17
「ここは白ひげの船だぜ。一人ぼっちで閉じこもるなんてつれねえじゃねえか」
「サッチ!」
「一緒に不貞腐れにきてやったよ」
あいつの船の中は、いつも一人だ。この船に来た時は、たとえあいつが一人になりたいと言っても一人にしてやらないと決めていた。閉じこもった部屋の部屋の真ん中に座り込んでいたナマエは、扉を開けたおれの元へ駆け寄っていの一番にオヤジの様子を聞いてきた。
「大好きなナマエがあんなこと言うんだもんな、オヤジも閉じこもっちまった」
「ひひ、いっぱい練習したんだよ」
「本当か?それにしちゃへったくそだったぜ?」
「‥練習の時はいっぱい泣いたけど、今日は泣かなかったもんね」
元気な声のナマエ。だけどその表情は今にも泣きそうだった。もともとナマエは嘘が上手くない。
「はは、無理して絞り出した捨て台詞だったもんな」
あんな言葉、捨て台詞じゃあない。虫に刺された程度ですらない。オダンゴナスは最早元の言葉ですらない。
「後悔したら、聞いてくれたニューゲートに悪いから後悔はしないよ。‥でも、ニューゲートにあんなこと言うのは辛かった。‥辛かったなあ‥っ‥」
ナマエはおれの足にしがみつき、声を上げて泣いた。自分で考えて言ったことなら、ここまで泣く事は無かっただろう。何かあったに違いないが、理由を話そうとはしないから、しがみついているナマエをそっと剥がして、同じ目線になるようしゃがんでやる。
「今日は特別だ。おれが一緒に泣いてやる」
向かい合うように座らせて目元に力を入れてみたけれど、なかなか涙は出て来ない。対照的に、零れ落ちる涙を止めようと眉間に皺を寄せて、自身の目元を拭いていたその小さな掌でまだ零れてる気配すらないおれの目元をそっと撫でるナマエ。
「おっと、慰めるなんて野暮な真似するなよ。今まで色々一緒にやってきたが、一緒に泣くなんてことなかっただろ?やってみたかったんだ」
ちょっと待ってろと更に目元に力を入れるおれを見て、涙を溢しながらナマエは笑った。本当に一緒に泣いてやりたかったのに、その笑顔を見ればやっぱり自然と頬が弛んでいく。
「ありがと、サッチ」
「なんだよ、もう泣き止んじまうのか?」
「涙、止まっちゃったもん」
そう言う割に、全然止まってないぜ。
泣きながら慰めるのは苦手でも、泣きながら笑うのは得意だとナマエは言う。
「ニューゲートには内緒ね」
「オヤジに内緒は通じねえぞ」
「‥私が言っちゃうから?」
「ご名答」
歯を見せて笑うおれを真似するように、ナマエも口角を上げてニッと笑う。これはまだ諦めてない顔だ。オヤジに謝ったらそこからが本番だと、おれの掻いた胡坐の上にちょんと座って、ひひひといつもの笑い声を小さく響かせた。
程なくして一緒に部屋を出たナマエは、オヤジの部屋へと一目散に走っていった。いつものように無遠慮に、邪魔するぜと大きく宣言して張り切ってドアを開ける。きっとオヤジの元じゃまた泣くだろうが、一先ず元気になったならそれで良い。後ろ姿に胸を撫で下ろしていると、ご苦労さんとマルコが声をかけてきた。
「‥あいつ、泣いたのか?」
「‥お前、本当によく見てんなあ」
「うるせェよい」
マルコは自分はさほど可愛がってるわけじゃねえと思ってるらしいが、おれたちの中で一番ナマエを可愛がってるのは、誰がどう見てもマルコだ。オヤジも、これまでの仲間の中でもあいつが一番酷いと笑っていたから間違いない。
「ナマエが出てきたらジョズとビスタと一緒にオヤジの部屋に行け。話があるとさ」
「お前は?」
「おれはもう聞いたよい」
「抜け駆けじゃねえか!」
「はは、悪りィな」
それから数刻。ナマエがオヤジの部屋を出て仲間達の間を行き来する間に、おれ達三人はオヤジからナマエの話を聞いた。他の奴がオヤジの元を訪ねていることも知らなかったし、まして答えが重なってるとは思いもよらず、顔を見合わせてお互い気恥ずかしさに視線を逸らしたおれ達を見て、オヤジは豪快に笑った。
「騒がせた詫びだと、握り飯を作って来ると言っていた。お前らも行ってやれ」
「あいつ、自分が食いたかったんだろうな」
「おいおい、また握り飯にオレンジジュースなんかされちゃ洒落になんねェぞ‥!」
「オヤジも行くだろ?」
「おれは後で行く。気にせず先に行け」
オヤジに話したくれた礼を告げ部屋を出たおれは、髪を整え直してナマエが向かったであろう厨房へと向かった。足音に気付いたのか、握っていたおにぎりを口に放り込んだナマエは、おれの足元でぐいっと顔を持ち上げた。
「サッチ!」
「見たぞ?つまみ食いしたろ」
「ひひ、味見」
閉じこもっていた時とは違い、スッキリした表情のナマエは、ありがとうとまた礼を言った。
「おいおいサッチ、遅ェぞ」
「お前も手伝えよ」
「ナマエの手のひらサイズのおにぎりだぜ、小せぇのなんのって」
「団子みてえだしよ」
待ってましたとばかりに駆け寄る奴らの真ん中で全員の顔を見回して、ナマエはその小さな手のひらで口元を覆いながらひひひと笑っている。
「作戦決行前の腹ごしらえだな」
「なっ!」
おれの言葉にも元気な声を返して、残りのおにぎりを作りに戻ったナマエ。‥誓約はまたえらい縛りがあるもんだと笑って聞けたが、オヤジが渋る理由には正直納得するしかなかった。あいつがこれからどんな作戦に出るのか。楽しみだ。
ナマエの作ったおにぎりに釣られておれ達は自然と甲板に集まり、宴が始まった。残念ながら、今回もオレンジジュース片手にだ。
「こりゃあシャレになんねェなあ、サッチ」
「ビスタか。ああ、参ったぜ‥これじゃ夜はやけ酒だ」
「だが、ああして笑っているのを見るとこちらが折れるしかなくなるな」
ナマエはオヤジの膝の上で何度もオヤジの顔を見ては嬉しそうに笑いながら、大好きなおにぎりを頬張っていた。
「‥まあ、そりゃあそうだ」
「夜のやけ酒、おれも一緒に良いか」
「嬉しいねえ。つまみも用意しよう」
仲間と呑む理由になるってんなら口に広がる甘ったるさも、まあ、悪くはない気がする。今はひとまずこのオレンジジュースで乾杯しよう。