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あれから三日後、トレーニングに行こうと外へ出ると廊下で例の子供がおれを見上げていた。

「‥何だよ」
「トレーニングするとチョッパー怒るよ」
「おれの勝手だろ」
「じゃあ私も一緒に行こう」

じゃあ、が何に対する物なのかも分からないが、それよりわからないのはおれ右側に並びおれの下がる手を掴んでひひひと笑っていることだ。

「離せ」
「嫌?」

するりと手を離して、表情を隠すように俯いてはいるが見るからに落ち込んでいる。どこかいじめているような気分にも似た感情が沸いてきて、好きにしろよと声をかければ、嘘だったんじゃねえかと思うほど一瞬で嬉しそうな顔を見せて、おれの手を遠慮なく掴んだ。結局コイツのペースで、その小さな歩幅に合わせて宮殿の外へとゆっくり足を向ける。鼻歌を歌いながら掴んだ手を揺らして、何がそんなに楽しいのかは見当もつかない。

「岩持ってくるから、手離せ」
「あ、私も拾う!」

言葉と共に駆けだすと、両手いっぱいに小石を拾い集めている。好きにさせておこうと適当に岩を見繕い持ち上げると、おれの足元に小石がぱらぱらと零れ落ちてきた。慌てた様子で少し待てと言い残し、岩だ岩だと走っていったそいつが自分よりも大きな岩を軽々と持ち上げて戻って来るから、思わず持っていた岩が手から滑り落ちた。

「足、痛くない?」
「いやお前のせいだぞ」

さっきコイツが零したような、足に弾かれる小石とはわけが違う。自身の足の上に落とした岩を退かせば、またチョッパーに見てもらわなきゃねと足を撫でられた。おかしいだろ。‥おかしいだろ。
船に来た時、コイツの気配が妙に気になった。その視線に気付いていたのは本人だけでなく、ルフィの兄貴も同じだった。気になるかと声をかけられ、何者だと同じ質問を飛ばしたが、結局聞きたい答えは聞けず仕舞い。白ひげが手放さない宝だと笑っていただけだった。そう会うことはないかと思っていたが、この国での早すぎる再会。玩具みてえなナイフで仕掛けられたあの時のことも含めて、何かあることは確かだ。

「さあ、お稽古お稽古」

運んできたいくつもの岩をおれの前に並べ、どれでも使えと商売屋のようにその岩を一つずつ叩いている姿はそこらの子供と何ら変わらない。この違和感は、何だ。

「稽古じゃねえ、トレーニングだ」
「お稽古と違うの?」
「さあ、違うんじゃねえのか」
「私、お稽古しかしたことない」

トレーニングは初めてだと隣に腰を下ろしたナマエは、昔海で保護された時にそこで初めて稽古というものに触れたと言った。おれと同じように両腕に岩を乗せる姿に勢いで突っ込んだものの、笑って返すだけのコイツに何を言っても無駄だなと瞼を閉じる。
呼吸を感じろ。
息を整え意識を集中させて研ぎ澄ましていくうちに、一つの違和感を覚えていく。いつから隣に居なくなった‥?思わず目を開け隣に顔を向ければ、彼女はおれの真似をするように瞼を閉じて呼吸すらしてないんじゃないかと思うほど微動だにせずそこに在った。その表情は眠っているように穏やかだ。

「お稽古すれば、心も体も強くなれるんだって。」

考えていることを見透かしたかのように柔らかい口調で言ったナマエは、トレーニングを続けようとその口角を上げた。再び意識を集中させると、肌を刺激する恐ろしく柔らかく異様なまでの鋭さと圧倒的な重圧を持つ空気に襲われる。そして、一瞬のうちに跡形もなく消え去ったそれはナマエが故意に見せたものだったのだと、そう思った。

*****

初めてのトレーニングを終えゾロと一緒に宮殿に戻り、階段で海軍の相手をしているチャカに手を振った。宮殿に入れば、テラコッタがルフィが目を覚ましたと教えてくれた。とりあえず何か食べるものを持っていくのだと慌てた様子の彼女と反対の方向へ、私も急いで足を向ける。

「ゾロ、こっちだからね!」

特別急ぐ様子もない彼は、きっとこの後も走ってはこないだろう。迷子になる彼のために自分の所持品をぼとぼと落としながら、ルフィのいる部屋までお先に走って向かった。部屋には既にゾロ以外皆揃っていて、起きたルフィも予想通りベッドの上で一人で賑やかしくしている。

「ルフィー!」
「ナマエ!」

その身に突進するように飛びつくと、チョッパーにまだダメだと怒られた。ルフィは探していた帽子に腕を伸ばして、ついでにその腕でしょんぼり離れた私を一緒に自分の元へと引き寄せる。

「ルフィ?」
「色々やってくれてありがとな、ナマエ」

シシシと笑うルフィの頭に手を伸ばして、バシバシと叩く。恥ずかしさと、帽子を放っておいたお仕置きと。遠慮なく叩く私に再度チョッパーからドクターストップがかかる。離れろ、と後ろから私を引っ張るチョッパーと、離すまいと腕を巻き付けるルフィ。されるがままの私を心配するビビの声を拾ったナミが、綱引き中の二人の頭にゴチンと拳を落とした。キャッキャと笑う私にも、あんたも、と容赦ないゴチンが落ちてきた。

「だって!ルフィが帽子置いてけぼりにするから!!」
「はいはい、帽子はあんたが見つけたのよね」

間を取り持つナミの手際にメロメロしているサンジと、漸く部屋に辿り着いた拾い物で手一杯のゾロと、まだ頭を抱えているチョッパーと、楽しそうに見ているウソップと、私を含めたその部屋全体の空気を楽しんでいるビビ。

「ナマエ!てめえ変なもんばっかり落としてきてどういうつもりだ!」
「だって、ゾロすぐ迷子になっちゃうから目印に」
「あら、偉いじゃない」
「でかしたぞーナマエ」

なんだかんだ言いながらも拾ってきた持ち物を渡してくれたゾロにぺこりと頭を下げる。ルフィの元に戻ってカバンに一つずつ戻していくと、私のものじゃないお菓子が残った。帰り道でゾロが買っていたものだった。

「これ、ゾロのだ」
「やるよ。みちしるべの礼だ」

ニッと笑ったゾロの顔を、窓から差し込む夕日がオレンジ色に染める。私の頭の上に顎を乗せたルフィの顔を覗くと同じようにニッと笑って頷くから、私も彼らと同じようにニッと笑って見せた。窓から見える茜色の空はもう雨を待ち望まれるだけの空ではなくなって、人々を照らす希望の空に見えた。
その後に来たテラコッタからこれでも食べてと出された山のような間食が一瞬でなくなったのを見て、私は自分のおにぎりを阻止するためにもその食事の席への参加を断った。代わりに厨房で忙しそうに腕を振るうテラコッタの楽しそうな様子を見ながら、いい匂いに包まれた。

「はい、お待たせ。」
「あれ‥」

ここに来たときは決まってこの土地の食材を使っておにぎりを作ってくれるのに、昨日までとは違い今日はなぜか具沢山のピラフだった。私は少しの間じいっとその皿に広がる米粒を眺めていた。

「おにぎりは、ペルに作ってもらうと約束したんだってね」

ここ何日かは果物ばかりを頼んでいたから、テラコッタも心配してくれていたらしい。チャカに頼まれたのよと笑ったテラコッタが、冷めないうちにと私に前掛けをかけてくれる。この宮殿は、優しさの石が積み重なってできた宮殿なんだなと湯気の立つピラフにスプーンを挿して、優しさいっぱいのピラフを口いっぱいに頬張った。