18
「「「ナマエ!!!」」」
「ひひ、ニューゲートだもーん」
閉じ籠った翌日から、私は作戦を実行に移した。まずは朝日が昇ると同時にベッドに飛び入り、ニューゲートを誘うのを手伝ってと叩き起こす。そこからは船の中のどこにでも顔を出して、皆に声をかける。寝る間も惜しんでそんな日々を三日間続けた。
「風呂場やトイレまで覗くんじゃねえよい」
「寝てる時まで言いにくるな」
「話を最後まで聞いていけ」
「人の髪で遊ぶな」
「飯の時だけ黙るな」
「ナマエ!おれのパンツどこに隠した!!」
「ひひひ」
四日目の朝、釣りをしている子たちの元へ行こうと走っていたら、ついにニューゲートに首根っこを掴まれた。そのまま甲板に腰を下ろすニューゲートの姿は珍しいのか、息子達も息を呑んで見守っているようだ。そんなニューゲートの真正面に座らされて、その大きな身体を見上げるとニューゲートはゆっくりと口を開いた。
「随分はしゃいで回ったな。作戦とやらは順調か?」
「ニューゲートが私を捕まえたから、もうあと一押しかな?」
あっけらかんと答えれば、ニューゲートも潔いなと笑っている。ニューゲートの部屋に謝りに行ったついでに覚悟してねと宣戦布告もして来たことを、ニューゲートは楽しみだと言ってくれていたからだ。
「あと何日続くか、見ものだな」
口角を上げて呟いたニューゲートの言葉に誰より早く反応したのは、他でもない周りで見ていた皆‥つまり、この三日間休む間も無く私の声を聞いていた息子達だった。
「オヤジ、止めてくれよ!」
「これ以上は勘弁してくれ」
「おれはこの三日夢でもナマエがついてきてんだ!!」
「ふざけんな、こちとら寝てねえっつーんだよ」
「おれはこの間ナマエと風呂入った」
「はあ?!そんなこと聞いてねえだろ!何自慢してんだ」
やいのやいのと皆の主張が始まり騒がしさが一層増していく。
それを見たニューゲートが情けねェなァと言葉を溢すと、合図でもしたかのように一斉にニューゲートへと視線が集まった。
「大体な、おれ達はオヤジの背中見て育ってんだ!」
「オヤジがナマエを振り解く姿くらい見せてくれりゃあ、おれ達だってそうしたさ!」
「ナマエの話は一から十まで聞いてやる」
「ナマエの足音が聞こえりゃそっちを気にかけて」
「飯の時もまずナマエ」
「濡れた髪も拭いてやりたいしな」
「ナマエが寝るまでは起きててやる」
「どれだけ忙しくたって、ナマエを蔑ろになんか絶対ェしねェ」
「そんな背中見てたら、選択肢なんかねェよ」
「「「そうだろ、オヤジ」」」
オヤジがおれらの言葉で自分の意思を変えてくれると思うのか?
言ってやるくらいはしてやるが、期待するなよ
そんな風に乗り気じゃない子もいたけれど、今は皆が必死にニューゲートに声をかけてくれている。
声の一つ一つを受け取ると、心当たりがあるなと大きく息を吐いたニューゲート。ここまでの言葉が全部嬉しくて、心が躍り身体が揺れる。海も歌うように波が立ち、ゆりかごのように優しく船を揺らしてくれた。
作戦は大成功だ。
「だが、一度決めたことだ。簡単に曲げてやるなんざ期待すんじゃねェぞ、ナマエ」
「‥列車は見るだけで良いって言ったら、一緒に行ってくれる?」
「どう言う意味だ」
「元々、ニューゲートがどうしても嫌がったら海列車には乗れないってトムさんにも伝えてたの」
ニューゲートがあの島へ行くのを渋る理由も分かっているけれど、それでも諦めることは出来ない。だって、あの列車はね。
「本当は乗りたいけどね。でもそれより、トムさんをお祝いしたい」
あの列車は、トムさんの夢だから。
「走る姿を見て、すごいね、かっこいいねって、約束通りニューゲートと見に来たよって伝えたいの」
嬉しい時はいっぱい笑えって、自分の気持ちに真っ直ぐでいろって、ニューゲートが言ってくれたから。とびきりの笑顔で、ニューゲートと一緒にトムさんをお祝いしたい。
「トムさんがね、列車に乗れるならとびきりの席を用意してくれるって。もし乗れなくても、列車がW7の景色と重なる一番の場所を、とっておきの特等席を教えてくれるって。だから安心しておいでって」
トムさんは、私と政府の取り決めを詳しくは知らないけれど、私が列車に乗るリスクもニューゲートと島を訪れるリスクも、既に計算してくれていた。私に愛船を造ってくれた時もそう。大事にしたい物、譲れない物、全部漏らさずプレゼントしてくれた。
「だから列車見るだけ!どうかこの通り!」
両掌を勢いよく重ね、目尻にシワが寄るほど強く閉じて頭を下げる。言葉が返ってこず、何度か目を開けて様子を見てはまた閉じる。
「‥何かあっても揺れねェ自信は持ってるのか?」
「それは持って無い!」
「だったらこの話は仕舞いだ」
「でも、ニューゲートがいてくれたら大丈夫な自信はいっぱい持ってるよ!」
知ってるでしょ、と目を開け顔を見上げれば、ニューゲートの目がまん丸になって、その後少しだけ目尻が下がる。その表情に私は自分の言った「もう一押し」の言葉を体現するようにニューゲートへ飛びついた。
「良かったな、ナマエ」
「うん!ありがとう、皆」
「そんでもって、」
「「「おれ達も良かったなー!!!」」」
手に持つあれこれを天に放り投げたり、甲板に寝そべったり、手のひらを空へと伸ばしたりして皆が喜びの声を上げる。
「次の行き先が決まったな」
「面舵いっぱいいっぱいー!!」
「はは、それじゃあ何だか窮屈だよい」
笑い声と共に、モビーディック号は待望の島へと船体を向ける。ニューゲートとの初めての上陸。トムさん、皆で会いに行くよ。いっぱいお祝いしようね。