08
一方では反乱を起こそうと武器を集めている者がいると言うのに、この町の夜は打って変わって活気ある賑やかさだ。酒の席を楽しむ輩は周りなど構やしない。だからこそ話をするには丁度良かった。側から見れば子供と中年。宛らおれは、子守りでもしているように見えるのだろう。短い足を前後に揺らし、煙草の煙を目で追いながらオレンジジュースを待つこのガキの。
「私のこと、どこまで知ってるの?」
待ち侘びたジュースをストローで吸う姿はどこからどう見てもただの子供だと言うのに、その言葉と笑顔の差から生じる重圧は、とてもこいつのものとは思えない。
「巡遊のナマエ‥正直、火拳と出会した場でその姿を見るまでは、お前の存在すら信じちゃいなかった」
「ひひ、それでも私だって気付いたんだね」
音を立ててジュースを飲み切ったかと思えば、本題だけどと唐突に話題を変えられ掴み所を見失う。遊びじゃない話だと前置きを置く辺り、先程よりも遥かに圧を上げてきている。
「どうしてこの街に来たの?」
「おれの勘だ」
「そっか。いい勘してるんだね」
「‥貴様、何を知ってる?」
明らかに何かを知っている物言いに、つい身体が前のめりに反応した。そんな事は気にも留めず店員に追加を頼む姿は完全にこちらをナメている。それにも関わらず、情けなくも彼女の次の言葉を待つ以外選択肢がない。
「おかわり、いい?」
「何を知っているか答えろ」
「それは言えないよ。ルール違反だからね」
彼女の存在を自身で認識した以上、顔を背ける姿は子供でも中身が比例していない事も完全に否定は出来ない。その彼女が事態が事態と察した上で紡ぐ言葉は至極楽観的で、酷くおれを苛立たせた。
「遊びもそうだけど、一人がズルをすれば誰かが釣られて狡いことをする。そしたら最後まで真面目にやる人が可哀想だよ。」
プツン、と何かが切れた。他人には時間が無いと迫りながら、自身はあくまで幼い言葉で立ち位置を語り状況に踏み込もうとしない。状況を知りながら我関せずとでも言いた気な態度に、我慢の限界が来た。勘定を机に置き首を掴んで外へ連れ出しそのまま真上の屋根へと飛び、着地と同時に叩きつけるように押さえつける。何が遊びと同じなのか、何が狡いのか。そんな怒りのままを小さな身体にぶつけた。
「国の存亡に関わるべからず、だっけ?」
苦しそうな顔をするどころか、先程までとなんら変わらぬ笑みを浮かべておれの手首を掴む。噂とは尾鰭がついて回るものではなかったか。それとも全て真実か。半周程しか届かないその小さな手で、指が麻痺するほどの握力。おれへの抵抗か、或いは言葉への怒りか。目の前に対峙する噂の根源に、ギリ、と奥歯を噛み締める。
「私の顔を見ただけでピンと来るんだもん、誓約書くらい知ってるんでしょ」
「それなら何故この国にいる」
「友達に呼ばれたの。だから来た。」
「お前を呼ぶ事が出来る奴等限られている」
急いた胸中の現れか、次第に駆け足になる言葉の応酬と増える口数、投げ続ける問い掛け。
「やっぱり勘はいいんだね」
「国王は、何を企んでやがる」
「友達の名誉の為に言うけど、コブラは私を戦いの前線に置こうなんて微塵も考えてないよ。友達の気持ちを蔑ろにしたりしない。」
一区切りとなった返答に、彼女はひとつ深呼吸を置いてから再びゆっくりと口を開いた。
「だからこそ、“海軍”のスモーカーさんに話をしに来た。」
その言葉は、結果として腕の力を緩めることとなる。彼女が身体を起こしておれの腕を振り解く合図にもなった。そして、彼女の言葉が澄んだ夜空に静かに響く。
「一度きりだ、よく聞いて。」
冷気を纏った言葉。先ほどまでの笑みは面影すらも残っていない。彼女が空気を吸い込んだ次の瞬間、一気に熱量が上がるのを感じた。
「反乱軍と国王軍に、バロックワークス。その上ルフィたちがこの国へ来てる。ルフィのことを知っているなら、どうせ王女が一緒にいることも知っているんでしょ。あの子のことだ、王女を連れてる時点で多かれ少なかれ何かが起きる。そうなれば今この国にいる海軍だけじゃ到底足りない。戦いの後の復興だってある。権力はなくていい、街の人の正義になれる海軍を援軍に宛てて。必ず。難しいようなら、センゴクに私と会ったと言ってもいい。私を連行したっていい。」
とにかく手配を進めろと幼さの抜けた口調は、妙だが違和感はない。一体何処まで知っているのか、麦わらとも繋がりや海軍の具体的な人選への拘り、そして何より、何故それをおれに話し託すのか。問い掛ける事も視線を逸らす事も許されず、ただ一度唾を呑む。
「背中の正義、生かしてよね」
「‥どういう意味だ」
拒否など出来るはずもなかった。これ程までかとその重圧に抵抗する事さえ忘れたおれを横目に、息を吐いて屋根に寝転がると、その短い手足を投げ出した。
「注文したオレンジジュース、スモーカーさんにあげるね」
元の口調に戻ったその言葉を聞いた後、葉巻を蒸しながら様子を見てみたが動く気配はない。おれは吸いかけの葉巻を供えるように置いて、その場を後にした。