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「脚、立てる?」
「ええ。私は私のやるべきことをやります」
地面に頭を叩きつけた時に変わったのか、その心の変化に耳を傾ける。慕う上司に言われた自分の正義に従えという言葉を全うするため、その足の痛みと共に立ち上がる彼女は先ほどの海兵さんではなく、海軍の曹長たる顔つきになっていた。
「あなたとは、ここでお別れです」
このまま広場に向かうという彼女。麦わらの一味の援護を最優先として決意したその目は、もう焦点が合わないなんてことはなかった。
「ねえ!ルフィの所の緑頭はすぐ迷子になっちゃうんだって!もし違うところに居たら広場に連れてってあげてね!」
振り返ることもなく走り出したその強い背中に声をかけて、私はずっと気になっていたことを確かめに葬祭殿へと足を向けた。
‥‥‥何者ですか、かあ。
良く聞かれることなのに、咄嗟に答えが出なかったのはなんでだろう。さっきの答えをニューゲートが聞いたら怒りそうだ。私は私だよ、今度会ったらそう言おう。
そんなことを考えているうちに、葬祭殿が見えてくる。その少し手前の所で、目的の友達を見つけた。
「ルーフィー」
「‥ふう、良く寝た」
こんな時にこの子はもう。頬を伸ばしてベチンと離すと、鼻提灯が割れたみたいにびくっとして起き上がったルフィ。けろっとすっきりした顔をしている。何故寝ていたのかを思い出すように遡り、順を追って元気になった現状までをのほほんと説明してくれた。
「で、元気になったから‥」
グーとパーにした手をポン、っと叩いて思い立ったが吉日の勢いで葬祭殿の方へ走って行くルフィ。
「ワニだああああ!!」
有言実行の男だ、きっと自分のやることをやり遂げる。その確信があった。そして、気になっていたことも確信に変わった。
「やっぱり、麦わら帽子被ってなかったな」
宮殿に落としてきただろうか。それとも戦いの最中に飛ばされていったのだろうか。広場で踏まれてないといいけれど。私にとってもあれは大事な帽子だ。ルフィがワニ坊との喧嘩を終えたら私と喧嘩だな。誰にも踏まれていませんようにと空に叫んで、宮殿への道を戻るようにスピードを上げた。
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「もー、どこやったの麦わら帽子!」
宮殿に落としてきただろうか。それとも戦いの最中に飛ばされていったのだろうか。私にとってもあれは大事な帽子だ。ルフィがワニ坊とのケンカを終えたら私とケンカだな。誰にも踏まれていませんようにと空に叫んで、宮殿に戻って帽子を探したが見当たらない。広場に落ちちゃったのかな。踏まれていないと良いけれど。ケンカの跡がくっきりと残る宮殿から広場を覗いてみたけれど、土埃が立ち上っていて視界は最悪だ。帽子の気配はさすがに分からないぞと目を凝らしてみても、分かるのは聞こえてくる声と武器の当たり合う音ばかり。ただはっきりと見えている時計に目をやると、針はまもなく四時半を示そうとしていた。そして、少しだけ開いた時計盤から何かが飛び出したのが見えた。
「‥は、‥?」
爆弾はそこかと感心する間もなく、飛び出した”何か”を追った先にいる飛行中のペルの身体がよろめき墜落していくのが見えた。こんな中では、国王軍も彼が落ちていく様さえ見えないだろう。ビビは気付いていないかもしれない。彼女が待っているのなら、誰よりもその場へ行きたいと思っているのはペルなはずだ。
‥守る者と奪う者、守る者が奪うもの、奪う者の守るもの。覚悟を持った攻撃はその気配も察しやすい。けれど悪意を持たない攻撃は、気配が紛れてしまう。ましてこの陸ばかりの地でどうして‥いや、全て言い訳だ。どうして気を抜いた‥!!コブラの方にはルフィがいる。海軍も動き出したからと、私の落ち度だ。
「私のバカ!!!」
時計塔の中の誰かを私が倒すことは許されない。面倒な足枷手枷に苛立つよりも先に、彼の元へ。枷への苛立ちは左手で握り潰して、彼が落ちた辺りへと急いだ。墜落していった場所は見ていたのだから見当は付く。霧のように視界を遮る鬱陶しいその砂をすり抜け、戦う人の肩を足場にしながら彼の元へと向かう。銃弾を受けたその傷を仰向けに倒れる彼は、能力を使う前の姿に戻っていた。
「ペル、大丈夫!?ペル、ペル‥!」
声に反応するように手足を少し動かして、ビビの名を呼ぶ。見上げた時計塔の文字盤は完全に開いていて、可笑しな格好をした二人組が立っているのが分かった。あれが狙撃部隊。ワニ坊の趣味もだいぶ変わってるなあといつもならばのんびり考えられただろう。けれど今は下から見上げるこの状況でさえ腹立たしい。拳を握り締めた私を、隣で怪我を負った彼の手が強く包み込んだ。
「私ならば問題ない。撃たれたおかげで、場所も分かった」
「‥ペル‥」
「頼みがあるんだ、ナマエ」
「‥うん、いいよ。ビビが待ってるもんね」
彼が常々言っていたことだ。守護神として、チャカと二翼を広げネフェルタリ家に仕えられることが自分の誇りだと。その命を賭してでも、守りたいものが出来たのだと。その覚悟を前に、私は断る術を持っていない。
「終わったら、おにぎり作ってね」
彼の想いを無駄にしないよう、力強い視線の先に待つ彼女の元へと少しでも穏やかに行けるよう、願いを込めてその真っ白な肌と綺麗な模様を撫でる。時間がない分、その一撫でにすべてを込めて。
「ありがとう、ナマエ」
「行ってらっしゃいな」
その腕を大きな翼に変え、その大きな瞳がなくなるくらいに切れ長に細めた瞳の目じりを下げたペルが優しく笑う。
「お前がいてくれて、良かった」
土埃を一蹴するその羽ばたきは、王女の憂いを晴らすように力強い。茶色い視界に僅かに切り込む景色の先に広がる空は驚くほど青くて、その見事なまでの青空に悠々と翼を広げ一直線に時計塔へと向かう彼の姿はどこまでも気高くて、まさにこの砂の国を守る王家の守護神そのものだ。
鉛のような黒い球体をその足に携え高く高く飛び上がったその気高き守護神は、轟音と強すぎる光をその一身で背負い、この砂の国を守った。