21

大きな高潮は、その後何度か続いたようだった。
自分のせいだと謝ったところで戻せるわけでもない、自己満足でしかないその謝罪が意味のないものだということは知っている。

「‥‥‥‥」

怒りという感情を、自分のお腹の中に収めておければ一番いいのも知っている。けれど、普段押し殺しているその感情は、ほんの少し沸いただけで過敏に反応を起こしてしまう。私の想いをそのまま反映してくれるこの力。望みを叶えようとしてくれているだけで、悪意はないことも、よく知っている。

「優しい声だったな‥」

ずいぶん長い間一緒にいるけれど、声を聞いたのは初めてだった。また少し仲良くなれた証拠なんだろうか。それとも、ニューゲートに言ってきた通り自分が少し成長したんだろうか。

「成長、は言い過ぎか」

結局この有様だもんねとお腹をぽんぽんと叩いてみるけれど、返事はない。聞きたいと思ってすぐに聞ける声ではないらしい。

「‥!」

けれど、かわりに今まで以上に海の上の気配が良く分かることに気がついた。
この近く‥海列車に乗るセイフの人間とその数、フランキー、ウソップ。サンジも。
もう一隻、海列車が飛び出してる。今から出発して大丈夫なの?乗ってるのはルフィと‥ナミ、ゾロにチョッパー。ココロちゃんに、ヨコヅナ、チムニーとゴンべも。それから、ガレーラの人もいる。あとは知らない人がいっぱい。‥アイスバーグは、いない。
そして、廃船島のすぐ近くに今にも乗り上げそうな気配。大きな波に巻き込まれて、気配が陸へと移動する。急いでそこへ向かえば、横に倒れるひつじちゃんの姿があった。

カン 

カカン
コンコン ベリッ

ガンガン
 コンコン

そして、聞いたことのあるリズムに、近付く足が速くなる。

「アイスバーグ!!」
「‥ンマー、こんな時に海にいたのか」

やっぱり、アイスバーグだった。生きてた。生きてた。ひつじちゃんの上、ハンマーを携えて釘を銜えて、アイスバーグはフランキーが壊した辺りを直してくれていた。良かった。良かった。
飛びつきたい衝動を堪えている私に躊躇なく手を伸ばして、ギュッと抱きしめてくれるアイスバーグ。

「濡れちゃうよ」
「雨でとっくに濡れてる。‥無事で、良かった」
「うん、アイスバーグも」

怪我も治らないうちに動かしているその身体をそっと撫でると、長い長い息を吐いた。同じように私の背も撫でてくれるから、私も真似をするように長く息を吐いてみる。

「‥アイツらのことも、知ったか」
「うん、セイフだって」

あの後、フランキーと出会ったこと。そこであのハトの人達のことを知ったこと。そんなことをかいつまんで話せば、アイスバーグは私がもっと早くから気付いていたんじゃないのかと力なく笑う。

「アイスバーグの部屋に集まった時にね、違和感はあったかな」

ただ、政府だと確信を持ったわけではない。それにしては、若葉のような青い香りがまだ残っていたから。そうかと沈んだ声の続くアイスバーグは、辛いのはパウリー達だろうなと部下のことを心配していた。彼らは誰より仲間想いだったからと。

「息子が一人でも辛い時は家族も辛いもんだって、ニューゲートが言ってたよ」

仲間想いは、アイスバーグだって同じだ。
幼い頃から知っている子達がこうして大きくなるにつれ、繋いでいた手が大きくなって、抱き寄せてくれるようになって、それはすごく嬉しい。けれど代わりに色んなことを抱えて、次第に周りに話せることも少なくなって、抱えて、背負って、時には誰かの分まで持って。いつしか腕が痺れていることや肩が凝っていることにも気付かなくなっていくのを感じると、少し切ない気持ちになる。
だから今だけは、止めどなく大地を打ちつけるこの針のような雨が簡単には泣かなくなった彼らの分まで涙を流しているのだと、そうあってほしいと願ってしまう。

「皆が辛い時は、私が笑うよ」
「‥お前も辛いのにか」
「ひひ、私はもうフランキーの所でいっぱい泣いちゃったから」
「お前が‥?船の事を何か言われたのか」

ひつじちゃんの縁を掴んで千切ったのはフランキーだと言えば、あれは確かに座礁等の類じゃなかったとアイスバーグは言う。

「‥ひつじちゃん、直してあげるんだね」

フランキーが嫌がらせでやったわけじゃないと分かっているし、アイスバーグももう直らない船だといっていたから少し不思議だった。

「‥船の声を、聞いたことがあるか」
「ううん、私はない。でも、ウソッ‥あの、鼻の長いルフィの仲間が聞いたことあるって」
「‥そうか」
「なんとかマンって言うんでしょ?」

