佐野真一郎は憑いてくる



幽霊というのは基本的に怖いものだ。この世に未練があるから留まっているものが殆どだからだ。
辛い、恨めしい、悲しい、そんな負の感情が人の形をして色々な場所にとどまっている。怖くないはずがない。

しかしその固定概念は21年目にして崩れ去ることになる。


「あ、もしかしてオレのこと見えてる?」
「見えてないです。」

しまった、と思った。
普通に話しかけてくるものだから普通に返してしまったが、こういうのは基本無視しないと着いてきてしまうこともある。
今のは無かったことにして早足でその場から離れる。一旦大きい通りに出てから何もいない少し入り組んだ路地に入って息を吐き出した。


「おい路地裏は危ないぞ。」
「バッ!!?!?」

突然耳元で聞こえた声に飛び上がり、汚い地面に転がった。ドクドクと音を立てる心臓を落ち着かせようと手で胸を押さえつける。今のは確実に心臓が止まった。この害悪幽霊何してくれんだと混乱する頭で悪態をつく。声に出すと呪われそうなのでもちろん口には出さない。

「お、やっぱ見えてんな!」

しゃがみこんでまるで生きている人間のような笑顔で私に笑いかける幽霊。いや、実は生きている人間だったりする?昔透明人間になって1人孤独に生きてきた変な人だったりする?

物は試しだ。また大通りに出てガラケーを取り出す。人通りは良好、仮幽霊も着いてきてふてぶてしくも隣に並んで一緒に歩き出した。
幽霊が結構な声のトーンで話しかけてくるのを横目に信号に引っ掛かった集団に紛れ、ガラケーを耳に当てた。

「あれ、電話する?オレ黙ろうか?」
「そうですね、黙って下さい。」

少し大きめの声で幽霊に答える。
前にいたサラリーマンがこちらをチラリと見て携帯を耳に当てているのを確認していた。うるさい声が私にしか聞こえてないところを見るとやはり隣にいるのは幽霊だ。

「やっぱり黙らなくていいですよ。」

通話のフリをしたままチラリと幽霊に視線を移すとまるで子供のような笑顔を浮かべてはしゃぎ出した。

「ちょっと話したいことがあるから着いてきてください。」
「わかった!!」





錆びて1段上がるたびにうるさく鳴る階段を上がり1番端の防犯もなにもあったもんじゃない扉の鍵を開ける。内装はまだマシだが家の機能としては最低限でしかない。

「ボロいな!女の子なんだからもうちょっと良いとこに引越したほうが良くないか?」
「無神経。女にモテないタイプ。」
「うっ…!」

図星だったのか玄関で胸を抑えて蹲った幽霊。キレイな顔してるのに女性にモテずに若くして死んじゃったんだ。外傷見当たらないから病死だろうか?それともモテた事ないからこの世に未練が?デリケートな部分だから触れないでおこう。

最低限の役割を与えられたオモチャのような1人用のテーブルを挟んで座り、目の前の幽霊を上から下までじっくり眺める。そうすると何故か幽霊は顔を赤くしてモジモジとし始めた。幽霊に血色とかあるんだ。

「あなた死んでますよ。成仏してください。さようなら。」
「待て待て待て待て!!」
「なんですか?」
「まず人の話聞かないの!?」
「まあ…あなた人じゃないので。」
「オレ人型の幽霊じゃん!!」

人型の幽霊はつまり幽霊では?

「オレ佐野真一郎な!」
「はあ、はじめまして。砂の山作って猫じゃらしお供えしますね。」
「せめて花にしねぇ!?じゃなくて名前!自己紹介!」
「…山田太郎です。」
「偽名雑すぎだろ。」
「……はぁ…田中です、田中華。難しいほうの華で田中華。」
「偽名みたいだな!」

幽霊に殺意を覚えたのは初めてだ。触れることも出来ないから殴ることもデコピンすることも出来ないのが悔やまれる。

「それで、どうして私に話しかけてきたんですか。成仏して下さい。」
「いやだってさ、オレこうなってから話せるヤツに会ったの初めてだったから。成仏出来るまで話し相手になってくれよ!」
「霊能力者紹介しましょうか?」
「それ祓われろってこと?」

