24

ルフィたちが戻ってきてから二日後。街の被害は甚大で、その修理には誰もがお手上げ状態。そんな中ガレーラの船大工達が街の修復を請負い、復興を迅速に進めていた。
斯く言うガレーラの本社もほぼ全壊。跡地に仮設された本社で、私はアイスバーグが設計図に線を引く音を聞きながら外の様子を眺めていた。

「暇か」
「うん、暇を楽しんでいる」

鼻と上唇の間に鉛筆を挟んでアイスバーグの方を向けば、確かに楽しそうだなと笑みをこぼしてまた机に向かっている。

「‥あ、もしかして私がいると気が散る?」

体調も本調子ではないアイスバーグのそばに居たくてこうして彼の見える所にいるのだけど、一人になる時間がない分鬱陶しいかも知れないということが頭から抜けていた。

「出て行こうか?」
「ンマー、そうだな‥いつでも航海に出ればいい。船はもう直ってる」
「そっ‥‥‥‥え?」

カランカランと鼻の下から音を立てて落ちていった鉛筆は、見事にアイスバーグの足元へと転がっていく。

「‥夜中にベッド抜け出したの?」
「船を触ってた方が、傷も早く治る」

鉛筆を追いかけて股の下に潜り込む私を気に止めることもなく、パウリーが戻ったら船停め場まで案内させよう、と製図にペンを走らせる。
いやいや、いやいやいやいや。

「バカオッシャイ!」
「お前もずっと撫でてただろ」
「動いてほしくてやったわけじゃないよ!」

町に戻ってきてすぐ、その怪我を負った身体でパスミーの修繕をしておいてくれたと言う。相変わらずペンを動かす手を止めないから、机とアイスバーグの間によじ登り、絶えず動く手をひしっと捕まえてペンを奪った。もうだめだ、仕事なんかしている場合じゃない。

「寝てください」
「喜ぶと思ったんだがな」
「そりゃ嬉しいよ!」

静かにしていた分を爆発させるみたいに声を大きくして、アイスバーグとペンを奪い合う。

「じゃあ良いだろ」
「嬉しいけど、アイスバーグが無理したのは困る!!」
「ペンを返せ!」
「やだ!アイスバーグこそ早く寝てよ!」
「イヤだ!」

言葉を飛ばす毎に居場所を変えられるこのペンにはなんの罪もないのに、どちらの手に収まるべきかさぞ困っていることだろう。

「そう言うとこ、トムさんそっくり!!」
「弟子だからな」

トムさんもいつも遅くまで起きていて、身体を壊すよといってもこれが終わったらなとか、今日は楽しくて眠れねェのさとか、そんな風に結局朝まで起きていることばかりだった。流石に、ペンを引っ張り合うことはなかったけれど。トムさんはペンを奪ったら紙を差し出して、お前も何か描いてみたらどうだと横に椅子を出してくれたっけ。それで私の方が先に眠ることの方が多かったと思う。

「い、い、加、減、は、な、せ‥!」
「は、や、く、ね、て、よ!」
「おいおいここはまた随分騒がしいなァ‥邪魔するぜ」

ペンの取り合いも段々楽しくなってきて、遊びのように引っ張り合いをしていると、タイミングがいいのか悪いのか、ノックもなく入ってきたフランキー。私のお決まりの言葉を真似したように同じ言葉を使うから、怒るのも一時中断して私もアイスバーグも顔を見合わせて笑った。

「なんだ、喧嘩は終わりか?」
「終わらないよ聞いてよフランキー!アイスバーグが怪我してるのにパスミーを直してくれたの!!!」
「へえ。‥それで?」
「‥ん?終わりだよ?」
「‥それじゃあ怒る要素がねェじゃねえか」
「何で!怪我してるのに!撃たれたのに!!!」

だから今こうしてペンを奪っている所だと説明すれば、ペンを奪っても寝ることはねえだろうよとフランキーは笑う。味方になってもらうつもりが、やっぱりトムさんの弟子はトムさんの弟子だ。二人ともあの背中を見て育ったから、そう言うところもそっくり。 

「船が直ったってのに、礼を言われるどころか叱られるたァ傑作だなバカバーグ」
「まあ、想定内だ」

フランキーの言葉に、自分がお礼を言っていなかったことを思い出す。パッとペンを離して、今度はアイスバーグのお腹にぎゅっと腕を回して顔を見上げた。

「パスミーのこと直してくれて、ありがと!」
「ああ、そうやって素直に喜んどきゃァ良いのさ」
「良いねェ、その笑顔。久しぶりに見た気がするぜ」
「ひひ、そうかな?」
「何せ司法の島の出来事は短ェんだか長ェんだか、怒涛の嵐よ」

フランキーは託された設計図の行く末を話に来たと椅子に腰かけ、あの島での出来事を話してくれた。確かに、聞けば聞くほど一日で起きたとは思えないほどの情報だ。ルフィ達とも一緒に戦ったそうで、彼らをとても気のいい子達だと思ったことも話してくれた。

