01
ヒナちゃんとのさっぱりとした再会も終わり、すっかり小さくなったひつじちゃんの後ろ姿を追いかけて少しだけスピードを上げる。
「ヒナちゃんにも優しくしてくれてありがとね」
私の唯一の仲間に、声はない。
愛情いっぱいに作ってもらったこの優しい船は、私の航海に誰よりも長く寄り添ってくれている。楽しく航海できているのもこの子のおかげ。私のちょっとの心の変化を察して、時には優しく、時には風を切り、時には荒々しくその体を揺らして、私を目的地へと連れて行ってくれる。今回の目的地であるひつじちゃんの姿が次第に大きくなって、隣に着くと行ってらっしゃいと風に乗せて私の背を押す。私の一歩は、いつもここからだ。
「邪魔するぜ!」
飛び乗ると同時に発した声は、何故かピリついた空気の壁にぶつかった。皆の物騒な視線が一人に集中している所を見れば、どうやらタイミングを間違えたらしい。
「お邪魔しました」
「おい、行くなよナマエ!」
視線はあちらに向いたまま、ルフィがこちらに答える。その間に、ゾロの持っていた剣とナミの持っていた棒が叩き落とされた。サンジとチョッパーはニコロビンのことを知らないようで、誰々とその様子を手すり越しに見つめている。
各自大騒ぎになっているのを眺めるのも嫌いじゃないけれど、パスミーに戻ってゆっくり待とうと船を降りようとする私を、ルフィの手が伸びて来て捕まえた。
「ずっと待ってたんだ!ちょっと待ってろ!」
この美女は誰だと身体をサンジに揺らされている間も、ルフィはちょっと怒っている。先約だったのならごめんなさいねと言ったニコロビンに、私は首を振った。
「邪魔するぜ、は私だよ。気にせず続けて」
「そう、ありがとう」
軌道修正された話の始まりは、仲間に入れてというロビンの言葉だ。理由を聞きあっさり承諾したルフィは、悪い奴じゃないと笑う。麦わら帽子も、踊るように揺れた。ウソップの事情聴取が始まり、チョッパーとルフィはロビンの咲かせた腕で遊んでいる。私は、ゾロの隣に腰を下ろして話を聞くことにした。
「隣座っても良い?」
「もう座ってんじゃねえか」
「ひひ」
帆柱のそばで聞いたロビンの素性は、考古学者の家系に生まれて八歳で追われるようになったということ。海兵さんから聞いた話と重なり、情報を頭の中で並べてみる。そう言えばあの時は取り乱していたけれど、今はすっかり落ち着いている。過去に触れることは嫌ではないということだろうか?‥それに、考古学と言えばオハラだ。二十年前に追われる身となったのならば時期も合う。ふうん、なるほど。
ずっと姿を隠して生きてきたこと、一人で海に出たところで生きていけないと考えたこと、身を守るため目的のために悪党に従ったということ。聞けば聞くほど、砂の国で出会った彼女が私のことを知っていたことにも頷ける。幼くして追われる身になった者がいると知って、興味が沸かないはずもない。なるほど、なるほど。黙って聞いているゾロが何か言いたそうに隣から私の顔をちらりと見たけれど、すぐに彼女の話に集中を戻したその姿に、私も何も気付いていないフリをした。そこからもナミやサンジのコントがあり、最後の砦と立ちはだかった二人もウソップがルフィにつられて脱落する。砦という割に何も言わずデッキへと上がっていくゾロと、その後を追うニコロビンの姿をただ眺めていた。
「うちの船長がすまねえな」
「あ、サンジ」
「おまえの分だ。これで許してやってくれ」
視線を遮るようにケーキとみかんジュースが目の前に現れて、それを持っているサンジの髪が太陽の光を浴びてキラキラしている。許すも何も私が好きでいるのだ。気にしなくてもいいというのに、この気遣い屋さんは私をレディとして扱ってくれる。
「私も流木ごっこしたい」
ケーキを受け取りながら、先ほど椅子を巧みに使ってニコロビンの元へと歩いて行ったのを教えてと頼むと、サンジは困ったようにネクタイを少しだけ緩め私の隣に腰を下ろした。
「何でもやりたがるとクソジジイに怒られるぞ、ナマエ」
食べたことのあるケーキの味、聞いたことのあるクソジジイの呼び名。その言葉に、もう一度サンジの顔を見る。クソジジイとこのナッツたっぷりのケーキ。
「‥チビナスくん!」
「はは、やっと気づいたか」
柱の陰の思いがけない再会に、溢れる笑顔が抑えられない。この広い大海原に浮かぶ世界は、意外と狭いものだと時々思うことがある。ルフィの仲間の一人が、ゼフの始めたお店にいたあのチビナス君だったとは思いもしなかった。けれど言われてみれば、というよりも見れば見るほどチビナスくんでしかないこの向日葵のような金色に輝く髪、そのくるんとした眉毛、何で思い出さなかったんだ。いよいよ記憶力がおかしくなってきたのか?金色の髪に手を伸ばして、さらりとした手触りを楽しむようにするりするりと何度も撫でると、懐かしむようにサンジも私の頭をさらりと撫でる。
「忘れてたわけじゃないんだよ、本当だよ」
本当に、忘れていたわけではない。ただ、私が知っているチビナスくんはスーツの似合うコックさんではなくて、こんなに足の長い子でも煙草を銜える姿が様になるような子でもなくて、あの長い帽子や代わりの足で頭を叩かれてばかりの、まさにチビナスくんだったのだ。あまりの嬉しさに、ゼフとは違う細くて長いその身体に飛びついた。おっと、とタバコが当たらないように空に向けながら、その長い脚の間にすっぽりと私を収めてくれる。
「クソジジィにもお前に会ったこと言ってやりてえな」
「ひひ、ゼフも元気だった?」
「ああ、ありゃ長生きするぜ」
タバコをふかしながら、サンジが嬉しそうな顔で言う。チビナスくんはゼフを、ゼフもチビナスくんを気に入っていた。東の海はどんな潮の香りだったっけ。どんな波の音がしたんだっけ。久しく顔を出していないその海が懐かしい。
「サンジは料理が上手になったね」
「おかげさんでな」
「もう、絆創膏だらけじゃないんだね」
「はは、いつの話してんだよ」
綺麗に切り揃えられた爪を見て、私も自分の爪を見る。おお、ちょっと伸びてる。サンジと手を比べてみてももう全然違って、掌から少しだけ飛び出すだけの自分の手は本当に小さいなあと思った。
「相変わらず小さい手だな」
サンジと合わせた掌、私の爪に自分の指を擦り合わせたサンジが爪を切ってやると立ち上がる。そう言えば昔ゼフに怒られたことがあったっけ。懐かしい思い出が蘇ることも、サンジが爪を切ってくれることも全部が嬉しくて、私もその向日葵に目一杯の笑顔を返した。