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「‥ゾロが、やったの?」

どこからか来たのか、急いだ様子で目の前に現れたナマエは様子が違っていた。威圧とも違うその身に纏った空気は、襲ってきたゲリラの倒れる姿を見るなり一気に膨れ上がる。今まで見てきた笑ってばかりの子どもとは全く別物の、見たことのないナマエがおれの名を呼んだ。
ブラハムと呼んだその男を軽々と持ち上げてそっと木の近くに避けると、その視線は殺気を纏ってこちらに飛んでくる。

「手を抜いてやれる相手じゃなかっただけだ」
「それはゾロが弱いからでしょ」

おれが弱いと、ナマエは言う。今までのように冗談で言っているようには聞こえない。安い挑発でもない。コイツが、本当に思っているということだ。しかし、いつもと様子が違うのも気にかかる。何を言っても耳に入っていないような、何かを堪えているような、ギリギリを保っているような、そんなところだろう。とは言え、言われたまま黙ってやる義理もねえ。丁度いい。ルフィとのあれを見て、おれも一度やってみたかった所だ。

「お前のことはルフィに聞いた。懸賞金が四千万だか四億だか知らねえが随分な態度じゃねえか。」
「遊び相手になってあげようか」

いつもの賑やかしい声とは一変、禍々しい声で挑発を返される。トレードマークのような笑顔はおろか口角が上がる素振りもない。鋭い眼光が揺らいだ瞬間斬撃を飛ばすも、容易く躱されるどころかその斬撃を殴り飛ばし空へと軌道を変える。反射的に三本の刀を構えたが、それでももう遅いくらいだった。一気に懐に入ってきたナマエは、両手の刀を同時に殴り飛ばし、おれの両肩を足場に、口に銜えた刀の柄を掴んで目一杯引き抜いた。飛んでいく二本の刀が地面に落ちる前に背後を取られ、上向きの刃が首元に突き出てくる。そして、先ほどと同じ子供らしからぬ声が耳に届いた。

「私の最終懸賞金額は、四十六億ベリーだった」

そして、ゆっくりと首元から抜かれた一刀は、腰に刺さる鞘にするりと戻される。何も言わずに他の二本も拾い、仁王立ちのおれの腰に収めた。‥あいつの言う遊びが終わった。ルフィの時とは全く違う、それでも遊びと言うに相応しい数秒だった。ルフィにもう負けないと誓ったのに、また、負けたのか。そもそも、勝負にすらなっていなかった。懸賞金額がどうだと張り合うことさえ何の意味もない。少し身体を動かしたゲリラの元へ走り、何か話をしている。その横顔に溢れる笑みは見覚えのあるそれで、それをスイッチにしてか足元にとぼとぼとやってきた。

「ごめんね、やってしまった」

戦った相手に謝られる屈辱は初めてだ。傷ついた知り合いと言葉を交わしたからか、明るいとは言えないまでも声が少し戻っている。太い木の根に上り、おれの頬についた傷をわざと指で押し付けて、ブラハムの分だと言いながらその傷を行ったり来たり指を這わせる。ついでのように、言い聞かせるようにごめんねと何度も口にする様子で、なんとなくその原因が分かった気がした。ルフィが言っていた、感情が昂ると制御できない能力ってやつか。

「もう落ち着いたのか」
「‥怒んないの?」
「怒るのもバカらしくなった」

いい加減離せとその手を掴むと、根から足が離れ宙ぶらりんの完成だ。この紙みたいな身体のどこにあの男を担ぐ力があるんだか。さっき見たのは本当にコイツだったのかと思うほどだ。ひひ、と独特な笑いを零しながら、腕にぶら下がって揺れている。

「一人で動かない方が良いって言ったのに、またはぐれたの?」
「なっ‥!それよりお前こそ何か急いでたんじゃねえのか」
「そうだ、ワイパーが排撃を使ったから‥!」
「なに言ってんだ」

質問に答えることもなく、慌てて下りるとゲリラの元で何かを話し何かを渡して森の奥へと姿を消した。消える間際、ほんの微かに感じたあの空気。
‥ありゃあ、綱渡りじゃねえか。
ルフィがいてやりゃあどうにかできたかもしれねえが、いないもんは仕方ねえ。一先ず弁当を食おうと、近くに腰を下ろした。