03

いくつか雲を潜り抜け、全体が雲に覆われているシャンディアの村へと到着する。

「いつまでもエネルに勝てねえくせにさ!」
「‥っ、クソガキが‥!」

走り去っていく子どもの背を見つめて物騒な言葉を吐いた縦長の男に近づけば、そこには懐かしい顔があった。

「やっぱり、カマキリだ!」

大好きなシャンディアの一人。周りの気持ちを汲む優しい子だ。初めて会った時、余所者の私を仲良し五人組の仲間に入れてくれたのがカマキリだ。あの頃と変わらない私を見て、彼が軽々とこの身を抱き上げる。

「ナマエか!」

浮かれてくるくる回るカマキリ。サングラスの下に見えるあまりに嬉しそうなその顔は、さっきのすかした男とはえらい違いだ。二メートルを超す彼に持ち上げられた身体が、空の上でもより一層お天道様に近づいた。こちらに来た時だけは、何のしがらみもなくいつでも普通の子どもになれる。抱き上げてくれたカマキリの首に腕を回して、その温もりを直に感じた。

「こんなに口が悪く育っちゃって」
「聞いてたのか」

雲の上に優しく降ろしてくれたカマキリ。クソガキはダメだよと言えば、そんなことを注意してくるのはお前くらいだと笑う。

「あのちびっこは?」

彼女は村の子で、アイサと言うらしい。神の島に度々足を踏み入れてはヴァースを持って帰るのが彼女の趣味だという。

「あの子、強いの?」
「どうだかな。でも、遠くからでも人を感じる力が使える」
「へえ、そりゃすごい」

あんなに強気なことを言うから強いのかと思えば、そうでもないとは面白い子だ。マントラと呼んでいるらしいそれは、私の能力と少し似ているなと思った。

「そうだ、ワイパーは?」
「あっちで会議中だが‥今はやめとけ」
「でも、あの子行っちゃったよ」

あの子の行く先に視線を移した途端、呆れた表情を作ったカマキリにチャンスとばかりに様子を見てくると声をかける。行きたいだけだろとその魂胆もバレていたけれど、止めても無駄かと表情を少しだけ崩して、見送ってくれた。地上にはない雲の道をばふばふと楽しみながらテントへ向かうと、尻もちをついている少女がテントから出てきた男と話している姿が見えた。

「会議終わった?」

古の大戦士の像を見ながら怖いと呟いた少女を横目に、テントの入り口を塞ぐ身体の大きな男に声をかける。

「あたいより小さい‥誰だ!どうやってここに入った?!」

先ほどの少女の可愛い威嚇声。気にも留めずその帽子を深く被った男を見上げると、ナマエか?と声が降ってきた。

「久しいな、何年ぶりだ?」

こちらに足を進め、帽子の端を指で少し捲ってその顔を見せてくれたのは、ブラハムだ。大きくなったねどころの話じゃなく格好いい体格になっていて、思わずその足をぺちぺちと何度も叩いてしまった。

「ちょっとブラハム!髪切ったんだ!ちょっと!」

ふざけてしまうくらいにはテンションが上がっていて、それを止めるように私の頭を撫でる。

「お前の頭を撫でるにも、ちょうどいい大きさになっただろ」

元々体格は大きかったけれど、言葉の通り頭に丁度良くフィットする大きな手が優しく撫でる。この子もカマキリと同じ、仲良しの一人だ。久しぶりの再会にぽつんと置いて行かれているあの少女が、ブラハムの知り合いなの?と威嚇を止め、不信感を携えて私を見つめてきた。

「おれ達が子どもの頃に青海から来て知り合った。」
「子どもの頃って‥この青海人もまだ子どもじゃん!」

思わず大きくなったのであろうその声にハッとして、口を押える姿は実に可愛らしい。青海には不思議な生物がいっぱいいるんだと説明を端折ったブラハムが、すまんなと視線を送ってくる。私は、良いよの代わりにひひひと笑った。

「ワイパー、中にいる?」
「ああ、随分ご立腹だがな」
「ふうん、お腹空いてるのかな?」

止めることもなくテントの奥を親指で指したブラハム。私はその暗がりへと足を踏み入れた。

「邪魔するぜ!」

いつものように勢いよく踏み込んだテントは、見事なまでの険悪ムードだった。このテンションで入ってく人は私くらいなんだろうなと、自分でも思う。

「ナマエ!」

空気を読まない登場に大きな瞳を揺らして、最初に私の名前を呼んだのがラキだ。輪を描くように座っていたゲンボウも、肩の力が抜けたように緩く口の端を上に向ける。それから、武器を構えて今にも噛み付きそうな威圧感たっぷりの鋭い目つきでこちらを見下ろすワイパーとも、久しぶりのご対面。椅子から立ち上がり仁王立ちするその姿は、先祖の像によく似てきたと思う。身体に入った模様と強面な人相とが相まって随分強そうにみえるし、戦士と言う言葉がよく似合う。

「ひひ、来ちゃった」
「ナマエ‥」

久しぶりに会うというのに、この熱い戦士に感動のハグは勿論無い。その代わりと言うわけではないけれど、警戒や圧も無くなった。

「ラキ、ゲンボウ。席を外せ」

言葉に従う彼らが私の隣を通り過ぎながら、また後でなと笑顔を見せてくれる。二人きりになったテントで長く伸びたその髪の先をちょんちょんと引っ張ると、それを合図にしたように眉間の皺が増えた。

「元気だった?ワイパー」

抱きつくように飛びついても、受け止めも拒みもしないこの男。頭を撫でると少し避けたけど、振り落としはしないということは受け入れてくれているということだ。されるがまま、声を出して驚くことはしないけれど、その表情は驚いていると言っていた。

「大きくなったねえ」
「お前も相変わらずか」

飛びついた手を緩め、ずるずるとその身体を降りる私を抱えて自分の真正面へと下ろす。私の姿を正面から見た優しい戦士が漏らした言葉は、もう二つ程彼の眉間に皺を増やした。いつ見ても変わらない姿にまだ慣れないのか、或いはそれを複雑に捉えたのだろう。

「ワイパーだって。ぜーんぜん、変わってないよ」

誇りと、力強い意志を継ぐ若き戦士。揺らぐことのない信念を持った男。私の大好きなシャンディア。ひひ、と笑って見せれば、笑いはしないものの、眉間の皺は少しだけ解れる。

「神様が変わったんだってね」

その言葉に、ワイパーの表情が神妙な面持ちに変わる。

「‥エネルの話を聞いたのか」
「名前だけね」

話を聞けば、エネルというやつは随分強いらしい。ガンフォールは話の分かる人だから好きだし、私が口を挟む問題ではないと思っていたから今までも手は出さなかったけれど、そうか、神も世代交代か。さてさて、エネルという神様はどんなもんだろうか。

「好機が、訪れた」
「じゃあ、今度こそ?」
「ああ。おれ達はこのチャンスを逃さない。」

その瞳に宿したワイパーの覚悟は、熱を帯びていた。ずっと願っていた、先祖の悲願だから。