しかしノリがいい幽霊だ。女にモテないかわりに男にはモテたタイプだろうか。
私がどれだけ嫌そうな顔をしても笑うだけでへこたれない目の前の幽霊はどんなメンタルの持ち主だ。女の子にフラれまくってメンタルが鍛えられたのかもしれない。

「トイレとかお風呂覗いたら佐野さんの周りに盛塩しますから。」
「えっ覗きの罪重くね?」

こうして人間と幽霊の謎の共同生活が始まった。













「うわ何だこれ。暗号?」
「なあ今すれ違った男華のことずっとみてるぞ。気があるんじゃないか?」
「うまそー!え!学食ってこんな安いのにうまそーなの!?」
「んだこのオッサン、華が接客してくれてんのにクレームつけてんじゃねーよ。」
「今日シチュー?オレカレー派。」

うるさいなこの幽霊。

大学も、バイトも、買い物も、全てに着いてきて1人でお喋りするこの元ヤンをにおわせる幽霊。やっとボロアパートに帰り着き、大きく溜め息をついた。

「うるさいんですけど。」
「えっ、ごめん?」

心底不思議だが相手が怒っているのなら謝っておこうというその態度。このせいで女にモテなかったんだなきっと。
私がシチューを作っている時も構って欲しくて邪魔する猫より邪魔してくるから共同生活丸一日も経たないうちに出て行けと言いそうになる。

「もー話し相手が出来て嬉しいのは分かったんでテレビでも見てて下さい。」
「オレもシチュー食べたい!」
「幽霊が食えるかよ。」
「口悪っ。」




ずっと私に着いてこないで家族の様子でも見に行けば良いのに。楽しそうにテレビを見る佐野さんにその疑問をぶつけられたのは、共同生活が二週間たとうとしていた頃だった。

「あー…家族かぁ。」

歯切れの悪い佐野さんに、会話の流れで自然にその疑問が出たことに少し後悔した。相手からは自分が見えない孤独というものを私は理解しないままに聞いてしまった。

「ごめんなさい。こたえなくて大丈夫です。」
「あ、違う違う。別に悲観的になってるわけじゃねーよ。…オレの家族の話、聞いてくれるか?」
「聞いていいんですか?」

その問いには答えずに、佐野さんは少し目を伏せ昔を懐かしむかのように緩りと笑った。

彼は色々と話してくれた。両親がいないこと、弟が2人と妹が1人いること、祖父が経営する道場のこと、昔暴走族の総長をやっていたこと、弟たちも暴走族の総長をやっていること、死ぬ前に弟の1人と喧嘩して仲違いしたままであること。
いや成仏出来ない原因その弟じゃね?暴走族の元総長は驚いたしまだ色々話し続けてるけど、原因絶対弟じゃね?

「……佐野さん。」
「ん?」
「その弟さんに会いに行きましょう。」
「…は?」

成仏して欲しいという熱意のままに佐野さんの手を握ろうとしてすり抜けて床にスライディングしてしまった。恥ずかしいけど見られたのはもうすぐ成仏する幽霊だ。痛くも痒くもない。これが生きている人間だったらエルボーをお見舞いしているところだ。

「佐野さんの言葉を伝えられる、私という存在に会えたんですよ。いつ成仏するかも分からないならすぐにでも行動すべきです。」
「華…!オマエいい女だな!」
「来世のために教えておきますけど、女性にオマエとか女とか言わない方が良いですよ。」
「オレの感動してた繊細な心にナイフを突き刺すなよ!」



そんな話しをしてから約1週間、仲違いした弟を探すために私の傍からいなくなった佐野さん。滅茶苦茶平穏な日常生活を取り戻した私は悠々とお風呂上がりにアイスを食べながらテレビを見ていた。佐野さんはテレビを付けていても常にバイクの話をしているから最近はどうしても見たい番組は録画するようになった。
明日は休みだからとその録画を作業のように延々流していくが、無意識のうちに隣をチラリと伺ってしまう。バイクの排気音みたいにうるさい男がいなくなると、多少寂しいと思ってしまう自分に驚いた。
膝を抱えて、自分の右隣…そこに意味もなく敷いている安い佐野さん用の座布団を優しく撫ぜた。