アイスバーグも、その声を聞いたと言う。もう一度走りたいという言葉に、船を直さずにはいられなかったらしい。あと少しなんだ、あと少しだ。そう言って再び船の修繕に向かうアイスバーグの背中を、近くの廃材に腰掛けてずっと見ることにした。
やれるだけのことを施したいと、雨に打たれ大波が迫るこんな海に近い場所で、自分のことも顧みずに船を直していくは細い背中。けれど、会う度に大きく逞しくなっていくその背中は、トムさんの隣に並んでいた時よりずっと、トムさんの後継者らしい背中になっている。トムさんも、アイスバーグやフランキーの船に向き合うその背中を見て嬉しそうに眺めていた理由が、なんとなくわかる気がした。

「ナマエ、これを起こせるか」

肩で息をして、雨と混じった額の汗を腕で拭ったアイスバーグが言う。

「もういいの?」
「ああ」
「ひひ、久しぶりの進水式だ!」
「ンマー、投げるなよ。そっと置いてやってくれ」
「はーい!」

私もー、ドンとやれー

この天候や状況に似つかわしくない、もう何年も言っていないその陽気な言葉と一緒にそうっと水面に浮かべて振り返れば、出来る所までやったとそんな表情で一つ頷いてくれた。

「‥何をしてんだおれァ‥」

希望もない船を。そう続く言葉に、ため息を添えるアイスバーグ。後悔とは少し違う。自分の行動に困惑しているような、呆れているような、そんな雰囲気だ。

「アイスバーグ、ドンと胸を張れ!」

きっと、トムさんならそう言う。ひつじちゃんの声が聞こえた事にも、絶対に意味があるって、雨も吹き飛ばすくらいの勢いで笑い飛ばしてくれる。トムさんの体格には到底及ばない自分の身体で最大限胸を張れば、アイスバーグも頬を緩ませて胸を張った。

「アイスバーグさん!!そこで何してるんですか!!」

彼の姿を見つけたガレーラの子も、大波の心配と怪我人である社長の身体を気遣い声を飛ばしてくれている。

「ひひ。アイスバーグってば社長なのに、帰ろうってお迎え」
「ンマー、偉いから迎えが来ただけだ」

決して子供のアレとは違うと言いながらそのまま道具をしまって、差し出してくれた手。

「私は子供だから手を繋ごう」
「はぐれたらえらい騒ぎだからな」

その手を掴んだその時。


ありがとう


「!」


振り返るアイスバーグの握る力が、強くなる。

「温かい声だね」

聞こえたか、と視線は船に向けたままのアイスバーグの言葉に聞こえたと返したけれど、聞こえているのかは分からない。ただひたすら、クルーもいないその船が押し寄せる波に乗り、まるでレールの上を走る海列車のように進路に一直線の光を辿って海の上を往く姿を目に焼き付けている。

「お前か‥?」
「私、何もしてないよ」

アイスバーグには、私がその船を私の海に乗せたと思ったのだろう。けれど、言葉通り何もしていない。ゴーイング・メリー号の想いが、そうさせている。助けたいというその気持ちで、ルフィたちの元に真っ直ぐ向かっている。

「‥ナマエ。一つ、頼みがある」
「うん」

何を頼まれても、私の答えは一つだ。岸を離れたアイスバーグは急ぐぞと私を道具箱と一緒に抱えて町の上の方へ戻ると、船を出すと言った。勿論みんなが止めたけど、一人でも行くと聞かない社長を一人になんてしないガレーラの絆。とびきり大きな船に乗り、その船を追いかけるように海へ出た。

「あの船は、無事だろうか」
「うん、ちゃんと司法の島に向かってる。自分の力で、真っ直ぐにね」

アイスバーグの頼みは、一緒に来てくれるかと、ただそれだけだった。嵐の中を無事に進むための道具としてではなくて、フランキーを迎えに、その船を見届けるために、一緒に行こうと言ってくれた。それでも嵐の中を大事な仲間を乗せて走らせたくないと思ったのは、私の勝手な想い。少しだけ、嵐の間に自分の海を敷いて、皆には気取られないように。だけどみんな無事で海を渡れるように。アイスバーグがずっと手を繋いでくれているから、能力と少しだけ仲良くなれたから、大きな船でも、嵐の中でも、少し上手に力を使えた。

「パスミーも、声があるのかな?」
「‥きっとな」
「私も、いつか聞きたいな」