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幸せパンチを試し打ちしたナマエは、悩殺と言えば悩殺だった。私の真似をしてタオルを開く姿も、仁王立ちでバーンと音がついてもいいようなやってやったという顔も、その姿自体が可愛くて開かれた先に目がいかない。ビビと二人、可愛さに笑いを堪えていたけれど、耐えきれなくなって大笑いした私たちに向かって、こう、もっとこうと研究を重ねる姿が更に胸を突いて来た。もう少し年を重ねれば同じように出来るようになるだろうと言えば、少し寂し気に湯舟に向かっていったナマエ。慰めてあげましょ、そんな視線を送ってきたビビと二人で湯船に向かう。
お先にと湯船に浸かるも一向に動かない彼女に、普段とは段違いの大きさの浴槽に溺れることを心配しているのかと声をかければ、差し出した両手に彼女の小さな掌がピタ、と張り付いた。

「もう冷えてるじゃない」

ひんやりとしたその掌。確認のため腕を触ると同じくらいに冷えた身体。幸せパンチごっこで遊びすぎたのかしら。シャワーをもう一度浴びる?と聞くと首を振る。少し考えている様子に次の言葉を待つと、先ほどまでとは違う無理して声量を上げたような声が響いた。

「私、熱いお風呂入れない!」

眉間に皺が寄りわざと険しい顔つきを作っている。彼女のへたくそな表情の不意打ちに、再び笑ってしまった。

「そう言えば、シャワーも温い方がいいって言ってたわね」
「私の身体、いつもちょっと冷たい方がいい」
「今冷えたわけじゃないってこと?」

もう一度首を縦に振るナマエ。それが自分の能力に関係しているのだと言いたいのだとわかった。

「どうする?先に上がっててもいいわよ」
「‥ここにいてもいい?」
「それは大歓迎」

その言葉に返すように小さな頭をこてんと下げて、恩に着る、と言った。分からないけど誰かの真似をしているのだろう。その出来栄えに一人無邪気に笑いながら、浴槽の縁に座って私たちがお風呂に入る様子を楽しそうにただ見ている。そんな彼女を見ているこっちが寒くなりそうだけど、本人が良いなら何よりよ。屈託のない笑顔に自然と彼女の頭に手が伸びる。お、と声を漏らすナマエの頭を撫でながら、ビビにそろそろ国を発とうと思っていることを告げた。それを聞いて少し困惑していたビビの頭をナマエが撫でると、その曇った表情の隙間から光が射す。

「私も明日海に戻るから、二人にプレゼントするね」

思い立ったように、ナマエが私たちから離れた場所に移動する。湯煙が薄く幕を張る向こう側で、お風呂の水面に掌を垂直に当てる姿が見える。同時に馴染みのある音が広がって、水面が緩やかに揺れた。

「すごい‥!」

水面に、波が生まれたのだ。
ナマエの元から生まれた柔らかい波は、彼女から離れるにつれて小さくなっていく。この広さの端の端までゆっくりと水面を滑って終着点の壁に当たっては穏やかに消え、また一つ、もう一つと繰り返すように波を作る。船の上の入浴とは違う、海に直接入っているような揺れ心地と穏やかな波の音。それにふわりとそよぐ優しい風が、初めて体感する幻想的な時間を作り出している。王女も初めての贅沢なバスタイムを、一分ほど二人で堪能した。
浴槽を離れ体内に堪る熱を逃がそうと冷水を勢いよく浴びる姿に、私たちのためにほんの少しの時間でも身体を張ってくれたのだと温かい気持ちが溢れ出す。私は、戻ってきた彼女に心地よい音を奏でながら優しく揺らぐ最高のバスタイムをくれたこと感謝を伝えた。

「とっても素敵な能力を持ってるのね」

あなたにぴったりだわ、と優しく笑うビビ。ひひひ、口角を上げて太陽のように笑うナマエ。この子とのお別れも少し寂しいけれど。私はそんな気持ちを隠すように思い切り笑って返した。

「ねえ、聞いてもいいかしら?」

着替えた服の首元から、ぷは、と顔を出したナマエはビビの声に間も開けず頷いた。ビビは、彼女の能力について気になっているという。当然、私も気になっていたことだ。

「貴方は、波を作り出すことができる能力なの?」

浮かんだ疑問の言葉を選んでそっと手渡すビビを見上げて、キョトンとした顔で首を横に振る。確かに入浴中はあまりに心地よくて能力がどうということが飛んでいた。冷静になってみればどういう仕組みなのか気にせずにはいられない。次に出るであろう答えをビビと二人息を呑んで待つ。そんな私たちをまじまじと見たあと、少し照れながら優しく紡がれるその言葉。

「ニューゲートはね、海に愛されてるんだって言うよ」
「海に?」
「うん。海はいつもそばにいてくれるの。」

隠しているわけではないのだろうけど、結局その能力についてはあまりわからない。けれど、彼女がどれだけニューゲートを好きなのかということはその言葉にも表情にも、全て表れていた。

「私が海を大好きな事もちゃんと伝わってるんだって、教えてくれたんだ」
「その、ニューゲートが?」
「うん!」

その名を口にすると忽ち嬉しそうな笑みを浮かべる少女が、なぜ白ひげに愛されているのかも十分すぎるくらいに感じ取れる。再び口を開いた彼女が、言葉をもう少しだけ続けた。

「ニューゲートは海みたいな人だから、私のこと大好きって事かな?」
「ええ。きっと、あなたのことを大好きだと思うわ。」
「ひひ、そうだと良いな。」

ナマエは、白ひげがいるから能力を安心して使えていると言った。考えてみれば覚悟のいることだ。話す相手によってはリスクになるということを彼女自身が見極めなくてはいけない。その上で見せてくれた。私たちに少しだけでも心を許してくれたのだと思うと何とも言葉にしがたい感動が一気に湧き上がる。

「さっきはビビとナミが笑ってくれてすっごく嬉しかった!ありがとう」

こちらこそありがとう。その言葉を込めて、ビビと一緒にナマエに飛びついた。三人の笑い声がまた重なって、海の歌のように心にゆらゆらと揺蕩っていた。