「イザナ見つけた!!!」
「ノックは人間の嗜み!!!!」

感傷に浸る私の情緒を無視して玄関のドアをすり抜けてきた佐野さんに向かって座布団を投げつけた。

「ちょ、オレの座布団!」
「そうですね幽霊のクセに座布団ないとケツ痛い気がするとか抜かした男専用の座布団ですね。」

待ってなんでそこで照れる。モテない人の思考回路はよく分からない。

「それで、本当に見つけたんですか?」
「おう!」
「分かりました。明日会いに行くので伝えたいこと考えておいて下さいね。」

やっぱりこの男はうるさいだけだ。うるさいだけの、ただの幽霊だ。


その翌日、佐野さんの案内で小さな公園にやって来た。まだ早い時間だから子供も見当たらないが、公園の端にあるベンチに浮浪者のような風貌の若い男が座っていた。

「あ、アイツだよ!弟のイザナ!」

アレか〜。隣の幽霊より幽霊のような子だ。悪霊に話しかけるレベルの勇気が必要だが、本物の幽霊が早く早くと急かすので取り敢えずベンチの隣に座って様子を伺う。しかし私の存在など無いかのようになんの反応もしない。

「……黒川イザナくん。ですよね。」

自分の名前に反応して私を写す瞳は、部屋探しの時事故物件で見た幽霊と同じくらい闇深い。帰りて〜。でも佐野さんを成仏させるためだと自分を奮い立たせる。

「私佐野真一郎さんの知り合いで、彼から貴方に伝えて欲しいと頼まれた事があります。」
「…真一郎の、?」
「えと、万次郎くんとエマちゃん?の兄貴になってくれたら嬉しいって…。」
「は……?、んだよ…うるせぇよ…!うるせぇええ!!!」
「バッッッ!!????」

おいおいおいおい!なんだこの暴走族家族!初対面の女に蹴り入れようとしてきたんですけど!私が日夜問わず現れる悪霊を避けるために身に付けた反射神経がなかったら確実に当たっていた。

「いやごめん!華にも怒るとは思わなくて!」

なんて隣で言っている男にまた殺意を覚えた。仲違いした原因って兄弟関係のせいかよ。

「本当佐野さんって無神経過ぎません?女だけじゃなくてやっぱり男にもモテなかったんじゃ…。」
「えっ!?」
「分かる…。」
「…えっ!?」
「真一郎は無神経すぎる。」
「ですよね。貴方とはいいお酒が飲めそうです。」

意外なところで意気投合した推定生きた悪霊と私は握手を交わした。

「そもそもあの人ひと言ひと言全て無神経だし女の子への配慮は無いしたまに男の美学語ってくるしバイクの話しかしないしで凄いうるさいんですよね。」
「ちょっと!?」
「真一郎はお前だけが大事みたいな態度しておいてオレのことになんか本当は興味ないんだよ。そういうところが無神経。」
「興味なきゃ会いに来てないけど!?」
「うわ最低ですね。思わせぶりな男。」
「華!?」
「だよな。」
「イザナ!?」

2人してまた力強く握手を交わした。

「メアド交換しましょう。あ、家来ます?スウェットだけだと寒くないですか?お腹すいてるなら昨日の残り物の味噌汁がありますけど…。」
「……行く。」
「なんでそこで仲良くなったんだよ!」

思わせぶり男が随分うるさい。
幽霊の愚痴なんて言える友達はいないが幽霊の知り合いに幽霊の愚痴を言える珍しい例なんだ。少し静かに愚痴を言われてて欲しい。







それからまた暫くした頃、佐野さんは万次郎とエマに伝えたいことがあると言い出した。
確かにイザナくんと私は仲良くなったけど、本来仲良くなってもらいたかったらしい万次郎くんとエマちゃんには未だに会いに行ってないらしいから結局佐野さんも成仏出来てない。せっかくの休日だが彼に成仏してもらうためと、重い腰を上げた。


