07
街の外へ一歩踏み出せば、見渡す限りの砂の海。日中とは違って、一気に気温が下がっていて気持ちがいい。あの人はどこに行ったかな‥。
瞼を閉じて気配を辿れば、遮るもののない広大な土地に一閃の気配を感じた。遠く遠くまで伸びるその糸のような線は、どうやら川の向こうまで続いているらしい。それともう一つ、点として存在するその気配はすぐ後ろにあった。
「かくれんぼのつもりなら、そっちの負けだよ」
「こんな所で会うとはな。何してる」
「何もできない子供だって知ってるくせに、変なの」
「クハハハハ!!何も、だと?‥おれの邪魔はするなよ、ナマエ。」
「ひひ、それはワニ坊次第かな」
以前はこの呼び方にいちいち言葉を返していたけれど、少しは大人になったらしい。今回はどこに引っかかったのか、眉がピクリと動いただけだ。
「丁度良かった、川向こうまで送ってください」
「断る」
「そっちのお願いも聞いてあげるから!」
形を保っている間に急いで腰にしがみつく。振りほどこうと頭を押す彼に負けじと、私も掴む腕をきつくした。
「連れてって!」
「離せ」
「連れてって!!邪魔しないから!」
「ハッ、信用できねえな」
「んー、邪魔しないっていうのは無理か。ごめんごめん」
「交渉決裂だ」
離れろ、とコートを翻して左の鉤爪を振り上げる。即座に当たらない位置まで距離を取って、代わりに指切りの小指を差し出した。
「私がワニ坊を倒しに行くことは絶対しない。」
「‥小指を立てるか」
「信じてくれる?」
「信用したわけじゃねえ。が、お前とは相性が悪い。ミスオールサンデーとMr.2を手にかけないというなら、誘いに乗ってやってもいい」
「うん、交渉成立だね」
そう言うと、黒いコートを靡かせる風に沿う様に砂塵が舞い、彼の背中へと誘われる。だだっ広い川もなんのその、夜空を渡るその姿はまさに風に舞う砂のようで、荒く素早く大地を駆ける。見た目よりも遥かに良い乗り心地に安心しすぎたらしい。砂が目に入らないよう、きゅっと目を閉じれば砂漠の香りとワニ坊の髪の毛の香りが混じって後方へと流れていく。うとうとし始めた頃、目的地に着いたのかドサリと地面に落とされた。目を開いた時には送ってくれた当人はもういなくて、かわりに眼鏡のお姉さんが私の顔を覗き込んでいた。
「どうして砂まみれで宿の前に‥!あの、お怪我はありませんか?」
うんうん、と首を動かせば良かったと私を砂から引き摺り出してくれた。身体に残る砂を払いあたりを見回せば、宿の隅に小さな小さな砂嵐が一つ、踊るように舞っている。私が砂まみれだった真意はわからないけれど、私が寒くないようにか背中が痛くないようにか、意外と優しいところもある人だ、嫌がらせではないのだろう。砂嵐がちょこんと足に触れると、はらりと砂が落ち「promise」と文字を作る。なにこれ。随分洒落た置き土産だ。さて、この街はどこなんだ。あの人の気配もまた追わないと。
「今日はもう遅いですから、こちらでゆっくりしていってはどうですか?」
「急ぎの用事があるんだ。助けてくれてありがとう。」
私の後を追いかけてきたお姉さんが眼鏡を抑えながら言った「もう遅い」と言う言葉を聞いて、時間を尋ねると予定より1時間も過ぎている。なんてこった。
「人を探してるの、もう行かなくちゃ」
「あら、では私も一緒に探しますよ」
「遅い時間に出たらお姉さん連れていかれちゃうよ」
「ふふ、心配してくださるのですか?」
「ひひ、私の心配もしてくれたから、おあいこ」
こう見えて強いんですよと笑う赤眼鏡さん。いい人だなあとその下がりかけの眼鏡に手を伸ばすと、後ろから低い声が聞こえた。
「たしぎ、何してる」
「あ、スモーカーさん!」
「あ!!!探してた人!!」
やっと会えたと手を振れば、エースと行ったご飯屋さんと同じような反応を飽きずにしてくれた。ニッと笑ってそのグローブをつけた手を引きずんずんと扉へ向かう。私に引かれているのが気に障ったのか、離せ、とどこかで聞いたようなセリフを吐き捨てる。
「お前の遊びに付き合ってる暇はねえ」
「おじさん、冗談言いなさんな。遊びたいならせめて大将くらいにならないと」
「‥何だと?」
「時間がないの。別にここで話してもいいんだよ」
言葉に合わせて赤眼鏡ちゃんに視線をやる。状況を把握し切れていない彼女も今が不穏なことだけは察してくれているようで、刀にそろりと伸ばしている手をピタリと止めた。それに気付いた彼も葉巻の煙を大きなため息と一緒に吐き出し、漸く入口へと足を向ける。
「たしぎ、少し離れる。何かあればすぐに連絡しろ。」
「わかりました、スモーカーさん」
行くぞ、と今度は私が後を小走りするような形で、正義を背負った大きな背中を追いかけた。