19
「ナマエ、もう一度言うぞ。絶対ェ単独で動くなよ」
「わかった」
「能力を使うのも無しだよい」
「わかった」
「政府に付け入る隙を作ることになるからな」
「わかった」
「自分のせいだと思うのもなしだぜ」
「わかった」
「本当に分かってんのかァ?」
水を含んだように重たくなったニューゲートの腰が漸く上がると、そこからはあっという間だった。初めてエターナルポースと睨めっこをしながら島へ向かった。大きな波に揺れたり海王類に遭ったり、パスミーとの旅ではまず無い経験に楽しくて船を駆け回っている私を捕まえては、今みたいに同じことを皆が言った。
「だって、もう七回は聞いたよ。そろそろ耳にタコが住む」
「あと五回は言うから覚悟しとけ」
「わかった」
「それと、タコが出来る、な」
「わかったーあ!」
逃げるようにニューゲートの元へ向かい、伸ばしてくれた腕に包まれる。
「グララララ、また言われたか」
「ひひひ、また言われた」
「アイツらもお前と旅するのが楽しいんだろうよ」
「私も、すっごく楽しい!」
くじらちゃんに繋いでもらったパスミーも、時々飛んでくる飛沫を素直に受け止めながら大きな船体に身を寄せ、トムさんに会いにいくことに胸を躍らせているように軽やかに波に乗った。
「何だ?あの船は」
漸く島が見えてきた頃、黒焦げの船がいくつも海面に浮かんでいるのを見つけた一人が、その船に据え付けられた武器に興味を示した。彼が指すその船のいくつかには見覚えがあった。それまで優しく肌を撫ぜていた風が、突然鋭く吹き抜け頬を掠めた。
「フランキーのだ‥」
「フラ‥ああ、トムの弟子の一人か」
「何だ?兄弟子と喧嘩でもしたのか」
「ううん、二人が船を黒焦げにするわけないよ。何かあったんだ‥!」
私が今日来るなんて宣言して来たから?
ロジャーにゆかりのあるトムさんと会うから?
私が来たから‥?
「自分のせいだと、自惚れるなよ」
服の裾に皺を作る私の手を、ニューゲートの大きな手のひらが丸ごと包み込む。
「ほらもう‥タコ住み始めちゃったよ」
「ああ、それで良い」
自分の能力が使えればすぐに島へ行けるのに、こんなに歯痒い思いをしなきゃいけないなんて、思ってもみなかった。
「船は岬へ寄せない方が良さそうだな。マルコ、先にナマエを連れて島へ上陸しろ」
包んでくれていた手がするりと離れ、途端に不安になる。ニューゲートは来てくれないの?そう声を張ると、頭の上に温かい重さが乗っかった。離れたばかりのニューゲートの大きな掌だ。
「息子に運ばれるにゃまだ早ェ。すぐに追いつく。おれが行くまで暴れるんじゃねェぞ」
「‥うん!!」
翼を広げたマルコの背にそっと乗せてくれ、マルコと何か意思を通わせたように一つ頷くと、マルコは高く高く舞い上がった。
「オヤジが上陸させるとは意外だった」
「‥ごめんね、巻き込んで」
「なァに、こちとらそのつもりで来てんだ。お前が落ち込む事じゃねェよい。おれじゃあ不安だろうが、オヤジもすぐに来る。安心しろい」
不安がないと言えば嘘になる。でもそれはマルコでは心許ないと言うことではなくて、何かあった時にマルコにまで怪我をさせてしまうかもしれないと思ったからだ。けれど、マルコと行けば早く島へ辿り着けると考えてくれて、二人ならニューゲートが来るまで踏ん張れると信じてくれたからこそ先に行かせてくれた。
「マルコがいてくれて、心強いよ」
背を撫でるとマルコは大きく羽ばたかせ、島の騒ぎの中心へと速度をさらに上げた。何分もしないうちに騒ぎの中心が見えてくる。その騒ぎを起こした人物達に誰もが夢中で、空から屋根へと降り立つこちらには誰も気付いていないようだった。