「ここ!佐野道場。」
「…ここで鍛えたら悪霊祓えるかなぁ。」
「それオレのこと祓おうとしてる?」


「アンタ、ウチに何か用?」

大きい家に多少しり込みして佐野さんと突っ立ったまま話し込んでいると後ろから声をかけられて驚きで肩が跳ねた。

「華、華、コイツだよ、弟の万次郎!」
「あー君、佐野万次郎くん?」
「? そーだけど。」
「私佐野真一郎さんの知り合いなんですけど、君と妹のエマちゃんに伝えて欲しいって言われてたことがあって…。」
「……ふーん。アンタシンイチローのヨメ?」
「それは無い。」
「ちょっと!?」
「じゃあシンイチローの告白20連敗目の人?」
「え、あの人告白20連敗してたの?」
「何でバラしたんだよマンジロー!?」
「違うんだ。ま、いーや。エマなら家に居るから上がりなよオネーサン。」
「えぇ…いいんだ…お邪魔します…。」

案内されたのはシンプルだがセンスがあると分かる家具が配置された部屋。隣にいた佐野さんはオレの部屋だと言っている。センスは神に見捨てられなくてよかったですねと心の中で声をかけた。

万次郎くんに連れられやってきたのはエマちゃんと思われる可愛い女の子。弟の万次郎くんもカッコイイしイザナくんも可愛いけど神秘的な顔だしなんだこの家族顔面偏差値10くらい分けて欲しい。

「突然ごめんなさい。あの、君たちのお兄さんが実はもう1人いて…黒川イザナくんっていう子なんですけど。真一郎さんがその子と仲違いしたままだったみたいで、できれば君たちと仲良くなって欲しいと…。」
「…オレ、兄貴がもう1人いんの?」
「え!?ちょっとマイキーウチ黒川イザナっていうお兄ちゃんが居るって何回も教えたよ!」
「え?そうだっけ?」
「あの、ただイザナくんは佐野さん家族とは血の繋がりがないみたいで…それが仲違いの原因だって。」
「え!?そうなんですか…!」
「イザナくんはたまたまエマちゃんのお母さんに会ってそれを知ったらしくて、その事実確認を真一郎さんにしようとして…っていう。」
「…なんか華に真一郎さんって呼ばれると新婚夫婦みたいだな!」

部屋中に御札貼ってやろうかと思った。真剣な話をしてる時に横槍を入れるな。

「あの、ニィには会えますか…?」

見ろエマちゃんの可愛さを。お兄さんのことをニィって…可愛い。少しくらい見習え…と思ったけど佐野さんが可愛いと世紀末がきたのかと思ってしまうから無神経なままでいいや。

「うーん…。イザナくんとは友達ですけど…多分会いたがってる人がいるって言っても素直に会いには来ない気が。どうしても会いたいなら…あー…うーん、ウチに居たら予告なく突撃してくるので、会うだけなら出来るかなぁ…。」
「それいーじゃん。今から行こ。」
「え。」
「ウチも!準備してくる!」
「え。」

アクティブな人の感覚〜。隣の佐野さんは腕を組んで嬉しそうに頷いている。玄関に盛塩するぞ。
そしてあれよあれよと見慣れたボロいアパートの一室にたどり着いた。万次郎くんは素直にボロいと言ってエマちゃんに怒られていた。佐野さんが言うとカチンとくるけど万次郎くんが言うと心にダメージがくるのは彼が弟属性だからだろうか。
ボロい我が家に来て一時間ほど経ったがイザナくんが来る気配もなく、来客2人がそろそろ帰ろうと狭い玄関でぎゅうぎゅうになりながら靴を履いていたその時。玄関のドアに寄りかかりながら靴を履いていたエマちゃんの体がよろめき後ろに倒れていく。


