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「あ、帽子見っけ!」

見つけた麦わら帽子を拾って、汚れを払い雨に濡れない物陰へ。飛ばされないよう縁に重石をして、綺麗な丸の麦わら帽子をちょん、とつつく。喧嘩の度に飛ばされたらルフィと一緒に居られなくて寂しいよね。怒っておくからね。後で迎えに来るからね。麦わら帽子に声をかけ、広場から少し距離を取る。ルフィとコブラは大丈夫だと分かっているけれど、少し、ほんの少し様子を見るだけ。気にしているわけではないよと、誰でもない自分に言い訳をしながら崩れた街の合間を行く。

「しっかり歩けよ」
「それが聞いてくれ‥」

後ろから聞こえる、ヘロヘロの割に賑やかな声を上げるご一行。振り向かなくても誰だかすぐに分かるってお尋ね者としてはどうなんだろう?

「あれ、お前ルフィの‥」

首を傾げて振り返る私に駆け寄ったチョッパー。仲間に引かれる包帯ぐるぐる巻きのウソップ。

「皆お疲れだね」
「お前は随分元気そうだな」
「ちゃんと隠れてたか?」
「ひひ、まあね」

疲弊する彼らに言い返すほど子供ではない。若干の鋭い視線を躱すと、傷が目立つナミの足が目に入った。

「ナミ、足‥」
「ああこれ?このくらい平気よ」
「お前歩けないとか言って人の背中に乗ってたろ」

うるさいわね!と声を返すところは一見元気だけれど、少人数でこの戦力だ。海賊とはいえ戦う人だと思っていなかったから、その傷の痛みとか思いとか、普段とは違う感覚でまた胸が張り裂けそうになった。

「痛い‥?」

言葉と同時に、初めてにも似た感覚が身体を走り抜ける。ルフィの足の甲を撫でるのとは違う。触るのも痛いかなと手を伸ばすことも躊躇ってただその傷を見つめる私の頭を、ナミがそっと撫でた。どこか懐かしくて、温かい掌だ。

「チョッパーもいるし、本当に大丈夫よ。ありがとう、ナマエ。」

その言葉にチョッパーも任せておけと力強く頷くから、私は少しだけ、少しだけその足の甲をそろりと撫でた。

「‥あ、」

サンジがその姿に気づいて声を漏らす。みんながその声に顔を上げ、目の前の姿に安堵する表情が見て取れた。ルフィを背負ったぼろぼろのコブラ。それ以上にぼろぼろのルフィ。麦わら帽子の件、怒るのちょっとにしてあげようかな。ビビのことを連れてきてくれたのが彼らであるかを尋ねるコブラ、おっさん誰と尋ねたサンジ。答えは笑顔で走ってこちらに近づいてくる。それぞれが何者かを知り、地下での戦いを簡単に説明したコブラと、ルフィの無事を確認した彼の仲間たち。怪我の手当てよりも、まずは王家としての務めを全うしろと二人の背中を押した。

「だったら皆の事も」

そう言ったビビの言葉に、タバコに火を点けながらサンジが笑う。

「おれたちは札付きだ。国なんてものに関わる気はねえ」

――に興味はねえ。
昔、ニューゲートの言った言葉に少し似ている気がした。先に宮殿へ行く、へとへとなのだと笑う彼らにまた一つ確信する。ルフィの仲間は、みんな優しいんだ。

「私は二人と一緒に行く」
「お前王家のもんじゃねえだろ」
「ははは、この子は私のお目付け役なのだ」

そんな冗談と一緒に、私に手を伸ばし繋いでくれる。どういうことだと驚きながらも、ひらりと手を振る彼らに私もぶんぶんと手を振り、またねと声をかけた。
きっと、私みたいな子供がいたらおちおち気を抜いて休むこともできないだろう。コブラもそれを感じたはずだ。私の手を引く砂のような乾いた手は暖かくて、私の掌の冷たさを吸い取ってくれるように優しくて、私はこの手が好きだったのだと、漸く繋がる手をぶんぶんと揺らした。




「それにしてもさ、一度は死ぬと覚悟したって、おバカさんじゃないの。大バカ者さんじゃないの!」

嬉しいのか怒っているのか、繋がれた手をぶんぶんと揺らしてその少女は言った。勢いのまま、繋がったその手をパパの太もも辺りに当てている姿は怒っているようで、表情はどこか嬉しそうで、チョッパーくんみたいだなと笑みが零れた。パパも痛いと言いながらその手を離そうとはしていなくて、まるで凪いだ海のように穏やかに笑っている。

「私の願いを聞いてくれた時、分かっていたのだろう?」
「心の中で言って!今度口に出したら殴るからね」
「ははは、それは致命傷だな」
「本当に殴るからね!」

分かった分かったと嬉しそうに笑うその姿は、幼い頃に砂砂団と話していた父ともイガラムたちと話す父とも私と話す時の父とも違う、初めて見る姿だった。レインディナーズへ向かう前に助けてくれた時は考える余裕もなかったけれど、考えてみればミスオールサンデーと対峙した後はどうなったんだろう。二人の関係も不思議。私よりも小さなこの子にパパがお願いしたことって何だろう。二人の顔を交互に見やる私に気付いたパパが、それを察したかのように私に言う。

「私の友なのだ」

その言葉を口にした誇らしげな表情は雨の中で光が差すように眩しくて、一見不思議に思える友という言葉がすっと心に溶け込んでいくのを感じた。パパの影からひょこっと顔を出したその小さな友達が向けたあどけない笑顔は、少しの間の航海で見た景色を思い出させるようでとても温かい。パパはポケットからそっと小さな小瓶を取り出して、私に見せてくれた。

「友の印として、彼女がくれたものだ」

コルクの蓋がされた小さな小瓶には、メビウスの輪のように捻れのある深い青色のリボンが入っている。パパは少し険しい表情で、その不思議な力がある小瓶について教えてくれた。彼女に会いたくなった時、話がしたくなった時、そして助けて欲しい時、この小瓶に想いをぶつけるのだと。そうすれば彼女が応えてくれるのだと言った。

「私は自由に旅してるだけだし、友達に呼んでもらえると嬉しいんだ」
「‥ナマエ、娘にこれを渡しても?」
「そんな、これはパパが‥!」

私はパパのように彼女の事を知らないし、友達と呼べるほど親しい中ではない。動揺した声を二人とも予期していたのか、顔を見合わせて笑っている。

「どうだ、ナマエ?」
「ひひひ、本当にそっくり。」
「え‥?」
「うん、気に入った。コブラが良いと思った時に渡して」

どういう流れかは分からないけれど、彼女は私がそれを持つことを許してくれた。

「いつでも呼んでね」

この先ルフィさん達だけに頼れないこともあるだろうと、決して彼らを否定せずその先を見据えてくれている。

「あの時、屋上でも助けてくれたわ。本当にありがとう」
「ビビもずっと頑張ってたよね。かっこよかった」

父の手は繋いだまま、ちょこちょこと私の元へ来たナマエ。歩む足を少しだけ止めると、彼女は私の手を握りその小さな頭を持ち上げてくりくりの目を細めて、もう一度かっこよかったよと笑った。この小さな身体でも私の声を受け止めてくれたんだ。零れ落ちそうになる涙を堪える私の背中に、パパの手が触れる。

「さあ、皆の元へ」

その言葉を聞いた小さな手はするりと離れていったけれど、掌に温もりを残してくれている。それを握って、再び広場へと足を進めた。