「‥あんなに怪我して‥」
最初に飛び込んできたトムさんの姿。胸元は赤く染まり、握りしめた黒い銛からは同じ赤が滴り落ちていた。想像していたものとは全く違っていた。傷だらけのトムさんを見に来たんじゃないのに。完成した海列車を、それが走る姿を嬉しそうに眺めるトムさんを見に来たのに。
「これから起こる事に口を出すな、絶対に‥!!」
反響したその声が、目の前の光景に引き戻す。すこしの沈黙の後、二人の名前を呼んだトムさんの目つきが変わり、そのまま黒いコートの男を力一杯殴りつけた。広がる光景に忽ち頭が真っ白になって、気付けば群衆の声に混じって声を飛ばそうとしていた。
「耳のタコはどうした」
「!」
「ナイスタイミングだよい、オヤジ」
口元を抑えたのはニューゲートで、空気に触れたのは最初の一音だけ。それも揉み消されるように喧騒の中へと溶けていった。マルコから話を聞き即座に状況を把握したニューゲートの顔が、私の隣に並ぶ。視線はトムさんへと一直線に伸びていた。
「あいつの痛みが分かるか!!?」
薄ら笑いを浮かべるその男を殴ったトムさん。それを見て、私を抑える手を強めたニューゲートが言った。
「あの男の姿を、しっかり見ておけ」
口を出すなという言葉に乗せた想いを汲んでやれと。
ーーーーー
‥っ、はっはっ‥っ!!そうか、トモダチか!そいつはとびきりの礼を貰っちまったな。ありがとうよ、ナマエ。
ーーーーー
海兵によって向けられた麻酔銃の射撃音がいくつも鳴り響き、直後にトムさんは地に膝をつく。司法船襲撃もトムさんが仕掛けたのだとか、本当は悪い人だったとか、忽ち広がる批難の声。そんな人じゃない。トムさんは、そんな人じゃないのに。海列車を造ったトムさんの想いを、知らないわけじゃないのに。何が起きても口を出さないと何度も自分に言い聞かせ、ニューゲートやみんなとの約束を何度も頭の中で繰り返して、拳を握り、下唇を噛み締める。ニューゲートもまた、腕に血管が浮き出るくらいにその拳を握りしめながら、私を抱えるその腕にも力を入れ、その姿をじっと見つめていた。
「裁判長‥」
ふう、と小さく息を吐いたトムさんは落ち着いた声で今日の襲撃を認めると言った。そして、海列車を作ったことで何か一つ罪が消えるなら今日の罪を消してほしいと頼んだ。
海賊王の船製造の極刑の罪が残っても、愛弟子二人の命を優先したのだ。
「わしはロジャーという男に力を貸した事を、ドンと誇りに思っている!」
言葉の通りドンと胸を張ったトムさんは、そのまま優しい笑顔で地面に倒れた。その直後だった。
「‥声だ」
「どうしたんだよい、」
アイスバーグ、フランキー‥‥‥
ココロさん、ヨコヅナ‥‥
「トムさんの声だ‥」
目を凝らすと、トムさんのこめかみ辺りに私の渡した小瓶が落ちている。声が飛んできたのはそのせいだった。
お前も来ているんだろう
声が聞こえたぞ
ナマエ
飛び出さずにいてくれてありがとうと、声が頭の中に波紋を生み出すように響いていく。
迎えに出てやれず、すまなかった
だが、これは決してお前のせいじゃあない
決して自分を責めるなよ
自身の涙が落ちた先、ニューゲートの腕には私の爪痕がついて、血が滲んでいた。
「ニューゲート、ごめ‥」
「トムの声を聞いてやれ」
この先、パスミーシュカに何かあっても
アイスバーグやフランキーがいる
二人にも、お前の旅の話をしてやってくれ
私だけが聞こえるトムさんの声は穏やかで、優しくて、あたたかくて。こんな時でさえ自分のことよりもアイスバーグ達や私のことを気にかけてくれる。
ありがとうよ、ナマエ‥
トムさんの声は、そこで静かに途切れていった。