06
「頼もーう」
門番に声をかけ、中に入れてと頼んでみたが当然のように断られた。コブラに会いに来たと言えば、国の情勢も相まって不届き者だと思われたらしい。横を通ろうとしてみたり、ひょいと飛び越えてみたけれど、首根っこを掴まれるばかり。
「身分を明かさぬ者をどう信用しろというのだ!」
「ナマエです!」
「入口で騒ぎと聞いてきてみれば‥これはまた珍しい客人だな。」
そう言って門番に武器を下ろさせたのは、チャカだ。彼に駆け寄ると、数段下に降りて目線を下げて久々の再会を歓迎してくれる。
「こんな時期だからな、警戒を強くしてるんだ。許してくれ」
「ひひ、遊んでもらってた」
「なんだ、そうか。」
「楽しかったよね」
慌てて誤解を解こうとする門番の様子から察したのか、気にするな、と優しく彼に手をあげるチャカ。下ろした腕をキュッと握ると、その腕で私を抱き上げる。昔よりもずっと逞しくなったその腕で、私の背中はポンポンと優しく撫でられた。
そうして宮殿の廊下を通っていると、皆が余裕なく忙しそうにしていることが妙に目についた。横を通れば挨拶はすれども彼をチャカだと認識出来ているのかさえ疑ってしまいそうなほど、足早に通り過ぎていく。コブラももう随分と歳を取ったのだから無理していないといいけれど。長いようで短い廊下を奥へ奥へと進む途中、チャカに抱かれた私の姿に目を丸くした男が一人。ペルだ。
「来ていたのか!」
近づく彼に名前を呼ばれて手を振れば、チャカが私を床に下ろしてくれた。私の目線に合わせるように腰を下ろして、優しく微笑むペル。
「随分久しいが、変わりないか?」
「見たまんま、なーんにも。ペルはちょっと疲れてるね」
「久しぶりにナマエの顔を見れたんだ、疲れも吹きとんださ。」
国が大変な時期だという件に関して言えば、先ほどのチャカを見ても想像よりずっと事態は深刻そうだ。それでも、両翼で包み込むような暖かくて優しいその言葉は私を笑顔にする。差し込む日差しも、国の状況とは裏腹に随分と穏やかだ。二人と一緒に廊下を歩きながら今の国の情勢を少し聞いて、漸く二人の険しい顔つきの理由に納得がいった。
「国王様が一番お疲れだ。我々も、少しでも役に立たねばな」
コブラの娘であるビビがあの船に乗っていた理由も合点がいったけれど、イガラムは乗っていなかったと思う。余計な心配を増やしてもなとそれには触れず、コブラの部屋の前まで送ってくれた二人と別れた。
そっと手を伸ばして重厚な扉に触れた瞬間に、ひやりとした感触が指先から全身に走る。
友達の国であろうとも、国の情勢というものには正直興味がない。助けてと言われれば勿論加勢するけれど、それが不利に働くこともある。そもそも部外者の私が考えなしに介入するのはおかしな話で、偶然その時にその地に居ただけの、経緯も人伝にしか知り得ない状態で肩入れすることはしたくなかった。何より友達がそれを望んでいないのだから、私は難しい話には興味を持たず、ただ無邪気でいれば良い。子どもらしくいることが、良くも悪くもその時その場で最善の行為だと思うからだ。
「邪魔するぜ!」
そんな矛盾だらけの子供染みた持論を盾に、重厚な扉を開け放つ。今日一番の大声で、満を持して決めポーズを取ると、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたコブラとご対面することになった。数秒の沈黙の後、大きな声で笑うコブラ。拍子抜け、と言ったところだろうか。チャカたちの話を聞いていたから余計と、作り物ではないその笑みに少し安心した。
「もう何日か先かと思っていた。こんなに早く来てくれたか」
「ひひ、コブラが会いたいと思ってくれたからね」
一人部屋にしては広すぎるそこに自分の声が微かに反響する。暖かい空気の中で少し寂しさも交じっているような、そんな空間で久しぶりの友との再会だ。目を細め、何も言わずに頭を下げるコブラ。そんな彼の下に潜るようにしてしゃがみ込み、下げた顔を覗き込む。
「頭を下げる必要はないって、いつも言ってるよ?」
「これが私のやり方なのだ。私の頼みは、決して簡単な頼みじゃない。いつだって、な」
「ひひ、今回も気にせずやってね」
そろそろ私も見上げた首が痛いのよ。そう言って笑えば、彼はふっと笑いながら頭を上げて、敵わんなあと頬を掻く。
「私がいるよ。」
「これほど心強い言葉、他にはないな。」
「大事な友達だからね。」
ニッと笑って見せれば、つられるように声をあげて笑うコブラ。カルーが到着したのは、それから程なくしてからだ。一気に慌ただしさが増した宮殿内はピリッとした空気が充満して、先ほどの空気は露ほども感じられなかった。部屋で休むように言われ一旦部屋に来てみたものの、肌に刺さるその感覚をこの地で感じることになってはどうも落ち着かない。触発されるように心臓が大きく鳴る。深呼吸を一つしてベッドから降りると、先ほど来たばかりの廊下を引き返した。
「ナマエ!」
「身支度なんてして、どこへ行く」
コブラを呼んだはずが、返事を返したのは副官の二人だ。身を案じてくれているのか部屋で休んでいろと声をかけてくれる。この空気の中では少し異様にも思えるその優しさ、未だに慣れない。
「子どもは遊びが仕事だからね」
言葉を返そうと一歩踏み出したペルを止めるように、コブラが手を伸ばす。こんな時に状況の分からないことがさらに増えて、困惑しているだろう。それでもそのたった一言で二人とも何かを飲み込むように大人しくなる。コブラを信頼している証だ。
「心配いらないよ。ちゃんと帰ってくるから」
私は二人の手をキュッと掴む。大丈夫、信じて。
感謝する、と頭を下げるコブラに下からピースサインを見せ、私は宮殿を後にした。