21
翌日目を覚ましたナミ達は、想像以上に元気になっていた。流石にルフィはまだ目を覚ます様子もないけど、寝せておきましょうと起きてすぐ各々動く彼らの様子に、チョッパーの処置の腕はすごいんだなと、そして彼ら全員ルフィの血が流れているんだなと思った。
「ナマエ、コブラ様がお呼びだぞ」
「怪我人が抱っこしたら傷開くよ」
「このくらい平気さ」
「あら、チャカもナマエと仲が良いのね?」
皆のベッドを回って一人ひとりとおはようを交わした私を、後ろから持ち上げたチャカ。ルフィの額のタオルを取って新しいものに変えたビビが、振り向きざまに首をかしげた。
「私の友なのだ」
チャカの腕の中で自信満々に真似した私を見たビビは、父と同じねとあの時と同じようにくすっと笑った。何の話かとぽかんとしている周りにはビビの愛らしい笑顔をそのまま回してもらい、私は抱き上げてくれた大きな胸板に身体を寄せて国王の元へと連れていってもらった。
「昨日、ペルのことを聞いただろ」
廊下の途中、徐に切りだされた言葉に彼の心臓の音が少し大きくなったのが聞こえた。彼が私を抱き上げてくれたのはこれのせいかな。その痛みを溜め込む身体にそっと手を伸ばす。
「また戻ってくるんじゃないかと‥どうしても信じられないんだ」
一晩経てど変わらない気持ちに、戸惑っているのだろうか。爆破阻止のことを知れば、希望は少なからず薄れていくと知っていた。"大丈夫、帰ってくるよ"と、彼のいる未来を疑うことなく口にする私をどこかで求めていると思うことは察せても、確信は持っていてもはっきりと口にすることはできなかった。私よりもずっとずっと長い時間を共にしていた家族のような友が今この場にいないという事実が彼の中でどれほど大きいものか、穏やかな口調と声色とは対極的に無意識に力の入るこの逞しい腕から痛いほど伝わってきたからだ。
「私、おにぎり作ってもらう約束してるんだ」
結局は同じ意味を指す言葉。それでもいくらか柔らかく届けばいいなと思う。ままごとで母親の役をするように、或いは寂しがる子供を優しく包み込むタオルケットのように首元に腕を回して、そのまま彼の襟足辺りをそっと撫でる。
「お前の前ではいつも弱くなってしまうな‥」
「そんなことない。優しい人は強いんだよ」
こういう時、客観的にみる私は便利な位置にいると思う。部下でも上司でもなく、肩肘張る相手でもない。近すぎず遠すぎず、心の内を吐き出すには丁度いいんじゃないかと思う。いつだって、どこに居たって飛んでくるから心配せずにいつでも言ってきてね。数秒のうちにまた歩みを進めた彼は、何かを決意したように真っ直ぐと廊下のその先を見据えている。
「あ、帰らないでほしいなって思ってるでしょ」
「帰り支度を手伝ったのは私だ」
「何その意地っ張り」
うっすらと浮かんだ口元の三日月に嬉しさがこみあげて、私はその上がった口角を人差し指にとってさらに上へと持ち上げたままコブラの元へと向かった。
「邪魔するぜ!」
本当は扉をバンッと開けて登場したいのだけど、如何せんこの宮殿の扉は重いから、余り勢いをつけてはどこかが壊れてしまうと思う。ゆっくりと開くその様にうずうずしながら、若干できる隙間に身を滑らせ勢いだけでもといつも以上に張り切った口調になる。若干呆れつつもう慣れ切ったと言わんばかりの表情を見せるコブラ。一礼の後すぐに退室したチャカの姿に愛おしさのようなものを感じながら、コブラの用意してくれたベッドに腰掛けた。
「寝心地は保証しよう。」
「お墨付きのベッドだ」
その言葉通り、腰掛けた所でビヨンビヨンと跳ねてベッドのふかふか具合を楽しんでいると、隣に腰掛けたコブラもその振動にビヨンビヨンと身体を揺らされている。その様子が面白くてさらに勢いをつけようと身構えた私の肩はぐっと抑えられて、数回の余韻のあとベッドの揺れが収まった。
「今の揺れ、酔った?」
「‥ナマエも、休みなさい」
優しく諭すその言葉は、私の身を案じてくれてのものだと分かってはいるけれど。ルフィを背負ってきた時だって、広場で皆に声をかけた時だって、自分は厳かな服を何重にも重ねて己の傷を全て中に隠していたくせに、傷一つないこの身に休めという。
「私、元気だよ」
服の裾をちらりと捲って怪我一つないお腹や背中を見せる私に、冗談を返すことも笑うことさえせず淡々と私の服を直してコブラが真っ直ぐに向き合った。
「これ以上、傷を残してほしくない」
その言葉が指すのは心の傷のことだと彼の胸元に置かれた右手が言う。私に助けを求めてくれる時点で多かれ少なかれ痛みが伴うことは覚悟できている。何かあった時に役に立ちたいと思えた友達だから、友達の証の小瓶を渡しているんだよ。私の抱えた痛みに胸を痛めてくれる必要なんてないのに、まるで自分の事のように顔を歪ませて、コブラの方がよっぽど痛そうだ。
「苦しませると分かっていて、助けを求めた」
「私が来たこと、後悔してる?」
「そうではない。私にはお前を助けてやることさえ出来ない事が、歯痒いのだ」
「私、呼んでくれて嬉しかったよ。頼ってくれて嬉しかった。」
「友として、出来る事は無いか‥?」
ぽつりぽつりと降り注ぐ雨のように、その優しさがジワリと広がっていく。笑ってくれたらそれで良い。そのまま伝えれば、彼は眉間の皺を少しずつ解して敵わんなと笑った。
「来てくれてありがとう、ナマエ」
風のそよぎを受けたレースのカーテンが、ふわりと私の言葉を捕まえる。風に触れた「うん」の二文字は柔らかく、柔らかく彼の元へと届いていった。