08

「バズーカ蹴っ飛ばしたこと、まだ怒ってる?」

大好きな人に背を向けられる痛みは、歳月が進む度に大きくなるようだ。羽の生えたその背中は好きだけど、今はそれよりも目の周りに施された模様が見えて欲しい。

「ごめんね、いろいろ」

背丈に見合った幼稚な謝罪は、緩やかな弧を描きながら彼の背中にぶつかった。この空で生きる人は私にとって特別だ。下の海では当然のようにくっついて回る偏見が、ここにはない。私の噂なんて何も知らなくて、それが出来るからどうしたと他の余所者と全く同じように私のことを敵対視してくれたあの頃。私を受け入れてくれて、次第に私を知ってくれた。成長できない私のありのままを目の当たりにしても尚、変わらず受け入れてくれることがどんなに嬉しいか、きっと彼らは当然のこととして気づくこともないのだろう。

「返事がない」
「自業自得だ」
「あ、あった」

笑顔でご対面するつもりが横目で睨まれて、一、二歩後退する。もう少し下がろうと足を一歩下げるが、三歩目はなかった。

「自分は強いと、過信するな」

ワイパーが力強く、私の腕を引き止めたからだ。その力に軽く腕が痺れるほど。そして、予想もしていなかった言葉にふいに涙が流れた。私が弱くないことを認めてくれて、その上で心配してくれている。どこまでも真っ直ぐで、優しい人。ニューゲート以外の前で泣くのは我慢していると言うのに、歳のせいだろうか。目元は隠して口元だけ笑って見せた。彼がどんな風にこの姿を見てくれたのかはわからないけれど、ふわりと腕が離れ、その腕で私の身体を引き寄せてくれる。結局、ありがとうを笑顔で言える様になるまでの数十秒の間、彼の右手が私の背に置かれていた。
そしてその夜、久しぶりにワイパーから大好きな大戦士カルガラの話を聞いた。おとぎ話のような現実の話は実に壮大で、様々な想いが詰まっている。その話をしてくれる彼の顔もまた、大好きな要素の一つだ。偉大な戦士の意志を継いで自分が鐘の音を届けるのだと。そして、今度こそ最後の戦いを仕掛けるのだと、そう強い意志を私に話してくれた。

「これ、ワイパーにあげる」

渡したのは、厳重に包んだ掌サイズの海楼石。

「‥エネルには、これが必要だと思う。」
「既に仕込んである。余計な手出しはするな」

もう六年になるのだから、当然といえば当然か。それでこの覚悟を持っているわけだ。それでもお守りにと彼に渡せば、自身の脇に置き、手出しは無用だと言った。けどね。

「冗談抜きで、心配してる」
「お前が言うな」
「じゃあ、これだけは忘れないで。ワイパーが、シャンドラの灯を燈すんだよ」

死ぬ覚悟なんて、まだしないで。
その言葉を伝える前に、私は寝てしまったらしい。気付けば律儀にエネルの言いつけを守って、おへそを両手で隠すような姿勢で寝ていたのは我ながら天晴。まだ朝日が差し出したばかりと言うのに、ワイパーはもういなかった。分身とでも言いたそうに彼の居た辺りに佇む羽を一枚手に取って、身体を起こした。

「おはよ、ワイパー」

岸辺に一人。タバコの煙の奥にいる彼の名を呼ぶ。まだ薄暗い水平線に目を戻して、たばこを口元から離したワイパーが白い息を吐いた。

「おはよ。」

ああ、と言うのがいつもの返事。おはようと返してくれたことは今まであったっけ。

「ナマエ、お前は帰れ」

どうでもいいことを考えていた頭も、呟くのをやめざるを得ない。唐突に酷い事を言うから、勢いのままその脛を蹴った。痛いだろうに歯を食いしばって、表情を変えずに私を見下ろした。

「お前もアイサの様にマントラを使えると、知ってる」

帰れの意味はこれか。少なくても私が前に来た時はアイサもエネルもいないし、その能力さえ知らなかったはずだ。いつから知っていたのだろう。何でバレたんだろう。ハハハと笑って誤魔化す私に、茶化すなとまた鋭い眼差しを向ける。ワイパーの言う通りだ。けれど、私はアイサみたいに全ての言葉が否応なく入ってくるわけではない。使うタイミングは自分で操作できると伝えれば、持っていたタバコを握り潰して私の左胸のあたりを指でトンと指した。

「下の海とは勝手が違う。もし誰かの声が消えた時、この石一つでソレを抑えられるのか」

結局受け取ってくれなかった海楼石も、胸元に突き返された。昨日怒っていたのはこれを心配してくれていたからか。つくづく鈍いなあ私。余計な心配で、その背中の大荷物をさらに重くしたくない。

「皆の声を消さない自信があるから、大丈夫」
「無茶はしないと約束しろ」
「ワイパーも約束してくれるなら喜んで」

私の言葉に口を噤んでしまったワイパー。約束なんて出来ないと知っててこんなことを言ってしまって、本当狡いよなあ。何も言わないワイパーに離島を先に出ることだけ伝えると、また眉間の皺を増やした。彼の置き土産のような一枚の羽をくるくるとまわして見せれば、火に油を注いだように一気に鬼の形相に変わった。

「ワイパーの羽。石と一緒にお守りにする」
「無茶はしないと言え」
「‥わかった、頑張るよ。だから、ワイパーも自分の方に集中するって約束して」

その羽でワイパーの手の甲をさらりと撫でて、まだみんなが起きる前の島を離れる。約束できなくてごめんね。だけど、本当に心配しないで。ニューゲート達にも言ったけど、すごいことができるようになったから。何よりルフィたちがいてくれる。絶対に皆の声を消させたりしない。私は、そのルフィたちの元へと急いだ。