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「カマキリ‥!」

移動の途中、下からラキの声が響く。不安を含んだ声色に様子を見に行くと、倒れるカマキリを見つけてまた心臓がドクンと脈を打った。
誰にやられたか、なんて聞かなくてもわかる。エネルだ。ラキは今しがたカマキリに話を聞いたらしい。急いで支度を整え、先にワイパーに伝えに行くと言った。

「ラキ、ワイパーは排撃を一度使ってる。」
「何だって?!」
「もう一発、エネルに使う気だよ。それだけは絶対にさせたらだめだ」

カマキリが託したように、私もラキへとその思いを託す。ワイパーを止められるのは、もうラキしかいない。奥歯を噛みしめてラキに笑って見せると、そんな私を汲んでか、必ず伝えると気丈に振舞ってくれた。
その胸にぐっと引き寄せられ感じた心臓の音は、私よりもずっと早い。ラキだって怖いんだ。怪我さえなくここまで来た姿を見れば、ラキが一度はこの戦いを降りたこともわかる。

「あんたも止めても聞かないだろうから、これだけは約束して。その体温、何とかしてからこっちに来るんだよ。」

立てられた小指に自分の小指を絡めると、一つ肩の荷が下りたと言ってラキはその場を離れた。その背中を見送って、カマキリの胸元に手を当てる。ここでは縛るものなんてないからとポンポンと簡単に約束を作って、あちらこちらで制限を付けたことを後悔した。結局、大事な子たちが傷つくのを黙って見ているしかない。今更自分の愚かさに気付くなんて、遅すぎる。だからこそ、さっきのラキとの約束は簡単にしたものじゃない。

「痛みがなくなるわけじゃない。治してあげられるわけでもない。こんな力で、ごめんね」

ラキとは反対に、微弱な心臓の音を確認して、私は胸の辺りをゆっくり、大きく撫でるように手を動かした。
ワイパーが排撃を使ったという一件から、身体の熱は溜まっていく一方だ。こっちの海は下とはどうも勝手が違っていて、熱を逃がせる場所もない。落ち着かなくてはと頭ではわかっているのに、心の制御が追いつかない。そのおかげで、この能力もいつもよりずっと早く彼に効いているようだけれど。多少手を動かせるくらいまでになったカマキリが、私の手を掴む。

「体温が上がりすぎてるな、ナマエ‥」
「大丈夫、じきに下がるよ」
「‥掌に、傷が出来てる」

私の掌を持ち上げたカマキリが、そのぼやけた視界でそれを見つめてすでに血の止まったその傷跡を優しく撫でる。

「お前も、背負いすぎだ‥」

長く息を吐く様子は辛そうで、もう喋らなくていいよと私は彼の手を握った。少しして、その握った手が何か呼ぶようにキュ、キュッと握られる。なあに、と口元に耳を近づければ、ゆっくりと上がった右腕に彼の胸元へと引き寄せられた。ラキも、カマキリも、ワイパーも。皆、私の想いを受け止めてくれるように、それぞれの胸元へと私を引き寄せてくれる。寝転がったままのカマキリの、先ほどよりも少し穏やかに鳴る胸の鼓動。ぽんぽん、と優しくリズムを刻んで子供をあやすように私の背を撫でるその掌。少しでも私の心が落ち着くようにと、その優しい思いが少しずつ浸透していく。

「こんな力だなんて言って、謝るなよ」
「カマキリ‥」
「ニューゲートの言う通りだな。ナマエが仲良くなった分だけ、力を貸してくれた」

その言葉にハッとして、カマキリに顔を向ければ、その口元はふっと笑みを零していた。空の人は、本当に何でもお見通しだ。ニューゲートと言う言葉に反応して、彼らにニューゲートとの話をした時のことが脳内に浮かび上がる。

―――

「その変な果実の悪魔とも、ナマエなら仲良くなっちゃいそうだよな」
「ひひ、ニューゲートも出来るって言ってくれた」
「ナマエはいっつもニューゲットって言うけどよ、どんな奴か分かんねえよ」
「白ひげって呼ばれるくらい立派な髭があるよ」
「ガンフォールみたいな?」
「あれじゃない。もっとかっこいい」
「はは、お前ガンフォールと友達だって怒ってたじゃんよ」
「友達だけどあの髭じゃない。」

―――

そうだ。後悔ばかりしても仕方がない。体温が上がったと言っても、制御できないのは一割くらいなものだ。悲しむのは、下の海でニューゲートに会ってからでいい。今はこの大事な友達を守るのが先決だ。深呼吸と、カマキリが続けてくれる背中のリズムに集中して、まずは気を落ち着けよう。

「ありがとう、カマキリ。もう大丈夫」

随分と長いこと時間をかけてしまったけれど、おかげでラキとの約束を果たすことができた。顔を上げる私につられるように身体を起こそうとするから、その身をそっと押さえてそのまま寝ているように促した。

「体温は、やっぱり青海じゃなきゃダメか」
「こればっかりはどうにもね。でも、今はルフィが来てるから何とかしてくれるよ。」
「‥青海人てのはすげえな」
「空の人だってすごいよ」

交わした視線を辿ってその芯まで言葉を届けると、カマキリは力なく腕を投げ出した。

「余計な時間を取らせたな、早く行け」

私の背を押したカマキリは、ワイパーに仲間を見捨てる覚悟があるかと聞かれ、その覚悟を持って此処へ乗り込んだと言っていた。それでも、仲間に生きててほしいと思うのは間違っているかと私に聞いた。

間違ってるわけ、ないじゃない。大丈夫、みんなまだ生きてる。助けられる命にして回った。私は、ワイパーの元へと駆け上がった。