12

「何故あなたがここに?」
「そっちのおじさんのお店で奢ってもらったから、ついて来た」
「偵察というわけか。その様子じゃ、わしらの事も気付いておったな?」
「ひひ、ごっこ遊びくらい見たらわかるよ」

何の話をしているのやら、怪訝そうな表情を向ける黒スーツの奴らとは裏腹、ナマエは先ほどまで涙を流していたとは思えない程いつも通りの笑顔に戻っていた。数秒前まであったであろう目元の赤みさえ、跡形もなくなっている。

「なァにそちらさんだけで話してやがる」

投げ飛ばされた船の上からその黒服たちにひらりと振られたナマエの手は、そこからはフランキーとの話を続けるようにとゆっくりと向きを変えていく。その手に従うように、奴らの視線もフランキーへと戻された。

「てめえら‥ここで何やってんだよ」

妹分を飛ばされ、苛立ちを露にしているフランキーが飛び掛かる。ブルーノと呼ばれたツノ野郎の顔を掴み片手で持ち上げるフランキーを、今度はあのハト野郎が蹴り飛ばした。起き上がったフランキーは奴らが一緒に居ることに違和感を持っていて、ここが秘密基地で、ハトの奴は自分たちを世界政府の諜報部員だと言った。

「お前にはこの意味が分かるはずだ」

その言葉を聞いたフランキーの顔が、一層険しくなる。おれには相変わらず分かんねえよ。分かんねえけど、淡々と、淡々と目の前で話は進んでいく。深刻になりたくても、話について行けなさ過ぎて深刻にもなり切れない。

「あのバカは‥アイスバーグは‥元気か」

その質問に、表情一つ変えずに物騒な言葉を吐いたハト野郎。その返答を合図にしたかのように、フランキーは右腕を飛ばしていた。しかし、鎖で繋がれたその腕はただ空を切り、どうしてかフランキーが吹き飛ばされ、その身で砕かれた壁が奥の部屋を解放させた。

「お、おい‥!!」

思わず大丈夫かと声をかけちまったが、返事はない。若干の静寂が空気に浸される中、奴らはフランキーが飛んでいった先の部屋に足を踏み入れる。製図室と呼ばれたそこには、カティフラム、アイスのおっさん、そしてフランキーが話してくれた海列車を造ったというトムという人の名札が飾られていた。

「‥‥さわんじゃねェ‥」

意識を取り戻したフランキーは、思い出に触れられたことが余程気にくわなかったのか、ここは世界一の造船技師がいた場所だと誇りに灯を宿して怒りの形相でそう言った。

「秘密基地と呼ぶとは、随分可愛げのあることをするんだな」

その部屋から早く出ろと言うフランキーが目当ての設計図を出さないことに、彼らは容赦なくその身体を痛めつける。殺してしまってはその在処が分からないと踏んでいるのか、決して殺さず、嬲るだけ。

「八年も昔の話だが‥君は犯罪を犯してるらしいな。トムと同じように」
「ふざけんな!!!トムさんは犯罪者じゃねえ!!てめえなんかが‥分かったような口きくな!!」

目を血走らせ、額に青筋を浮き上がらせるほど怒りを上らせたフランキー。
そして。

「困っちゃうんだよなあ」

船の上にいたはずのナマエがハト野郎の首元を自身の細腕で押すように倒し、両腕も足で押さえて男の身体を床へと打ち付けていた。フランキーを吹き飛ばしたそいつを、一瞬で。傍から見れば子供の遊びにわざと負けてやっている大人の図だけれど、実際遊んでいるのはナマエだ。ハト野郎の顔も、険しさを増していく。他の奴らに動く気配がないのも、仲間は捨て置けみたいなものじゃあない。靴の縁に打ち付けられているいくつもの釘が、彼らの動きを止めていた。ルフィとの遊びの時とはまた違う身のこなし。これが、ナマエの本当の強さなのか‥?目の前の現実が現実ではないみたいで、いつものはしゃいでる姿も思い出すことも、想像さえ出来ない。

