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ナマエの船を造った職人が、海を走る列車を作り始めた。
そんな話を土産にナマエがはしゃいでオヤジの元へやってきてから、何年経っただろうか。マリージョアへ連れて行かれるまでの間、あいつは毎年決まった時期に造船島へ行き、その足でオヤジの元へやってきた。その島へオヤジと一緒に行きたいと、来る度に土産話として列車の事を身振り手振りで話すから、おれ達はその見たこともない列車がどこまで出来ていて何に失敗したのか、どんな町に繋がるのか、そんなことはよく知っていた。
マリージョアから解放されたと聞いてからは、いつ来ても盛大に迎えてやろうと張り切っていたが、あいつは一向に現れなかった。その頃のオヤジは、遠くの海を見つめることが多くなっていたように思う。結局、ナマエがこの船に来るまでに五年以上かかった。待ち侘びていた小船が三時の方向に見えたと見張りの声が響いて、出迎える太鼓の音のように、おれたちが甲板を踏み鳴らす音があちらこちらから響き出した。

そして。

「ニューゲート!」

明るい声と共にひょいと船に乗り込んで、おれ達の足元をトタトタと走り抜けてオヤジに飛びついた。この数年、オヤジとあの島へ行くことをずっと楽しみにしていたナマエ。トムという男の話をする度に、オヤジと一緒に列車に乗るんだと、おれ達も一緒に行こうととびきりの笑顔で話していた。だからおれ達も、あいつの言葉に両手を挙げる準備をずっとしてきていた。

「聞けねェ頼みだな」

その言葉に、隣にいたラクヨウは腹の前で構えていた両手をだらしなく下げていく。この数年、この件に関してオヤジはナマエの誘いに一度も首を振らなかった。

「ニューゲートのわからずや!あほんだらのおだんごなす!もうない!!」

引いていたオヤジの手をするりと離し、思い切り首を上に向けて気の抜けるような捨て台詞を吐いたナマエ。誰の真似をしているのか、ずんずんと効果音がつきそうな歩き方で数ある部屋の一室の扉に手をかけ、盛大に邪魔するぜと声を張ってそっと扉を閉める。ナマエは弱みを武器にするような奴じゃあないが、マリージョアでの疲弊もある。さすがに今回ばかりはオヤジも頷くだろうと、勝手に思い込んでいた。

「ナマエのアレは何とかなんねえのか」
「もう無い、なんて律儀に言う奴初めて見たぞ」

無理矢理にでも笑い話にしようと明るく口火を切った奴らも、次第に威勢を無くしていく。オヤジも、ナマエが出て来たら飯を出してやれとだけ言い残し、自室へと入っていった。

「‥」
「‥‥」

ナマエが来ている時にこの船こんなに静まり返るのは、珍しいことだった。

「さて、おれはナマエの様子でも見てくるかな」

その沈黙をいち早く打ち破ったのはサッチだ。そっとしておけと止めるイゾウやビスタの声を遮るように手を伸ばしたサッチは、バカを言っちゃあ困ると顔を上げた。

「この船に居るのに、一人にさせてたまるかよ」

腫れ物に触るような気遣いに向けられたものか、オヤジにあんなことを吐かせてしまったことへの自責からか。明るい口調で笑っちゃいたが、向けられた背中は怒りを含んでいた。

「あーあ、サッチの奴」
「はは、良い所持っていきやがって」
「可愛がってるからなあ‥ナマエのこと」

サッチの行動につられるように、とびきりのごちそうを作っておいてやろうと厨房へ向かう奴、面白い遊びをしてやらなくちゃなと準備をしに部屋に戻る奴、仕入れた武器をあいつに見せてやるんだったと手入れに向かった奴。甲板を離れる理由はそれぞれだが、その目的は皆、ナマエだ。勿論、おれも。




「オヤジ、入っていいかよい」
「マルコか‥入れ」

深く息を吐いたオヤジが引いてくれた椅子へ腰掛けると、いの一番にナマエの様子を聞いてきた。どんな態度でいようと、オヤジの頭の中にはいつもナマエがいる。サッチが部屋に向かったがそれきり出てくる様子はないと言うおれの言葉に、頑固だからなと優しい笑みを零す。自分の表情がどれだけ柔らかくなっているか、オヤジはきっと気付いてない。机に置かれたエターナルポースの針は、微かに揺れながら島のある方角を指していた。

「それ、W7のだろ?」

ナマエがオヤジを島へ誘うのは珍しくて、だからなのかオヤジも行かないと言いながらいつその日が来てもいいようにあの島のエターナルポースも持っている。‥今回のことはナマエを想うからこそのオヤジの決断だという事も、おれ達がとやかく言うことではないという事も分かっちゃいる。分かっちゃいるんだよい。

それでも、一緒に行ってやれねえかな

たったそれだけの言葉が、喉元で詰まって出て来ない。そんなおれの様子も全て分かっているかのようにオヤジは再び深く息を吐いて、重くなっていた口をゆっくりと開いた。

「あいつが誰だか、忘れたか?」

漸く空いた口から、閉ざした分だけ重くなった言葉が塊となって転がり落ちる。それはいつの間にかおれの喉を通り、詰まっていた言葉と共に腹の底に鈍く重く圧し掛かった。

「どうなんだ、マルコ」
「‥忘れちゃいねえよい‥」

あいつが、ただの子供じゃあねえということ。政府が欲しがる力を、他に渡したくないと必死になるほどの力を持っていること。けれど、他にも忘れていねえことがある。

「あいつは‥ナマエはオヤジのことが大好きで、よく笑ってよく泣いてよく食う、おれ達の妹だ」

オヤジの船に乗って間もない頃、初めて会ったナマエはまだガキだったおれに自分を姉貴だと思って頼りにしてくれと言った。だが、既に十くらいは歳が離れていそうな容姿と模範的な幼さを持ち続けているあいつを、姉貴だと思えた試しは残念ながら一度もない。昔、オヤジが敵の能力者のせいで丸一日目を覚まさなかった時、あいつはおれの服の裾を掴んで、すぐに治るかと泣きじゃくりながらおれを見上げた。すぐ良くなると笑ってやれば、あいつも下がった口角を上に上げて一生懸命笑おうとした。それを見て、おれもオヤジのようにあいつを守ってやろうと、兄貴になろうと決めた。

「あいつが余所で何と呼ばれようと、それだけは譲らねえよい」
「グラララ、グラララララ‥!グラララララ!!」
「笑いすぎだよい、オヤジ」

オヤジは悪かったと言いながらも、笑い声はまだまだ止まりそうになかった。漸く一頻り笑い終わると一口酒を口に含み、笑いが止まらない理由を話そうと再び口を開いた。