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予定より遅くなった帰りを、三人とも待っていてくれた。実際は明日への備えの最中だっただけなのだけれど、静かに宮殿へ戻り部屋を覗くと笑顔で迎えてくれたのだ。先に休みなさいと私の背を押して部屋の外へと連れていかれる。我慢していた欠伸も、お風呂に入った途端次から次へと湧き出してくる。ベッドに入れば一秒足らずで寝息に変わる。おかげで翌日は清々しい朝を迎えた。

「私は宮殿に居ない方がいいね。街の様子でも見てくるよ」
「こちらが呼んでおいて、すまないな」
「街でやることも見つけたし、大丈夫」

お互い為すべきことをする。言葉はなかったけれどそれぞれが心に一つ決意の灯を燈して、お互いの無事を心で祈る。私はそのまま宮殿を後にした。
宮殿を一歩出れば、その重く圧し掛かるような空気が建物に押し込められているのだと嫌でも感じることになる。それに比べて空はどこまでも広く開放的だった。一際高い屋根に上って街の様子を見渡せば、既にぽつりぽつりと火種が点いている。数時間もすれば、この空を見上げることさえ難しくなるのだろう。

「とりあえず、あそこかな」

一つ、面白そうな火種を見つけて近づけば、海兵の剣を弾き飛ばしたその緑頭のお兄さんが殺気を纏って振り返った。

「‥お前!!」
「面白そうなことしてるね、緑さん」

話しかける間、私を庇うようにその背に寄せて、湧き出るエージェントや海軍との戦闘の手は止めない。剣と剣が当たる音、風を切る音、豪快な太刀筋。なるほど。この背中は、確かに心強い。

「船にお邪魔した時私のこと睨んでたでしょ。だから来た」
「別に睨んじゃいねえよ」

強くも弱くもない人たちが次々に登場してきて、話もまともにできやしない。私がそう言葉を漏らすと、ちょっと待ってろと言って残りの敵を一気に吹き飛ばした。その人たちが横たわる真ん中に、私と剣士の二人きり。ひひひ、と彼を見上げれば、困った顔をしながら彼が腰に刀を戻した。

「‥何だよ」
「十秒だけ遊んでくれる?」
「はあ?」

船にお邪魔した時ルフィの友達として皆が温かい視線をくれる中で彼だけは少し違っていた。あの場で何かを言うわけではなかったけれど、その視線は明らかに何かを感じていた。カバンにあったペティナイフを彼に向けると、舌を打った彼の顔つきが変わった。そして、彼も腰刀を一本抜いて私のナイフに刃先を当てる。

「生憎だが、ガキでも容赦しねえぞ」

向けられた鋭い視線には、こちらの出方を伺う慎重さも入っている。お先にどうぞとナイフでその刃を弾けば、彼はもう一度刀を握り直して一気に間合いを詰めてきた。手に持つナイフをその刀に当ててはみるけど、これで攻撃を止めているように見えるんだろうか。結局そのナイフはただの飾りでしかないわけだ。振り下ろされた刀の先を地面に蹴りつけ、一気に懐に入り込んでその至近距離から唾を呑む彼の顔を見上げた。

「‥何の真似だ」
「十秒、経っちゃった」

ぱっと身を離す私とは違って、彼はまだ終わってないと刀を再び構える。もう少しやっても良かったけれど、向かってくる海軍の中から昨夜助けてくれたお姉さんの声が微かに聞こえている。

「ごめん、また今度ね」
「おい、待て‥!」
「ロロノア・ゾロ!」

彼女が苦手なのか異様に反応を見せている彼も、海軍のお姉さんとは顔見知りのようだ。彼女を避けるように走り出すその姿を再び屋根の上から見学しながら、今度は違う方へと目を向けた。当然のことながら、国にはこの戦いを肌で感じることのない、人伝いにしか戦況を知り得ない人だって沢山いる。現に不安を抱えながらもいつもと何ら変わらない、今日がその境になると思いもしない人が確かにいる。そんな彼らが私と同じように空を見上げ仲間と笑い合う姿が見えて、この国の人が故郷を語る時はあんな風に笑顔でいたらいいなと、そんなことを思った。