「…は?」

佐野さんに似たのか、ノックもチャイムも鳴らさず玄関を開け放ったのはイザナくんだった。倒れてきたエマちゃんを受け止めた彼は予想外の人物に目を見開いた。

「…ニィ…?」
「エマ…?」
「感動の再開っ…!!」

佐野さんちょっと存在感消してくれないかな。

「なんで…おい華、お前。」
「戦犯は佐野真一郎です。」
「誤解だ!!!!」

私にしか聞こえない弁明を始めた佐野さんと、家族の話に入れない私、それに女の子であるエマちゃんを置いて何故か万次郎くんとイザナくんは外で喧嘩を始めた。暴走族一家怖すぎ。あと家ボロいからもっと遠くでやってくれ。
アパートの前の道で喧嘩する男2人を私とエマちゃんは階段の上から見守る。暴走族こわ。
佐野さんは喧嘩を止めようとしたけど触れることさえ出来ず諦めて私の隣で傍観することにしたらしい。

「兄弟で仲良いなぁ。」
「アレが?」
「死人でそうな喧嘩だぞ。」

ちょっと両側から話しかけるのやめてもらっても。

「本音言って喧嘩出来る家族なんて稀ですよ。血が繋がってなくてもそういう関係の人間が居るなら大切にすべきです。」
「…華さんにはいなかったの?」
「そう言えば華の家族のこと聞いたことないな。」
「血の繋がった両親と妹がいますけど、その全員に気味悪がられてるんで。そもそも誰かと喧嘩する以前に話しかけられることも無いし存在自体無かったことにされてるんで。」
「…どうして?」
「うーん………目と耳がいいからかなぁ。」
「目と耳…?」
「おい、それって…。」

エマちゃんの追撃を避けたくて目を伏せた。あと佐野さん顔覗き込むのやめてもらっても。そういうところがモテないんですよ。
幽霊が見える、なんて見えない側からしたらただの虚言癖を言う気味の悪い子供だ。私は察しが悪くて周りが見えないことに気付くのが遅れたからこうなっただけ。3人を羨ましく思ってたけど別に恨んでない。恨みつらみを抱えて死ねばどうなるかを知ってるから、仕方ないと諦めて人を恨むのをやめたら随分と生きるのが楽になった。
あと佐野さんは感傷に浸ってる表情やめてもらっても。

「え、あれ?マイキーもニィも喧嘩やめたの?」
「…ウン。」
「ニィどうしたの?」
「…別に。」

暴走族家族情緒不安定か。喧嘩をやめたのにお互い目を合わせない2人。

「帰る。また来るからコイツ家に入れるなよ華。」
「フフン、ずっと居座ってやるよ!」

いや居座るな。

「エマ帰るぞ〜!」
「え?喧嘩は?ちょっとマイキー?」

万次郎くんとイザナくんは帰りの道中も我が家から見えなくなるまでお互いの足を蹴りあってじゃれついていた。嵐か?
でも何はともあれこれで一件落着というやつではないだろうか。

「よかったですね、佐野さん。………佐野さん?」

その日、佐野さんは私の目の前から居なくなった。
























あれから2年ほど経っただろうか。
万次郎くんとイザナくんは何故か未だにたまに家に来て口喧嘩しながらご飯を食べて帰っていく。就職して懐に少しだけ余裕が出来たから別にいいけど。あの傍若無人ぶりを見ているとたまに佐野さんを思い出す。万次郎くんは佐野さんと顔がそっくりだから特に。
弟たちが仲良くなったからとあの日何も言わずに成仏して、勝手な男だ。

寂しくて静かだった夜の時間に割り込んできたうるさい男が居なくなって、昔と同じように音が無くなった。未だに置かれている佐野さん専用の安い座布団は、何故か万次郎くんもイザナくんも勧めても座らないから部屋の飾りになったまま。
就職してから買った万次郎くんとイザナくん、そしてエマちゃん専用の座布団の方がふかふかだし肌触りもいい。それなのに私は気付けば安くて肌触りの悪い座布団をいつも膝に抱えている。

ガチャリ。

聞き慣れた玄関を開くうるさい音。万次郎くんかイザナくんだろうか。慌てて座布団をいつもの場所に戻し視線をあげる。






「しし、サプライズ!」
「成仏しろ!!!!」


杖をついて立っている佐野さんに座布団を全力で投げつけた。
top