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空から落ちてくる黒い影がおれの名を辺りに響かせたすぐ後、王室使いの護衛人に連れられ空から降ってきたアイツの名を、国王が叫んだ。

「あれ、ちょっ‥わわ、」

加減を間違えたか、目の前を転がりながら通り過ぎ国王の少し前で転がり終えたナマエは、服の汚れを適当に払うと気の抜けるような腑抜けた顔で笑った。

「ナマエ!!」
「ひひ、ちょっと失敗。大丈夫?コブラ」

磔状態の国王の、緊迫した声とは随分ミスマッチだ。白ひげの船で見かけた時も、七武海となった時も、笑顔を見せてきた。それから随分経つが、事あるごとにその姿を見せてこいつをは陽気な声で話しかけてくる。何が気にかかっているのか自分でもはっきりしないが、それを許しているおれが確かにそこにいた。

「お前が助けたのか、ナマエ」

しかし、邪魔をするなら話は変わる。国王の返答より先に若干の苛立ちを声に乗せて飛ばせば、ナマエは悩むフリをしながらおれとコブラ国王、それからあの女の顔を順に見て、もう一度こちらに向き直る。そして何かを納得したように数回頷き、自分がやったと言うことで良いと含みのある答えを返してきた。

「交渉は反故にしてないもんね」
「余計なことを‥」
「それより、コブラの杭抜いてあげてよ。痛そうだよ」

そんな戯言がまかり通るはずもないことを知っていて尚我を通そうとする辺り、幼稚なこいつによく合っている。鼻で嗤ったことが癪に障ったのか足元の砂をちぇ、と蹴り上げられたその砂が、おれの頬を掠めた。

「私のことは良い。それより、ビビは‥」
「大丈夫、全部心配いらないよ。」

呑気に話す二人の会話を断ち切るように、国王目掛けて砂を飛ばす。慌てた様子は芝居か本気か、いとも容易く叩き落とされた砂塵はナマエの前で動かなくなった。‥お前がその気なら、付き合ってやってもいい。

「クハハハハ、おれの敵になるか?」
「友達にこれ以上痛いことするなら、ワニ坊が私の敵になるね」

言葉の終わりに合わせ、首元のストールをその小さい背丈に引き寄せられ膝をつかされる。振りほどこうにもコイツの力は容姿同様衰え知らずか、一ミリ動かす事さえもできない。遊び程度にしかならないと言わんばかりの笑みを浮かべたナマエは、皺の増えたおれの眉間に細く短い人差し指を押し当てた。

「約束は破らない。そんな顔しないで」

ガキを宥めるような声色で、ガキが揶揄うように眉間の皺を伸ばしてナマエが言う。

「離せ」
「ひひ、ルフィとも約束したしね」

あいつがここに辿り着くことを期待しているかのようにおれから手を離す様を大袈裟に見せつけると、それを合図にしたかのように、再びあの男の声が聞こえた。

「呼ばなきゃバレないのに」
「‥暗殺には向かねェな」
「あの子は真っ向勝負が好きらしい」

このグランドラインに入ってまだ日の浅い青二才が何度やっても同じことだと、塔の上から奴を見下ろし迎えてやる。油断は禁物だと言うあいつの言葉を背に受けた直後、樽を背負った麦わらの腕がおれの頬を殴り飛ばした。

「手出してねェだろうな、ナマエ!?」

声は出さずしきりに頷くナマエに、麦わらも真似をするように数回頷くと視線をこちらに戻し水がどうだケンカがどうだと戯言を抜かす。こいつは傑作だと七武海であるおれとあいつの格の差を話してやれば、あいつは自分を八武海だと抜かしやがった。

「ひひひ、八武海だって」

呆れて返す言葉も無くなったおれとは違い、ナマエは腹を抱えて笑っている。あいつが笑うのも無理はねェ。それほど馬鹿げた話を、この男は真剣な顔で口にする。

「お前、言ったよな。悪魔の実の能力は、使い方で強くなれるって」

その馬鹿げた話をした口で、以前あいつにくれてやった言葉をおれに飛ばしてきた麦わら。その言葉にナマエの姿勢が正される様を視界の端が捉える。何かを期待しているようなその眼の奥で、何を考えているのか。その後続くおれと麦わらの応酬に、時々国王やニコロビンに視線を移しながらこちらを見つめるナマエの姿が視界の端でちらついていた。




コブラも副社長さんも二人の戦いを見ながら話していて、杭を打たれていることを若干忘れそうになるほど冷静だ。

”使い方で強くなれる”

先程のルフィの言葉は、クロコダイルが言った言葉らしい。どういう意図で言ったのかはわからない。けれど、この戦いがどちらに転ぼうとも彼の糧になることは確かだ。自分の可能性がどこまでも広がっていることを、ワニ坊がルフィに改めて教えた。さあ、次はどう出るか。どんな技か。面白くなりそうだ。

「これならどうだ!これで今までのおれじゃねェ!」
「正気かてめェ‥」
「水ルフィ、と」

樽の水を飲み干したルフィに、コブラが目を瞠る。自信満々に水ルフィと命名したこと、怪我の穴から水漏れしているその姿。素っ頓狂なルフィに、一気に脱力感が襲う。流石の白い服の彼女も笑いをこらえきれず声をあげて笑っている。いやまったく、面白いことになっている。

「ナマエは、クロコダイルと面識があったのか」

あまりにおざなりな私の処置に、今度船医のお姉さんにちゃんと包帯の巻き方を教わろうと胸に決めつつ遠慮なく笑い転げている私に、コブラが声をかける。

「あ、うん黙っててごめんね」
「こちらに気を遣ったのだろう、気にするな。‥この者も、友なのか?」
「うーん、ちょっと違うけど‥嫌いじゃないよ!」
「そうか」

吹き飛ぶクロコダイルに驚きながらも、私の言葉にコブラは優しく笑った。私の過去の全てを知っているわけではないのに、きっと何かあるのだろうと察してくれる。それがたとえ自分の敵だとしても、私の繋がりと今回のことは関連付けず信じてくれるのだ。そんなコブラだからこそ、私も安心して身を任せることができる。

「感心してる場合じゃないでしょ、Mr.コブラ」

急に冷たい態度に変わった白コートの彼女が、コブラの腕に刺さる杭を抜いた。

「さっき頼んだ時に抜いてくれたらよかったのに」

私の言葉には反応も見せず、その代わりに起き上がったクロコダイルのさっさと行けという言葉には従順に言葉を返していた。

「‥ニコロビンだと?」

ニコロビン、という言葉にコブラが反応したが、彼女は静かに腕を咲かせてコブラの腕を掴み、どこかへと連れていく。

「ねえ、私もついてっていい?」
「邪魔をしないなら、お好きになさい」
「よかった。」

ワニ坊も異論はないらしく、ルフィと向き合ったままだ。
私は遠慮なくニコロビンと呼ばれたその人についていくことにした。