま目を合わせた。「どうにかしろ。」「無理だよ諦めろ。」「姉貴だろ。」「無理。」目でそんな会話する二人を見て姉はお腹に風穴開けまくりコンビ仲良しだなと思った。
「アンタは何で半間がピアス渡したと思ったんだよ…。」
「要らないから。」
「いやアイツいらねーモンそっこー捨てるタイプだろ。」
「そうか?」
「つーかその半間はどこだよ。アンタらよく一緒に居るだろ。」
「さあ。そう言えば最近よくいなくなる。」
「マイキーと引き分けるゴリラがイヤになったんだろ。」
口を滑らせた弟は姉にヘッドロックを決められ看護師に怒られた。