「約束通り、お前の分まであの野郎をぶん殴って来てやった。これでわっしょいわっしょいだな」

おれも数年越しにスカッとしたぜと言葉を足して、ハイタッチをするように両の掌を私に向けてくれる。

「ひひ、わっしょいわっしょいだ!」

ありがとう、とその掌に自分の両手をパチンと重ねて笑えば、フランキーはそのまま私の両手を掴んで上に持ち上げた。相変わらず軽すぎだなとTシャツを揺らすくらいの感覚で私を揺らすフランキーの顔は、今日の空のように晴れやかだ。

「しかしまァ、あの時はとにかく止めねェとと思ってトムさんの言葉を使っちゃ見たが、しっかり効いたみたいで安心したぜ」
「効いた効いた!足しか出なかったし加減した!」

あの日、フランキーは私が止まらずに彼らに手を出していたらどうしようかと思っていたらしい。向こうも見たかったと言ってたから大丈夫だとピースサインを張り切って両手で掲げれば、それを見た二人は呆れたように息を吐いた。

「そりゃおめェアウトじゃねえか!!」
「ンマー、なんでお前が知らねえんだフランキー」

すかさずアイスバーグが鋭く突いてくる。フランキーが飛ばされて意識を飛ばしてた少しの間だけだったからと言おうと思ったけれど、それは内緒にしておこう。

「でもまあ、なんともなくて良かったぜ」
「ひひ、良かった良かった」

本当はね、全然良くないよ。その後、このお腹の渦を止められなかった。海に入れば落ち着けると思っていたのに、いつも以上にお腹の底が熱かった。もしかしたら、私のせいで大きな大きな高潮が来たのかもしれない。ごめんね、大事な町を。ごめんね、ごめんね。謝ってしまえば楽になれる。そんな甘い誘惑に喉を擽られそうになるのを唾と一緒に飲み込んだ。

「ンマー‥暴れたことはともかく、だ」
「今回の高潮を、自分のせいだと思ってんだろ」

けど、この二人にはバレバレらしい。私の考えをぴたりと言い当てたフランキーは、言葉を聞いたアイスバーグと顔を見合わせて笑う。そして、天井すれすれまで高く上に放り投げ、落ちてきた私を自分の真上で受け止めた。

「随分傲慢じゃねェの」
「え?」

もう一度高く放り投げたフランキーは、その胸元でぎゅっと抱きしめるように受け止めてくれる。

「ま、お前の可能性もないわけじゃねェがな。単純に今回のアクアラグナの勢いが強かっただけかもしれねェし、お前以外の奴の能力だって可能性もゼロじゃあねェ。可能性なんてモンは考え出したらいくらでも湧き出るもんだ」
「申し訳なく思う気持ちは分かるが、お前にこの島は壊せねェと、おれ達は知ってる。たとえ怒りに揺れてもな」
「‥二人とも‥」

チュー、とティラノも可愛い鳴き声でその声を後押ししている。トムさんと同じように私の荷物を降ろそうとしてくれるその温かい言葉が、こんなにも嬉しい。

「ひひひ、ありがと」
「全部、トムさんの受け売りだ」

とは言え、今回の高潮の規模は流石に無視できないと、街の人々にも不安を与えているとアイスバーグは言った。

「男なら‥ドンとやれだ」

だから、島ごと海に浮かべるための図面を引いているんだと。まるでトムさんだと呟いたフランキーの言葉に私も大きく頷いて、ペンを一旦置いたアイスバーグの背中に飛び乗った。

「これが完成したら、お前も見に来いよ」
「うん。ニューゲートと見に来るよ」
「そうだな、必ず来るよう伝えてくれ」
「ひひ、伝えるよ」

そこへ、一本の電話が入る。何やらフランキーの大きな買い物が到着したらしい。

「‥麦わらの所へ行ってくる」
「嬉しそうじゃねえか、フランキー」
「まあな!ナマエ、お前はどうする」

アイスバーグの元に居たいけど、フランキーと一緒にアイツをやっつけてくれたと言うロビンにもお礼を言いたいし、ルフィとも話したいし、ちょっと気になることもあるし。

「バカバーグが心配ならここにいろよ」
「麦わら達が気になるんだろ?行ってこい」

悩んでいる声が彼らには筒抜けなのだろうか。目を大きく見開いて、ピシャリと言い当てる二人を交互に見やれば、最後は三人で顔を見合わせて重なる笑い声にまた笑う。

「そしたら、ロビンにお礼言いに行ってくる。ティラノ、アイスバーグが無理しないように見張っててね」

返事を返すようにピッと伸ばされた短い前足は、何だか心強い。しっかり者の見張り番にアイスバーグを託して、私はフランキーと一緒に特別海賊ルームへと向かうことにした。

「フランキー、さっきの電話なあに?」
「そうだなァ‥おれの夢も、漸く走り出しそうだ」

サングラスを上げて、真っ白な歯を覗かせたフランキー。アイスバーグの言う通り、足取りも軽く嬉しそうだ。

「さあ、麦わらのところまで急ぐぞ!」
「わっ、」

フランキーはひょいと私を持ち上げて肩車をすると、落ちるなよとさらにスピードを上げる。
風に混じる潮の香りがいつもより早く流れていって、海の上を走っている時みたいだった。

「麦舵いっぱーい!」