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ワイパーが排撃を使った。それを聞いて血の気の引いていく感覚が、全身を駆け抜ける。
「その、ワイパーは?」
気配が消えたわけではない。けれど、その身体に残るダメージは計り知れないだろうと想像がつく。人には無茶をするなと言っておきながら、自分の身体を何だと思ってるんだ。ブラハムに食って掛かってもどうにもならないのもわかっているから、出来るだけ気を静めて彼の状態を伺うと、察してくれたのか落ち着いて聞けよと前置きを入れて言葉を続けた。
「ダメージは相当だろうが、まだ倒れちゃいない。エネルと対峙したら、必ずもう一発使うはずだ」
それがワイパーの覚悟だと、ブラハムは言う。そして自分もその覚悟だと。
「止めて欲しいわけじゃないが、一応報告だ。変な形で知ったらお前の方が手がつけられなくなる」
「心配してくれて、ありがと」
こんな時でも私なんかの心配をしてくれる彼らに生きてて欲しいと願うのは、彼らの覚悟を踏み躙ることになってしまうだろうか。それだけして勝てたとして、勝った後に残るみんなのいない未来に喜べなかったら、身を投げ打つ彼らに失礼なのだろうか。
「‥邪魔が入ったみたい」
考え事をしていることなどお構いなしに、あちらこちらで邪魔が入る。こちらの敵はてこずる相手ではないけれど、神兵の攻撃を躱しているとブラハムが代わりに交戦してくれた。
「気になることがあるようだな」
「ごめん、友達が危ない」
「ここはいい、行ってこい」
話途中で抜け出てきた血の気の引いた身体は、その反動かのように熱を持っていた。誘き出されているのならどこへでも行くけれど、船の方を狙うとはエネルの奴も人が嫌がることをよく分かっている。握り締める掌から流れるその赤に、良い事は無い。ワイパーやブラハムに言われた言葉を何度も繰り返し、逸る気持ちをどうにか抑えようとしているけれど、なかなかどうして、簡単にいくものではない。ひつじちゃんの帆が見えて、一緒に青白い一閃が見える。落ち着け、落ち着け。
「お前はどうしてそう突然に現れる、ナマエ」
頭の半分でこの状況を確認し、もう片方では絶えず自分を言い聞かせながら、甲板に足を下ろすエネルの前に降り立って、グイと向き合い対峙する。
「卑怯だよ。こんな所で何してんの?」
口を押えて震えるナミにもう大丈夫、と声をかけてもその恐怖が消えるわけではない。へたりと腰を抜かしたナミに笑顔を向けて、黒焦げになった二人と彼女を自分の背に隠した。久しぶりに覚えた感情を噛み殺しながらエネルの顔を見上げると、それを面白いとでもいう様にエネルがにやりと口角を上げた。
「先ほどの五十人のサプライズは気に入ってくれたか?」
「ねえ、ここで何してるの?」
「余興にもならなかったことを怒っているのか?」
質問に答えないエネルの腕を掴み、陸地へと投げ飛ばす。体勢を持ち直し青白い光に自身を変える前に、その実体を掴んで大地へと叩きつけた。
「がっ‥!!」
声を上げ咽せるエネルに馬乗りになり、彼の顔近くの太鼓を一つドン、と拳で鳴らす。
「‥海に落とさなかったこと、感謝して」
「何をそんなに怒ることがある?大事なものは、へそと一緒にしまっておけと言ったはずだ」
ニ、とわざと大きく口角を上げて歯を見せて笑うエネル。私の思考が感情に支配されそうなことを読み取っているのか、一切の焦りを見せず私の下で大人しく不気味に笑みを零すだけ。
「黒焦げ二人の命を取らなかったことこそ、感謝してほしいがな」
そして、この余裕だ。
その恩を着せるために二人を生かしたのだとしたら、それは間違いなく大成功だ。その証拠に、私は素直にエネルの身体から下りているのだから。
「ゲームは序盤だ、まだまだ楽しめそうだな」
いいものを見せてもらったと、その不気味な笑みを零したまま、片手をひらりと揺らして船に背を向ける。瞬く間にその場から姿を消したエネルがいなくなり、私も羊ちゃんの上に急いで戻った。
「ガンフォール、何があったの?」
「話に来ただけだと、言っていた」
安堵から腰を抜かしたままのナミは、立ち上がろうと足を動かしていた。手を貸してやると、ふらつきながらも立ち上がって漸く声を出す。
「来てくれてありがとう、ナマエ」
怖かったとよくわかる。強いと思っていただろうサンジが一瞬でやられて、何が起きたかもわからないうちにウソップが黒焦げになったのだ。それを残されて見る羽目になったナミもまた、怖かったに違いない。
「ごめん、私のせいだ」
動揺を誘うなら、青海人の彼らはともかくガンフォールに接触するのが一番早いと踏んだのだと頭を下げれば、ナミは少し強く私の頭に拳骨を落とした。
「残念だけど、あいつからあんたの名前は一切でなかったわ。いつでも自分が話題にされてると思ってるなら、とんだ自信家ね」
エネルの真似をするように、ニ、と大きく口角を上げて歯を見せて笑うナミ。先程までの私の考えはナミに対して失礼だったなともう一度頭を下げると、そっと頭を撫でてくれた。仲間を守るために既に自身の武器を手にして構える彼女は、強くてかっこいい、最高の女海賊だ。ただでは起き上がらない彼女に倣って、私も黒焦げ二人の胸に手を当てる。エネルの言う通り、二人とも息はある。
「もう戻って良いわよ。友達、待ってるんでしょ?」
本当に、頼もしい限りだ。
そこへ、上空に気配が二つふわりと現れる。ここは、彼女とガンフォールがいるから大丈夫か。
「ガンフォール、近くに二人来てる。まだ動ける?」
「構わん、先へ行け」
私の状況を察してくれたのか、送り出そうとしてくれる。一緒に居られない代わりに、毛布の上から彼の身体をぎゅっと抱きしめる。
「ガンフォールも、無茶しないで」
私も急いでその場を離れ、ブラハムの元へと戻る。戻ると言っても彼も移動中だ。追いかけた先には、ブラハムが倒れその目の前にゾロがいた。