「その手を放しなさい!!」

ただ、相手もこんな風に動きを止められて立ち尽くすような奴らではない。すぐにナマエを囲い、今にも仕留めんと言わんばかりの殺気だ。そんな圧倒的不利な状況だというのに、本人は気にも留めずハト野郎への力を強めていた。

「お願い事は、頭を下げなくちゃ」

その愛らしい声を響かせたナマエの姿は音もなく消え、彼女を囲っていた面々が投げられた荷物のようにハト男の周りに転がっていく。そして再び音もなく現れたナマエは、そんな彼ら一人一人の顔を覗きこみながら、二度目は無いよと告げていた。奴らが頷くまで、何度も、何度も、何度もだ。

「はははは!!やはり素晴らしい!それがあなたの本来の強さですか」
「本気で言ってる?」
「‥強がりだとでも?」
「だって、力なんか出す間もなく倒れちゃったじゃない」

最後の台詞も笑顔で吐き捨てる。太陽のようなあの明るいそれではなく、海底のように暗く、恐ろしいくらいに無邪気な笑顔。ナマエにとっては奴らでさえも遊び相手なのだろう。ハトの男と、スーツの汚れを払って立ち上がる他の奴らと、恐ろしい言葉をその容姿に合わせるみたいに無垢な声に乗せて届けるナマエ。そこに、ただ圧倒的な力の差があること以外、何もわからなかった。

「‥この件へのご参加はご遠慮願いたい」
「お願いします、は?」
「誓約をお忘れに?」
「なんだ、誓約の一部しか知らないのか。思ったより下っ端なんだね」
「‥何?」
「私、お願いも出来ない政府は好きじゃないよ」
「おい!お前は口を出すな!!」

声色が変わった彼女の言葉を遮断するように、フランキーが腹の底から声を上げる。

「いいか、これから起こることに口を出すんじゃねえぞ!!」

続ける声に肩を揺らしたナマエに、静かに頷くフランキー。

「長鼻!そのガキは邪魔だ、船に戻せ!!」
「いや、でも‥!!」
「早くしろ!!」
「大丈夫、自分で戻れるよ」

息巻くフランキーの言葉に押されるように抱え上げたおれに、思ったよりも冷静に言葉を降らせたナマエ。それより、こいつの熱量上がってんじゃねえのか。まずいんじゃねえのか。手の甲に血管が浮き出る程握りしめた拳を見る限りじゃあ大丈夫ではなかったが、トス、とおれの胸を押してそのまま船の上へとふわりと大人しく身を移す。おれを安心させようと、笑みを浮かべたナマエ。それに返すように精いっぱいの笑みを見せてやるおれのそばで、あのハト野郎も不敵な笑みを浮かべた。
奴の語るトムという男は、凶暴で手に負えない魚人だったらしい。ナミの村で見た魚人も相当の怪力だった。その凄さは、なんとなく想像がつく。そしてこのフランキーも、百人を越える重傷者を出すほど暴れたことがあるらしい。相変わらず想像が追いつかない話が水路を流れる水のようにさらさらと、終着のエニエスロビーへと連行するという通達も、電伝虫が繋がったとその受話器をフランキーの前へと差し出されたことも、さらさらと流れていく。

「!!てめえまさかスパンダ!!」

その水が石にぶつかるような、フランキーの張り上げた声。
濁った水のような、妙に胸糞悪い受話器の向こう側の声。

「この船、処分しておらなんだか‥」
「おいてめェ!そいつに触るなよ!!」

それから、跳ねる飛沫のような自分の張り上げた声。
そこからは頭に血が上って、激流へと変わっていた。

だから、長官の男の名を聞いたナマエがまたその拳から血を滴らせていたことはおろか、メリーの上に居たナマエのことが頭から抜けていることなんて、気が付きもしなかった。

メリーと一緒に放り出されたアイツの名前を、叫んでやることさえ出来なかった。