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ピリッとした痛みが胸に走る。
視界の端にある建物の屋上に、知った気配が三つ集まっていた。少し気になって加速して向かえば、ペルとミスオールサンデーが対峙している姿が小さく見える。‥見えてしまったものは仕方ない。そう、仕方ない。見に行くだけ、見に行くだけ。簡単に倒されるような人じゃないとわかっていても、屋根を蹴る脚に力が入って瓦が何枚か剥がれていった。
「もう少し遊んであげたいけど、私にはその時間がないの」
まだ遠いそこから微かにそのセリフが聞こえて、心臓がドクンと脈を打つ。ペルは心を乱されているのかいつもと違って動きが大雑把だ。だからなのか、一瞬の隙に身体から腕が生え関節技を決められ、剣を手放しその場に倒れた。
「王国最強の戦士も大したことないわね」
見に来ただけ、見に来ただけ。けれど、大事な友達の姿と今の言葉だけで十分だった。着地と同時にペルの落とした剣を拾い、瞬きの間に彼女の喉元へその剣先を突き立てる。剣を押さえている地面から生えた二本の腕は僅かに震えていて、足りないと踏んだのか持て余しそうなほど幾つもの腕が次々に生えてきた。
「あなた‥!」
最初に声を出したのは、ルフィのところにいた王女様だ。剣を離して手を振って見せると、その隙を突こうと今度はその剣がこちらに向かって振り下ろされる。上手に剣を避けるゲームはさっきのゾロとの遊びで十分だ。その刀身を殴りつけると、勢いよく手元から弾かれた剣が床を滑るように王女様の前へ飛んでいった。
「うそ‥っ!!」
あの子の、身体が先に動いてしまう所は誰に似たんだろうか。私を庇おうとしたのか、膝を立て今にも駆けだしそうな体勢で硬直したまま表情だけがコロコロと変わっている。顔色一つ変えず私を見つめるミスオールサンデーとは大違いだ。ちょっと、面白い。
「ルフィより強いし、ペルも必ず助ける。大丈夫だよ」
「‥あなたは私に手を出せないはずよ」
ゆっくりと後退しながら私との距離を取ったミスオールサンデーの声は、僅かに震えている。私は彼女がその言葉の意味を何もわかっていないことに、小さく笑みが零れた。
「そっちのボスは私が我慢できないことを知ってる。だから、手を出すな、じゃなくて”手にかけるな”って言ったの。」
出来るだけ解り易く、簡単な言葉で。
「子どもでも守れる約束にしてくれた。交渉は平等でないとね」
誰でも理解できるはずだ。ましてワニ坊のパートナーとして動くような頭の切れる人が理解できないはずはない。私が彼女に敵意を向けているのだということも、きっとその敏感な肌で感じているはずだ。もう一歩後ろに足を延ばして唾を呑んだ彼女は、私の次の一歩を警戒しているらしい。
「手にかけるまでは、許されると?」
「んー‥そうだねえ‥」
ペルとも遊んだんでしょ?
その言葉を彼女に告げる前に、彼女の背中に飛び乗って後ろから彼女の顎に手をかける。
「これで後ろに引くんだよね?」
直後、戦意はおろか呼吸の仕方も忘れたかのように浅い呼吸に代わった彼女は、言葉もなく膝から崩れ落ちた。その様子を見ていたビビもまた放心状態だ。副社長さんの背から降り顔を覗きこんで、もう敵意は無いよと笑顔を見せれば、彼女は数秒の後に膝の砂を払い落とし瞬時に元の冷静さを取り戻す。放心状態のビビにも怖がらせてしまったことを謝れば、その額に浮かぶ汗を拭いながら絞り出すように声をかけてくれた。
「本当に、すごく強いのね」
ルフィたちとどれだけ旅を共にしたのかはわからないが、彼女は航海の中できっと信じられないものをたくさん見てきたのだろう。その表情は私に対する恐怖心ではなくて、ルフィたちの身を案じているものだとなんとなく察した。
「ペルとは私が残るよ。良いでしょ?」
「彼女を連れて行くのが私の仕事。それ以外はお好きに」
「ひひ、ありがと。無事でいてね、ビビ」
私はペルに添いながら、揺るがない決意を胸に抱くその勇敢な王女の背中を見送った。そして、横たわるペルの隣に座りその背を撫ぜながら、降りそうもない雨の香りを辿るように砂塵の舞い始めた空を見上げた。